書いたものが”在る”ということ”後編”

「今回の話は、前編に続いて”言葉”の持つ機能を深掘りしていきます。私達は何故、見知らぬ人達と”言葉”と使って意思や感情の伝達を出来るんでしょうね。過去から未来に記憶を受け継ぐことも可能な”言葉”のシステムと定理とは? 実はこの連載の中で最も重要かもしれません。そんな話ですね」


「さてまあ久しぶりな気がしますね、このテーマ」


「…………」


「どうしたんですか? 黙って」


「いや、あのね?」


「ハイ?」


「……実はコレ、後編があること忘れててね。後編で何を言おうとしていたのか、サッパリ忘れちゃってんのよね……」


「アバウトな話が来ましたね!」


「いやまあだから、一応前編を読み直すとして、新鮮な気分で後編行くとするわ」


「……凄くテキトーな25周年企画ですよね、コレ……」


「えーと、理解の幅って話をしていて、元気よく”次回に続く!”ってシメたのは解ったわ」


「解っただけですよね?」


「そりゃまあ。でも大体、何を言おうとしていたのか解ったわ」


「理解の幅がどういうロジックで決まるか、という話ですよね?」


「そうね。じゃあ実際、どういうロジックなのかしら」


「え?」


「私達はこうして話をしているけど、それはどういうロジックで伝わり、理解をしているのかしら、と、そういうこと」


「まず、私達は言語を使っているわね? 文字、または音でそれを伝達している」


「ええ。それは解ります。こうやって応答出来てますからね」


「いや、別に応答は”通じてなくても発生する”じゃない?」


「オオウ? そう来ますか?」


「ええ。たとえば私とアンタが話していて、アンタがトンチキ言っても私の方で”アーアーハイハイ”って受け答えが発生することもある訳よ」


「どっちかって言うと逆のパターンの方が多いですけどね!」


「アーアーハイハイ」


「来ると思ったらホントに来ましたね……」


「ハイハイ、まあそんな感じで。でもアンタの言う通り”応答が出来ている”っていうのが、つまり理解の幅のロジックなのよ。理解出来なかったら無視かアーアーハイハイか誤解、またはちゃんと説明しろ、って言う、四択だから」


「前回の不理解の種類と似てますね」


「そんな感じ感じ。じゃあ何で、意味が通じるときがあるの?」


「……それはつまり、私とナルゼが、同じ言葉を、同じ意味で知っているからですよね」


「そうね。私達は、同じ言葉を、同じ意味で知っているとき、その言葉で情報の伝達と理解が出来るわ」


「……でもそれだと、新しい言葉に触れる、ということが説明着かないのでは?」


「そうかしら? 新しい言葉があったとしても、それがどのようなものか、説明するのが”同じ言葉、同じ意味”であれば、新しい言葉を理解することが出来るわ」


「アー、間接的な理解でも、自分の中に”理解したもの”としてストックされる、ということですね」


「齟齬は生じやすいけどね。だから新しい言葉は、幾つもの用法を見たりしないと、理解したとは言いがたくなるわけ」


「……ちょっとハズレますけど、専門外の教科書とか呼んでいると、専門用語を説明する専門用語自体が解らなくて、アー駄目だコレってなるときがありますね……」


「その分野の入り口となる知識を経ていないとそうなりやすいわよね……」


「――つまり、作者と読者の間に、同じ言葉があって、同じ意味で捉えられてない限り、正しく理解されない?」


「あ、それだけじゃ駄目よ? つーか、基本的に危険」


「え? 駄目なんですか?」


「ええ。だって、私達が話しているのは言葉だけど、それは”文”だから。つまり文法があるの」


「アー! SVOCとかのアレ!」


「まあ文型に限らずだけど、私達は言葉を文章に組んで話しているのよね。だとすると、相手と自分の間で、通じる文章や、通じない文章ってのが出てくるの」


「大体は通じると思いますが……」


「そうね。でも伝えたい意味の強弱とか、順番とか、そういうのって、意外と間違うのよね」


「アー……」


「SVOCの文型とか色々あるけど、あらゆる言語において通じる荒技があってね」


「どういう?」


「話すとき、一番伝えたい言葉から並べて話すと、大体通じる」


「アー、まあ、過去形とかそこら入ると面倒になりますけど、確かにSVOC系の言語なんかは、それが咄嗟の必勝法ですよね……」


「そう。だからそういう喋りに向いた言語は、話者が大声や強気口調で話してる場合があるけど、アレは別に威嚇的なものじゃなくて、”必要なことは強く伝える”をやってるだけ、ってことだったりするの」


「……それは日本語の文章でも同じですか?」


「結構なヒントになるわよ? ――強く伝えたいものは、”強く伝わるように演出する”ってことだから」


「演出方法については、御気持ち創作論の範疇だから、私はそれについて語らないわ」


「じゃあ何か根本的な話で」


「そうね……。日本語は単純な五文型で済むSVOCの使い方じゃなくて、V(述語)が一番後ろに来ることがほとんどだし、必要とあらばS(主語)を後ろに置いて”強調”としたり出来るでしょう?」


「日本語が、外国人から理解されにくいっていうアレですね……」


「そう。ある意味、”どういう文を書いても、読者は文章として捉えようとする”というのが日本語教育を受けていた人には習性としてあると思ってるの。文法的におかしいからコレは駄目だ、という判断が希薄だから」


「アー。確かに”難読”とか、そういう概念がある時点で、読み解きが出来る言語に属してますよね……」


「そうそう。だからあとは、文意を強調する操作法の話になるんだけど、これはいろいろなやり方があって、それこそ書き手がどういう教育を受けてきたか、何を見てきたかに由来するわ。そして読者側でも。だからそういう無限にありそうな操作パターンの一例を、ちゃんと一例として開示するのは有りとしても”こうすればいい”って優先度をつけるのは、自分の”枠”の押し売りだから、御気持ち創作論ってことになるのね」


「じゃあ、根本的な処というと……」


「文意の操作法。つまり言葉の置き位置操作のルールよね」


「”文章内における言葉の位置の操作”は、こちらが伝える言葉に対し”位置から発生する強弱”を割り振って、文章内でどの言葉を強く伝えたいか、っていうことなの」


「言い換えると、文章というものは、その中で伝える言葉に強弱を与える構造性を持つ、ということですか?」


「そういうこと。接続詞の選択とかもあるけどね。でも、だからこそ、これについてはさっきも言った通り、書き手、受け手ともに千差万別で何でもありだけど、書いていていろいろ試さなければ、自分なりに読者に通じる操作法は解っていかないのよね」


「”書かないと駄目”ってのは、そういうことですよね」


「そう。そして文章を書くとき、または意図が伝達されているか迷ったときは、文章における内容は、言葉の置き位置、演出にによってその強弱が変わるということを憶えておけば充分よ。文章とは、そういう”構造性”を持つものだと、それを知っておくだけでかなり違うんじゃないかしら」


「そのことを理解しないで文章講座とか見ても、基礎を憶えず技に行く、みたいな?」


「そうね。文章は構造性を持つもので、操作と演出によって内容伝達の強弱が変わる。……文法やその崩しがある以上、当たり前の事なんだけど、結構忘れてることよね。

 なお、位置の割り振りで”強弱”が主に付けられるけど、選んだ言葉によっては”リズム”や”速度”なんかも操作出来るわね。ここらへん、御気持ち創作論にならないものは、いずれ紹介しようと思うわ」


「ええと、じゃあ、”同じ言葉・同じ意味”そして”文の構造と操作による内容伝達の強弱”がある、という処まで来ました。他、作者と読者の間にある、理解のロジックというものには、何があります?」


「ええ。そこまで述べて、何となく気付いたことあるんじゃない?」


「ええと?」


「――単純に今まで聞いてきたことについて、どう思った?」


「アー……、いろいろあるなあ、と」


「それよ、それ」


「え?」


「…………」


「アー! ”文章の長さ”!?」


「そう。”同じ言葉・同じ意味””文の構造と操作による内容伝達の強弱”を使いこなせたとしても、読者側の文章理解のためのキャパを越えていたら無意味なの」


「ええと、じゃあ、長い文章は……」


「説明が出来るので伝達性が高くなるけど、理解のキャパを越えやすいわ。また、文の構造性を利用した操作も難度が高くなるわね」


「だとすると短い文章は……」


「文に使われている言葉が少ないから、文の構造性を利用した操作自体が出来ない場合があるわね」


「…………」


「どっちも詰みな気がしますが、じゃあ、バランスを取ったとしたら?」


「当たり障りの無いものになるんじゃないかしら」


「本気で詰んでますね!」


「マーぶっちゃけ言うと、全文をそんな完成度高くする必要はないのよ」


「どういうことです?」


「情報を伝達されると言うことは、その理解のために頭を使うの。だから強弱のある文章を連続して読むというのは延々と音読してるようなもので、疲れるのよね」


「まあ確かにそれはありますね……」


「だからインパクトのある文章と、抜く文章、そして平易な文章を使って、書き手も読み手も情報伝達の入出力についてコストを下げる訳」


「どういう風に、ですか?」


「インパクトのある文章の後ろは、皆、その勢いで読んでくれるから、平易な文章をある程度続けて大丈夫。インパクトの後ろで冷静になって貰いたかったり、インパクトを更に強調するなら、インパクトの後ろに抜く文章を入れる……、というところかしら。強弱の落差を作る訳ね」


「アー成程。でもそれだと、最初に平易な文章を置けないですよね……」


「だから”出だしをよく考えろ”って言うの。あれは、出だしで格好良い文章を書けってことじゃなくて、出だしでいい文章書くと、続く文章が平易でも皆ノって読んでくれるという、そういうことよ。――出だしは、後の文章への信頼感確保の投資。そんな感じね」


「――でまあ、”同じ言葉・同じ意味”に”文の構造と操作による内容伝達の強弱”をやって、更に”理解出来る文章のキャパ”という話が出ました」


「そうね。理解の幅として、どのような要素が文章を理解させる”幅”を持っているのか、洗い出したと思うわ」


「これだけやれば、とりあえず文章の内容、つまり言葉の意味の伝達には問題ないと思いますが、じゃあ本題の『書いたものが”在る”ということ』はどういうことなんです?」


「ええ。それらの技術を用いて、私達は、お互いに、情報の信頼性を確保し合ってるの」


「情報の信頼性?」


「ええ。そうよ」



・ここに犬がいる。



「この文章を書いた時、ここに犬がいることになるわ。それは解るわね?」


「あ、ハイ、解ります」


「でも、私が想像する犬と、アンタが想像する犬は、違うわよね?」


「まあ、確かにそうですね……」


「じゃあ、何で、それでもいいって思える訳? 今、私達は、不確かな情報を伝達して、受け取ったのよね。これまでの技術としてみても、かなり甘いわ。それでいいと思えたのは、何で?」


「それは……」


「……現状では、この犬について、この程度の情報でも何の問題もないからです」


「そう。現状、これで過不足ないのよね。必要だと思ったら後ろに説明が付くだろう、と、そんな感じ」


「ええ。つまりこの表現でも、問題はないし、問題があるなら、後ろでフォローが……」


「……気付いた?」


「…………」


「……フォローがあるだろう、って思えるのは、つまり情報の信頼性ですよね!」


「そういうこと。こんな単純な文章でも、”犬”っていう言葉は、意外にインパクト強くてね。頭の中に一発でイメージが湧くの。だからこれについての補正情報があった場合、同時に示されていなければ、後で来るだろうな、って思えてしまうのよね」


「……現状でも、情報が読者の中で完結するんですね!」


「解るわよね。――『書いたものが”在る”』という状態は、いろいろな技術を使って、読者の中でその情報が完結した状態にあることなの」


「単語とかのイメージが強い場合は一発完結なので気付きにくいですけど、確かに浮動状態の情報だと、”在る”ことにならないですね……」


「”犬”って言葉が強いものね。――逆に、信用性が無い状態にするにはどうしたらいいかしら」


「犬という言葉を使わないようにする?」



・中型の動物がいる。



「そうね。これだけだと情報が完結してないから、かなりあやふやなままで保留。でも”中型の動物”という言葉を使いすぎると”中型の動物”が代名詞になって情報が完結する場合もあるから、注意ね」


「そういう意味では”同じ言葉・同じ意味”で決着する場合は多そうですね」


「ええ。でも気を付けないといけないのは、やはり、”同じ意味”にも限界があるということよ。さっきも言ったように、私の想像する”犬”と、アンタの想像する”犬”って、違うわよね」


「ええ。そうですね。どんだけ描写を重ねても、それらの描写が悉くの想像とは違うので、完全な”正解”にはならないです」


「ゼノンのパラドクスよね。どんだけ近づけようとしても、その近づくための手段が、遠ざからせていく感じ。

 だからここにも定理があるの」



・どのような手筈を尽くしても、作者と読者の想像するものは同じにならない。



「……これは、難しいですね」


「そうね。理解の工程数とか、理解させることが大事とか言いつつ、作者と読者の想像は同じにならない。どうやっても、御気持ちレベルだわ。でも――」


「でも?」


「このことを知っているかどうかって、――可能な限り正解を導けるようにしたり、そのイメージを再現しようとすることにおいて、大事だと思うのね。

 想像が等しくなる定量は、まずゼロどころかマイナスからスタートであるって知ってる訳だから」


「ああ、等しくならないから、ゼロより下な訳ですね」


「そうね。さっきの話だと”犬”を想像させることが出来たらゼロになってよくて、でも、正解である”1”にはなり得ない、って感じかしら」


「でもコレが解っていると、何でも”在り”に出来ますね」


「そうね。相手の中で完結する言葉を選べば、文章の中では何でも存在出来て、どのようなことだって起こせるの」


「おおう、完璧じゃないですか」


「いや、それがそうとも言えないのよね」


「……また不穏な。どういうことなんです?」


「解釈違いの領域だけど、表現が正しく伝わらないことがあるの。ほら、うちは、文章としてはこういう特徴を持つじゃない?」



・人間では無いものに人間の比喩を与える

・五感で感じるものを、直接書かず、五感を通して感じたように書く。

・見せたいものをクローズアップしていく。



「特に中央。五感で感じるものを、五感を通して感じたように、というのがフクザツらしいのね。うちは音が見えたりするし、色が味覚になったり、動作が聞こえたりすることもあるのよ。共感的表現」


「たとえば?」


「こんなのはどうかしら」



走り込み、剣を高速で振った。

轟。

一撃が通る。



「この”轟”は何だと思う?」


「……擬音?」


「じゃあ、次の文を見てみて」



疾走する。

行く。

剣。

振。

速。

一撃が通る。



「この場合、”速”は何?」


「……動態? 速度がある、と示していますよね」


「じゃあ、これを見てみて」



疾走する。

行く。

剣。

振。

轟。

一撃が通る。



「この場合、”轟”は何?」


「…………」


「……アー!」


「そう。この”轟”を擬音ではなく、動作、勢いの表現として書いたり読む派もいるの。そしてうちは、そのタイプなのね」


「”蕭蕭と雨が降る”の蕭蕭は何か、みたいな話ですね……」


「それそれ。”轟と音が鳴った”と書いても、うちは光や色、動作が音として聞こえたりするから、そういうセンスだったりするのよね……。

 なお、これ見て”何言ってんだコイツ”って思う人もいるだろうけど、それはもう相容れないということで御了承。何処かで解ることがあったら幸いね」


「マーそういうもんですよね……。でも、昔はこの漢字系、使ってましたよね?」


「ええ。私、擬音は使わない派なんだけど、”これは擬音では?”って言われて、ぶっちゃけそのときに”ああコレ擬音としても捉えられるんだ!”って初めて理解して、以後、使わないようにしてるわ」


「マーかなり特殊例ですけど、使い慣れていると、だからこそ齟齬に気付かないとか、ありそうですね……」


「読者の捉えるセンスはこっちで制御出来ないから、難しい問題だわ……」


「ともあれどうすれば『書いたものが”在る”』かの条件やロジックを示したけど、これはホントに面白いわよね」


「私達は言葉に対して自分達が持つイメージを、言葉を読むことで自分の中に再現している、ということですよね」


「そうね。記録とは言葉を記し、後の時間に残すことだけど、どれだけ時間が経っていようと、離れた土地のものであろうと、言葉が通じるならば、その記録から当時のことや、書いた人の思いなどを自分の中に再現出来る。

 これは、記録を通じて、自分のコピーを残せるということであり、また、それを受け取る側も、自分一人では得られないものを得ることが出来る、ということでもあるの」


「お? ちょっと大きく話を広げましたね?」


「マーそういうもんよ。でもまあ、ズレの文も含みで面白いわ。

 たとえば私の中に在る”犬”と、アンタの”犬”はズレてるけど、同じように、古代メソポタミアの住人の中に在る”犬”だって、やはりズレてるのよね。そして数千年後の誰かの”犬”も、同じようにズレてるんだけど、


・ここに犬がいる


 って文を見たとき、過去の誰かも未来の誰かも、さっきのアンタと同じように、ああ犬がいるんだな、って情報を完結して思う訳」


「そのあたり、変わらないですよねー……」


「でもまあ、非実在のものであっても、条件を満たせば”在る”ことに出来てしまうあたり、ホントに強力ですよね……」


「昔の吟遊詩人や語り部が、魔法使いみたいな扱いを受ける訳よね。日常会話や昔話ならともかく、物語を語って、それを誰の脳内にも喚起出来た訳だから」


「私が使う祝詞なんかも、それを行う事で神を”実在”させてるようなものですよね……」


「その一方で、完全に同じイメージにはならない、というのも、なかなか面白いわ。言葉という物が、イメージを共有するためのツールではあるけど、その役目は間接的であって、直接的じゃないものね」


「何処まで詰めても正解じゃない訳ですからね……」


「だからまあ、文章とかについて、創作論をやる気がないってのは、こういうのにも由来してんのよね。だって、どう教えても”絶対同じ想像はできない”から」


「ええと、挿画とかはどうなんでしょう」


「挿画は”正解”を導く最高の手段よね。漫画とかアニメ、映画とかの映像ってホント強いわー、としみじみ思うけど、そういった映像系は、それはそれで、じゃあその写実性から見える感情とかそういうものが、やはり”作者の考えたものと読者の受け取るものが同じではない”のよね……。マーだから批評とかある訳だけど、その批評だって、論理立った御気持ちでしかないの」


「それはつまり、書くものにも反映されてます?」


「そうね。だから自分から見ると、叙情系の文章って凄く強いし踏み込んでる感あるのよね。

 感情とか、定量的ではない評価系の表現(美しい、とか)なんかに対しては、作者と読者が違うことを想像してしまうのに、それを用いるのは手法上のルールとはいえ、勇気が要るわ……、って思うわ。

 特に感情系は、自分と読者の感情が同じ、って思えるかどうか……、と考えると、自分には踏み込めないのよね」


「アー……、そこらへん、仕方のない部分というか……」


「そうね。でも、ズレた場合、そのズレは重なったり増幅されて、本来伝えるべき処から逸脱していくじゃない?

 共感型の作品だったら、寧ろこの逸脱を利用して、読者が個々で”自分なりに最大限の想像をする”フックを仕掛けることで、本来その作品が述べてないことまで読者に述べさせる……、つまりこれが共感性のナラティブのプロセスだと思うんだけど、自分はそういう踏み込みは出来ないのよね」


「何でなんです?」


「前にも言ったとおり、自分なりの言葉を置いて、同じ事を思えれば良いから。ナラティブで要らん処まで広がるのは、宣伝的にはよくても、こちらの伝えたいことをオーバーしてて、それは”私”じゃないの。

 昔から考えていた世界とか物語が通じればいいのであって、煽ったり、本来こっちが考えてない処まで語られるようになると、重荷になるものね」


「重荷……」


「勝手に期待値上げられるって、そういうことよ」


「解る? 『書いたものが”在る”』ということは、自分の意図しない処でもそれが発生するし、”在る”以上、語られることでまた別の言葉が生じ、”在り続ける”ことにもなるわけ。

 これがナラティブであり、もはや作者が制御でないものでもあるわ」


「言霊が人々の間で大きくなって暴走、みたいな」


「そうね。自分に相応とした期待値の”上げ”ならいいけど、不相応な”上げ”をされた場合、それが重荷になる上”読者が勝手に”って思いすら発生しかねないわ。

 ――稼ぐのは良いけど、ほどほどにね。そんな感じだし、更には”同じ想像は出来ない”から、ちゃんと伝わってるかにも自信がなくてねー……」


「何か、”この作家がこんなことを言ってる(言ってない)”が発生するプロセスって、やはり『書いたものが”在る”』が暴走した結果ですよね』


「そうそう。いつの間にかこっち無視で話が進んでる、みたいな。だから、自分が使う言葉は”魔法”であるならば、運用には気を付けたい処よね」


「実際、解りやすく、言葉を気を付けたことってあります?」


「実は自分のキャリアにおいて、キャラクターが”好きだ”って感情を口にしたのは、クロニクルの最終巻最終章が初」


「それはどういう?」


「ええ。既作も含めて、――そこに至るまで、自分が書いてきたものが、キャラクター間の”好き”って感情を読者に対して理解させられてるかどうか、確信が持てなかったのね。

 だからうちの作品群として見た場合、読者の中にも”好き”というものが明確に”在る”ことになったのは、クロニクルのあの時から」


「随分遠回りですね……!」


「そういう言葉に読者は反応をするものだけど、作り手が自分の中のそういうものを捉え切れてなかったら、疑似餌を撒いてるのと同じだもの。

 だからうちの作品では、キャラクターの感情が本当にそうであるかについては、念入りに示していくのよね」


「…………」


「……経験があります」


「……アンタその経験が通った後は、かなりやらかしてるから注意するのよ?

 ちなみにクロニクル以後は、それはもう普通に在るものとして扱ってるから、気楽に見て欲しいわ」


「何というか……、キャリアあってこそ、という感ありますね……」


「デビューからそこまで8年掛かったものね。それくらい、”感情というものが読者と共有出来ているかどうか”は気を付けた訳」


「いやまあ、……でもそういうものを含めて『書いたものが”在る”』訳で、ここはその力に酔うことなく、上手く制御して行きたいですね」


「何か上手くまとめに来たわね……、と思ったけど、そういうことよね。この”魔法”に近い力と技、上手く使って読者を”在る”側に引っ張って行ければ、と思っているわ」

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