『パンツァーポリス1935』敵と味方、正義と悪で割り切れない世界

「今回の話は、川上作品の特徴である”正義と悪という分類のない対立”についてです。ええ。90年代はコレを通すのが大変でした。今はいい時代ですよね。そういった過去話を含めて、何故この観点を持ったのか。そんな話ですね」


「コレ、今だとフツーにありますよね」


「マー当時は特殊だったって話よね。あ、当時に無かったとは言わないわ。多くの戦記ものは、敵と味方のリーダーに魅力あってこそだし、ダークヒーローものはライトサイドにまた良いキャラがいることが大事だものね」


「特殊だとしたら、じゃあ、どういうことなんです?」


「ええ。――そうである必要がないのにそれをやってること」


「……必要ない!?」


「ええ。当時の初代担当さんには、かなり言われたからねー……。”敵を良いヤツに見せようとするのはやめて下さい”って」


「何か解らんでもないですけど、どういう……」


「その担当さんがドイツ嫌いだった? っていうのもあるんだけど、やっぱり、35をフツーのラノベにするために、余分なものを省きたかったみたい。

 つまりは読者に与える爽快感やヒーロー感を阻害する要素を、無くそうということ」


「アー……」


「まあそういう意味で言うと、最後にオスカーが道を開けるシーンが無ければ、オスカーのブラドリックブルクは撃沈で、読者はスカっとするし、敵側ザマアって感じにもなるかな、って思うのよね」


「ラストのあり方で印象がガラっと変わるっていうことは、ある意味、それまでの敵側のシーンは、主人公側とのドラマを強く成立させていないと言うことになるの」


「アー、言われてみると、とマイアーが対峙するシーンも、お互いの決意表明や決裂ですが、それを越えて三人組に干渉しませんね。

 対比構図はあっても、交叉性が少ないというか」


「そうね。軍の側のドラマは三人組の理由付けには足りてないのよね。エルゼへの干渉としては、既にあのとき、エルゼは”出来上がってる”し、どっちかって言うと、マイアーの方に三人組の干渉があって、それはオスカーも同じ。 

 ある意味、皆、自分の人生の一定期間を見せてる訳ね」


「それは構図的に、どうなるんですかね……」


「三人組のやらかしが、周囲に影響を与えていくということで、これは創作物の物語ならば、何にだってあるタイプのものね。ただ、凶悪な敵にもなり得たり、ストレス解消役としての敵になり得る相手が、ちゃんと自分の日常を過ごしていて、そこに影響が及ぼされていく、というのが、特殊と言えば特殊」


「見境無いですね……」


「その上で、例えば敵であるオスカーとマイアーも、世間話や過去話とかするから、フツーに”登場人物の一人”なのよね」


「だとするとコレ、敵味方、無差別の群像劇って事なんですね……」


「…………」


「どうしたんです?」


「いや、実は私、その”群像劇”ってのがビミョーに解ってなくって。コレ、別で話そうと思うんだけど」


「アー。だったらそれはそれとして。皆が何かいろいろやってるのが出てくる、ってことで」


「そうして貰えると有り難いわ」


「でも何でそんな風になってるんです?」


「群像劇? その説明の処で言おうと思うけど、”突然そうなっている”を無しにしたかったのよね。あと、キャラクターが物語に従属しないようにしてるの」


「”突然そうなっている”とは?」


「いや、多人数がいろいろ出てくるとして、”お前、そういうヤツだったの?”が、ちゃんと事前に解っているかどうかってこと。それが驚きとして面白いならともかく、驚きだけで終わっちゃうの、あるわよね?」


「アー、ハイ」


「そういうのを避ける為に、段取りが必要でしょ?」


「確かにそうなりますね……。じゃあ、他、物語に従属しないっていうのは、どういうことなんです?」


「ええ。物語があって、キャラがそれを牽引するとしても、キャラクターがちゃんと考えて、状況なども合致して、その上で選択した、って形にしたいのね」


「アー……、成程」


「そしてそういう”物語”の強さに対し、真っ向から否定するものって、何かというと、キャラの日常生活なの」


「つまり”物語よりもキャラ”?」


「キャラが選択した結果が集まって物語になると思ってるわ。そして私はプロット派だから、先に物語を作って、その誘導ラインとかも作れるの。

 だったら、それ以上、物語を見せつける必要はないでしょ?」


「ああまあ、確かに。味をどんどん強くする意味は無いですよね」


「そういう感じ感じ」


「では、話がここで戻りますけど、どうして敵と味方が正義と悪で割り切れないような作りに?」


「単純に正義と悪じゃないのは、幾つか理由があると思ってるのね」


「どんな感じに?」


「まず第一に、プロットを立てて書いているから、正義と悪という解りやすい構図に頼らなくていいの」


「アー……」


「正義と悪の構図って、解りやすいのと同時に、読者にとっては御約束で、それが見えた段階で”物語”は固定化するのね。でも、プロットを立てて書くということは、複雑なものを仕込めるということだから、その構図や解りやすさを頼らなくていい訳」


「……何だか、さっきの、”物語に従属しない”に近しいですね」


「そうね。物語は大事。でも、それを前面に出すなら、青年の主張でもやってればいいんじゃないかしらって、そう思ってるわ」


「じゃあ、他には?」


「ええ。第二に、そうやって”物語”に従属しないキャラを書いていると、キャラクターにはあるものが備わっていくの」


「それは?」


「判断の基準」


「えーと……」


「どういう行動を取ったらどう結果がくるかの判断。その基準ね。コストとリターンの内、何をリターンとして考えるか、ということでもあるわ」


「それは、知性ではなく?」


「知性ってのは、その知性が発生する文化に属するものだから、異文化の知性は、別の文化から見たら劣って見えたり、理解不能なものよね。そしてこっちは幾つもの文化に属するキャラを書くから、知性という言葉でまとめると、キャラ間で上下が生まれるから、それはしないの」


「アー……、つまり掠奪とかする蛮族にも、自分達なりの判断がある、と」


「そういうこと。周囲から見るとクソ迷惑でも、彼らなりの判断があるのよね。

 でまあ、こういうのを考えて行くと、あるものが出てくる訳」


「何です?」


「――さっき言った通りの”日常”」


「……確かに、どんなバーサーカーでも、起きてるとき常に攻撃行動してる訳じゃないですからね……」


「でも、物語に従属してる場合、そういうキャラ立てになるのよ。”コイツ、トイレとかいつ行ってんの?”って思うようなのが」


「ま、まあそれはフィクションとして……!」


「そんな感じで……、って話をまとめたくもなるけど、実はちょっとね? 当時、そういう風に正義と悪で分かれたりしてるのが解りやすかったっていうのは、時代性もあったように思うのよね」


「どういうことです?」


「ええ。昭和の人なら解ると思うけど、1999の終末思想って、日本では、えらく流行ったわよね」


「アー……」


「つまり90年代くらいのフィクションって、当時感的には、”何かによって世界は壊される”っていう陰謀論があって。その押しつけ役とか、解除役を求めていたように思うのよね。RPGとかやってると、何で敵役は、お前らそんなに世界制圧や滅ぼしたがってるんだろう、って」


「一応、観測範囲ではありますけどね……」


「マー確かに。でも、フィクションの”善悪の戦い”は、安心して作って、安心して見られるからいいですよね……」


「でまあ、何か濃いめに染みついてた善悪感は、うちの中だと無いのよね。片方から見たら悪であっても、そっちの側から見たら自分達の判断で生きてる訳だから」


「物語に従属せず、ちゃんとそのキャラを書いてると、そうなる、と?」


「ええ。そこらへんは、そうなるものよね。

 だから敵役だけど、マイアーは自分なりの判断で動いていくし、オスカーだって、自分なりの判断として、最適だと思ったことをやっていく訳。

 悪だから、敵だから、という概念で動いてないのよね」


「まあ、そんな感じで、うちには”悪役がいない”し、どっちかっていうと”敵役もいない”のよね。対立する者達は居ても、それは敵”役”じゃなくて、ただそのとき、周囲や自分達の判断で対して居るだけだから」


「これについては、35からこっち、死守しているようなことですね」


「そういう意味では、35でしっかりそこら、出しておいて良かったわ。全てのキャラを、貶めたり持ち上げたりすることなく、また、物語に従属した”役”ではなく等しく扱う。

 それが出来てるのと出来てないのとでは、今ここで振り返ったとき、キャラや物語に対して生まれる感情が違うと思うのよね」

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