『風水街都 香港』遺伝詞というキーワード


「今回の話は、都市シリーズの中でも重要かつ特殊な設定。”遺伝詞”というものがどんなものであるのか。何故それが生まれたのか。ちょっと濃いめの神髄。そんな話ですね」


「実はコミケの準備中だから、コラムも短く終わるといいわ……」


「25周年ですからね!? ね!?」


「じゃあまあ何よ一体」


「香港の話なんですけど、ここで一気に造語が増えましたよね? そのあたりの話を」


「んー。別に造語が増えた訳じゃないのよ。増えてるのは増えてるけど、分量的に言うと倫敦やOSAKAなんかの方が増えてる筈ね」


「そうなんです?」


「当時の香港は英国に返還される前の状態だったから、英国からの設定が引き継ぎとしてあるの。

 香港を舞台に選んだのは、そういう利点があるわ。

 ――で、これは、一つ別の意味があるの」


「意味? それはどういうものですか?」


「ええ。それは、香港が英国の設定を引き継ぐ、ということとは別で、”都市シリーズ”は、前にあった全ての都市の設定を、引き継いで重ねて行くものだと、そういうこと」


「アー……」


「前にあった全ての都市の設定を、勿論、”この都市”で全て採用することは出来ないわ。でも、それは無くならないであり続ける。英国-香港間に限定されない、ってことね」


「だから独逸出身のガンマルとか、出てくる訳ですね」


「でもまあ、これを行っていくとどんどん設定増えていくんだけど、まだ甘いのよね-」


「何がです?」


「ええ。私が中学時代にホライゾンを書こうとして失敗したのは、世界の連動を管理や制御する方法が解らなかったということよね。つまり世界がミクロの部分とマクロの部分で影響している、というのをどう捉えていいか解らなかった、という事」


「そうですね。世界の運行? そのシステムが解っていなかったってことです」


「そうそう。それでまあ、都市をやる前に、自分の方ではGENESISのTRPGシステムとかを作っていた訳だけど、マー、動かしてみると足りないものが多すぎるのよね」


「これはホント、意外と言えば意外だったんだけど、TRPGシステムとかで”世界のシステムや要素”を作っていて、プレイヤーとしてもそれを動かした事があったとしても、”小説”の情報解像度って、それと比べて凄くアンバランスなのよ」


「そうなんです?」


「ええ。プレイの仕方や書き方にも拠ると思うんだけど、ゲームだったら飯屋に入って料理を頼むとそれが出て来て食べるし、武器などもリストをプレイヤーと共有していたりとか……、となるけど、小説だと、飯屋の空気から、席を通されたり、座った場所から見える風景や匂いとか、そういう情報が一気に増える一方で、武器リストは店に並んでいるものしか解らない、みたいな?」


「アー、情報の共有範囲がゲームと小説では違うというか」


「そうそう。小説の場合、自分が制御出来ない範囲での情報は全く見えなくなる一方で、キャラ視点からの情報解像度が異様に上がる訳。

 でも、その一方で、世界の動きの捉え方としては、逆になるの」


「逆? たとえば?」


「システム的なところから見ると、世界は常にミクロとマクロが連動して大きなカオス状態の行ったり来たりをしてるんだけど、小説内のキャラの視点から見ると、ミクロの動きすらほとんど見えなくて、手元の解像度ばかりが高い”完成した世界”があるように感じるの」


「何となく思ったのが、図書館の新刊本棚を前にしてる感覚なのよね」


「また解りにくい例えが来ましたね?」


「まあいいじゃない。でもホント、キャラの存在する世界は常に動いていて変化してるんだけど、キャラには目の前の”最新”しか見えなくて、普段手に取るとしたら、その”最新”にしかアクセス出来ないの。

 そして新刊は、全部を把握する前に、徐々に刷新されていって、モタついてるといつの間にか本棚の中身が全部変わってるんだけど、キャラクターからすると”何か変わったようだが、何が変わったか解らないし、どうして変わったか解らない……”なのよね」


「こういう風に、世界が変わっていくのは”人”の視点からではほぼ認識出来ないんだけど、かつての時代は神話や神々、宗教が”移り変わり”の説明役となっていたんだろうし、今ではニュースとかがその変わりというか窓口になってると、そんな風に思うのよね」


「えらい話が広がりますね」


「いや、狭い話なのよ。キャラクターの側からは”今あるもの”しか見えてないし、作中時間からいうと、世界の変化ってほぼ無いから」


「それはつまり、キャラクターの側から見ると、世界は基本的に”閉じている”?」


「そうそう。ネットやニュース、新聞なんかから世界の情報にアクセスしない限り、世界の動きって人間には認識出来ないの。そういうセンサーや機能が無いものね」


「そうなんですか?」


「疑問に思うなら、スマホやPCを捨てて、新聞や電車の広告やモニタからも視線外して生活してみたらどうかしら? その場合、世界の変化って、どう解る?」


「アー……。強いて言うなら、季節の変化や、スーパーとかの品物の並びの移り変わりですかね……」


「そういうこと。今の私達って、世界の動きを解っているようでいて、それは情報にアクセス出来る手段を持っているからであって、人類に元々そういう”お知らせ”を得る能力は無いの。

 だから人間は基本的に目の前のことしか認識、理解出来ていなくて、外の情報については、その真偽が不明でも、論理が立っていれば信じてしまいやすいわ」


「アー、”信用”という言葉が、歴史的に重要視されてきたのって、そういうことですね」


「そうそう。極論すると、人間って、騙されて当然の環境を基本としてると、そう言えるわ。

 だから詐欺関係の話で危険なのは”その話が正しいかどうか判断してやろう。嘘だと判断出来たら懲らしめてやる”とか”私を騙そうとする人などいない”という意識よね」


「アー……」


「人類には外部情報を自動的に取得、認識する機能や能力が無いのだから、外部情報を届けるということは、”信用を得る”か”騙す”の二択になるわ。

 ”頭のいい人”は詐欺に対して”その話が正しいかどうか判断してやる”って考えに至りやすいけど、それは”その話が論理だっていたら騙される”し、嘘とは論理が立つから成立するものであって、論理が立っていない話は嘘じゃなくて”デタラメ”よ」


「じゃあ、嘘かどうかは、どう判断するんです?」


「ソースの確認が一番ね。だけどそれを許さない場合があるから、まずは”自分が知らないことを、アクセス出来るソースを見せずに言っている場合、相手にしない”かしら。

 プロパガンダでよくあるでしょ? ”●●は◇◇だから悪い”とか。この場合、つい”悪い”に反応して反論したくなるけど、そもそも◇◇の部分が事実かどうかが大事なの。もしもここを確認せずに反論したら、それは事実では無い◇◇を事実認定したことになっちゃうのよね」


「相手した時点で負け、ってヤツですね……」


「そうそう。だから騙す方も、何かよく解らん偉い人の御墨付きとかを出して来たり、”皆もうやってる”とか使うのね」


「…………」


「……何の話でしたっけ」


「うちの実家に新電源関係の特殊詐欺が来た話?」


「アー、実体験」


「詰めたら”キャンセルは電話で”とか言うから、マー酷い話だわ」


「そうなんです?」


「ええ。正式にクーリングオフすると、書類が残って、その累積は行政指導に繋がるものね。だから内容証明つけた正式クーリングオフぶち込んでやったわ……。御陰で二度とそういうの無くなったけど」


「……ホントに何の話なんですかね……」


「マーそんな感じで、香港では、35から倫敦を経てきた世界の情報の多さとは別に、特にキャラクターとしての”閉鎖感”を得たのよね」


「35や倫敦よりも現代的なのに、不思議ですね」


「35も倫敦も、時代が激動してる”合間”の時間だものね。何となく、世界の動きの結果としてキャラが存在していて、彼らもその自覚があったのよ。

 でも香港の場合、世界的にバブルの時代があって、それが崩壊してはいったけど、まだ深刻じゃなくて、理由の無い楽観みたいな感じだったのね」


「つまり世界の動きが鈍い……」


「そうそうそう。だから感じたのは”歴史”と”時代”は違うなー、とか。

 コレ、自分的な解釈なんだけど、こんな感じ。


・歴史:世界が動いたことで作られる。

・時代:時間が進むことで作られる。


 みたいな? 35と倫敦は歴史の間の話。香港は時代の中の話、というか」


「香港返還がネタになってるんですけどね……」


「でもそれ、歴史の結果というより、公的な流れで行われたから、よくて”時代の変化”くらいのイメージなのよね。自分の中では」


「――で、まあ、香港が歴史的にはおとなしいならば、こっちとしてはやりやすい部分もあったのね」


「どういう?」


「ええ。――あまり史実の関与を必要としないから楽」


「言い方! 言い方!!」


「いやまあホントそう。少なくとも今の香港を題材にしたら、どこまで深掘りしないといけないのかしら……、ってそういう話だし」


「アー……、まあ」


「そんな感じで、自分側の設定を安定して盛り込めるし、既存の設定も、香港というフィールド(舞台、歴史)に合わせて変質することなく採用出来たのね。

 ――で、そうやって気付いたのが、35と倫敦を経ても、世界の情報が全く足りないってこと」


「世界の情報はかなり多めだと思いますが……」


「今まで欧州の戦前? そこから一気にアジアの現代に来たら、いやまあ全然足りないのよね。歴史から何から、何処まで拾えばいいんだろう、って。だからWW2以前と現代を結ぶラインとしての歴史設定を、ここで結構作ってるの」


「確かに”年表”とか、この香港から始まるんでしたっけ……」


「そうそう。そうやって、以前から作っていた世界の”連動”を実地で確認して、それをするために何が必要か、手探り状態だけど学んで行った訳ね」


「だけどねー。そうやって世界の情報量が自分の中で上がっていく一方で、香港はキャラクターの閉塞感が凄く強くて。

 だからちょっと、便利ツールとして”歴史を見る手段”が必要になった訳」


「アー……」


「解るでしょ? そんな中で出てくるのが、何もかもの来歴を確認することが出来る遺伝子、――つまり万物を構成する中にある”遺伝詞”の設定ね」


「ここで”遺伝詞”とかの話ですか……!」


「遺伝詞? 何それ、という人のために解説しておくわね」



■遺伝詞

・ライブ、と読む。

・都市シリーズ”香港”が初出。

・万物を構成する流体が、何かの”型”を持った際に発生する。

・それを操作することで、流体を操作し、万物を何にでも変化出来る。物理法則すら変質可能。

・それを読むことで、”型”の来歴を読む事が出来るため、人や物品、土地の過去を読む事が可能。

・流体の莫大な集まりで有り、世界を構築している”地脈”もこれを持つ。

・時代的な発見が遅れ、代用方法もあったため、クロニクルでは未発見。ホライゾンでは後々に発見される。



「でまあ、この”遺伝詞”実際の処、”遺伝詞”の設定は既に35や倫敦の段階で出ているというか、見えてるの」


「そうなんです?」


「”紋章”や”型”ね」


「アー……」


「流体を紋章に流し込むことで、別のものに変質される。コレ、紋章は流体を変える金型であると同時に、”遺伝詞”の型でもある訳。

 倫敦でも、自己清詞や、吼詞など、自分を確かにするための”詞”は、コレ、流体変化を行うためのものだから、”遺伝詞”操作と同じことなの。

 ”遺伝詞”というのは、そういう手段によって変えられる流体の核であって、この”流体操作”の部分では、コレ別に、流体のままでも説明としての問題は無いと思うわ」


「……アー、実際、うち(境界線上のホライゾン)なんかだと、遺伝詞の話は出なくて、流体だけでフツーに話を進めていますよね」


「じゃあ、何でこの”遺伝詞”設定が出来たのか、まず解りやすい流体操作の方から御願いします」


「――そうね、流体操作という部分で35や倫敦を香港と比較すると、35でメインになっている紋章による流体変化は、やはり紋章というものが大がかりになりやすいのよね。

 上手くまとめても”文字”になるから、それよりもっとインスタントで流体を直接変動させるためのシステムとして”詞”が必要だったの」


「つまり紋章は装甲板などに掘り込むことで大規模+長期性、詞の場合はパーソナルで短期性、みたいな差を?」


「そうそう。そして小型の紋章として”符”がある、みたいな? 紋章は、それを彫る職人もいるけど紋章のパターンによるプロダクト化が出来て、しかし”詞”は”遺伝詞”に反応させる詞や声を出さないといけないから、プロダクト化が出来ない、と」


「つまり”呪文・詠唱”の現代化みたいなものですよね」


「そうね。”紋章・呪文・詠唱”について、それらに動力源を求めるのではなく、それが作用する側に動力源がある、としたのが”流体”の設定だけど、その動力源の根本システムを割り出したのが”遺伝詞”」


「…………」


「……今、気付きましたけど、うちの世界観では”流体”だけで、”遺伝詞”ってのが出て来てないのは……」


「時代設定的、ってのもあるけど、大枠はアンタの予想通り。

 ホライゾンはベースとして、中学校からのものや、GENESIS-TRPGSYSTEMが基礎にあって、そこに遺伝詞の設定が無いから。これはクロニクルにも言えることね。

 でもまあ、それが無くても大丈夫なくらい、設定が育っていたから、クロニクルやホライゾンでは問題が無かったの」


「? そうなんです? まあ、実際、問題は無かったですが……」


「マー一番重要な流体操作では、術式が”紋章・符・詞”を揃えてるから、うちらも都市も同じものよね。つまり”遺伝詞”が無くても流体は操作出来るわ。

 ――じゃあ、遺伝詞の特殊性って、何だと思う?」


「……遺伝詞にアクセスすることで、過去などを見る事が出来る、という事では?」


「いや、情報体として相手の持つ情報や、地脈へのアクセスで、過去などは確認出来るのよね。つまり過去を見るのには、クロニクルだと獏がいるし、私達は各種術式によってそれを叶えることが出来るの」


「……ええと、だとすると、何です?」


「ええ。”遺伝詞”を操作するという、”手段の統一化”が行えるの」


「つまり私達は、流体操作や過去を見る事など、それら一つ一つに対して”方法”を持っているけど、”遺伝詞”があると、その処理が一括化出来ると、そういうことなの」


「アー……、スマホ一個で、絵や文章書いたり音楽や映画とかも観れるのが”遺伝詞”で、それらに対してPCやら音響システムを用意するのが私達と、そんな感じですね」


「そうね。遺伝詞で出来る事は私達の術式でも出来る……、でも私達の方だと、専門職や手段が別々で煩雑。でもクロニクルや私達の世界観では、そっちの方が”楽しい”わよね。

 極度に発達した術式は未来的手段と区別がつかないもんよ」


「いい時代、って感じですよね」


「デカダン傾向あるけどね。ただ、ホライゾンで私達みたいな”様々な手段と、それを管理する組織や体系”が作れたのって、つまり都市の頃に比べて、こっちの実力が上がって”世界の管理と制御”が出来るようになったからなの」


「……だとすると世界の構築としては、こんな感じですか」



・ホライゾンの雛形がある(未完成)

・都市において、”遺伝詞”技術をベースに、その汎用性や必要な社会構造が確定していく。

・都市で解った社会構造などをベースに、ホライゾンで、”術式”ベースの煩雑な世界の連動が作られる



「そういうことね。一回、”遺伝詞”を通したことで、何が必要かというのがシンプル化した訳。そしてクロニクルやホライゾンでは、遺伝詞無しで行けるようになって行ったって訳ね」


「――でもまあ、出たけどね、遺伝詞」


「アー、出ましたね」


「ホライゾン以降読んでない人には何のことか解らないでしょうけど、”境界線上のホライゾンNB英国編”で、遺伝詞についての発見というか、割り出しが行われるの」


「アレ結構、私も関わりましたね……」


「アレかなり重要なシーンで、つまりこれまで”慣習・民俗”的なものだった流体の扱いが、現代的な”工業・技術”になろうとする始まりなのよね」


「”顕微鏡の発明”みたいなものですね」


「そんな感じね。世界の解像度が上がったことで、キャラクターが捉える”世界の本質”も変わる訳。

 遺伝詞設定って、流体設定の深掘りだけど、これがあることでキャラクターは35や倫敦よりも世界を”見えている”し、香港って、そういう話よね、アレは」


「そしてこの”世界の深化”や”手段の現代化”は、”都市シリーズ”の開幕には必要だと思ったのね。

 35や倫敦から続くけど、ちょっと変えて行きますよ的な」


「物語的にも、音楽ベースだから”遺伝詞=ライブ”ですよね」


「そうそう。造語に音楽用語ってのは、以前に書いた”剣神壊”の主なギミックが”舞”であったように、結構密接だったのよ。

 香港でそこらへん表に出していく意味でも、”遺伝詞=ライブ”設定は大事だったわね。

 詞=詠唱、というイメージも生まれたし、以後、川上作品は音楽や舞、詞がつきもの、って感じになったもの」


「……何かいろいろ話が飛んだわね」


「”遺伝詞”設定の導入については、こんな感じです?」



・35~倫敦を経たことで世界の情報は増えたが、キャラが得る情報が少ないため、過去へのアクセスなど出来る設定が必要。

・都市シリーズ開幕に合わせ、現代的な術式設定として、術式を統括するシステムを構築。

 :古代の術式の否定や、それを刷新するものではない。

・音楽要素を作品に持ち込むために、詠唱的な”詞”と重なる”遺伝詞”は重要。



「何かもう、複数要素が重なってますね」


「そうね。だからこそ、根幹設定の一つになってるんだと思うわ。

 LINKSでも使用されるけど、いろいろこなれてフレーバー的に味わって貰えると嬉しいわね」

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