『閉鎖都市 巴里』日記文学? 異色の作品スタイル

「今回の話は、手記によって成立する世界である”巴里”の、そのルールや表現とはどういうものなのか、です。いやー、ちょっと聞いただけでは意味不明。だけど解ると”ああ!”というアレ。そんな巴里のシステムや表現を見てみようと、そんな話ですね」


「日記調の小説って……、何です?」


「いやまあ、普通にあるわよ? 日記文学。それこそ古代の随筆はノンフィクションの日記文学になってること多いし、”赤毛のアン”や、夏目漱石の”こころ”なんかもそっちの要素がかなり高いわよね」


「アー、一人称小説で日常性が高くなってくると日記化する、みたいな」


「そういうこと。だから巴里みたいな形式は、ジャンルとしては日記文学の内に入ると思ってるの。――ラノベじゃかなりレアだとは思うけど」


「とはいえ、こっちとしては、どんな風に思ってるんです?」


「そうね。実は内部で扱ってるのは日記だけじゃないの。手紙や時系列表、ドキュメントもいろいろあって、つまり”書簡文学”だと思ってるわ」


「――で? どういうスタイルと理屈なんです?」


「そうね。巴里というか仏蘭西全体が情報化されたワールドになっていて、人はそこで自分を”文字として思う”ことで存在するの。

 我思う、故に我有り、ね」


「書かれたものは作中に存在する……、というのと同じですね?」


「そう。だからこのワールドに居る連中は、ずっと一人称の喋りをやってる状態なのね。この、自分を書いていく行為を”詞認筆”って言うわ」


「今更気付きますけど”視認”ですか? コレ」


「それもあるけど”自認”の要素が強いのよね。”サイン”って言ってる通り」


「アー成程。自分視点の自分語り、みたいな」


「そうそう。世界に自分が存在しているってことを書き連ねて行くわけよ。

 でもそれだと、自分語りばかりで、他の人や、外界の動きが解らないでしょ?」


「アー、そうですね! 確かに自分の事ばっか語っていると、外が見えないです。歩きスマホみたいな状態になるんですね?」


「そうそう。だからたまに、外界の情報を取り込むの。その行為を”加詞筆”って言うの。潜望鏡上げて海上を確認するような感じね」


「だとすると”加詞筆”=”加筆”ですよね。

 それでちょっと周囲確認して、語りと外界に齟齬があったら修正して、また自分語りに入る感じですか?」


「そんな感じ。

 ――要は、基本ずっと自分のことを喋っていて、たまに”あ、そろそろ周囲とズレるな”って思ったら”加詞筆”で確認、修正、ね。

 日記部分は、基本”詞認筆”で、たまに”加詞筆”だからこんな感じの表現になるわ」





「――《》で囲まれてるのが加詞筆部分ですね。

 あと「ベレッタの日記」、っていうのが、ちょっとした”合図”感ありますね」


「それ自体は決まりじゃ無いんだけどね。儀式的に”解る”わよね。これから語られるんだな、って」





「これら日記中にある《》の加詞筆だけどね?

 気を付けなければいけないのは、これ、アクティブ制だっていうこと」


「アクティブ制?」


「そう。作中ではこう説明されてるわ」





「ええと、つまりコレ、戦闘とかで、自分の動きの宣言(加詞筆)と相手の動きの確認(詞認筆)をバランス良く、またタイミングよくやっていかないと、隙を突かれる?」


「そういうこと。余計な一行を加詞筆したり、見当違いな詞認筆をしたせいで、相手の表情を読み取れなくなったりするから、気をつけのよ」


「き、気が抜けませんね……」


「だから行き違いとかもいろいろあってね。そこにドラマが生まれるのは手紙の遣り取りとかと同じよね。WW2の時代性と合って、結構効果的だわ。

 そして日記だけど、人によっては書き方も違う訳。これはライバル役の軍人ハインツと、主人公達の保護者? 的な役割を持つギヨームの日記」





「キャラ性出ますね……!」


「そういうこと。一人称小説の美味しい処を詰め込んだ上で、ゲーム的なシステムまで入ってるから、読むたびに発見や新しい解釈があるわ。

 それが巴里ね」


「――でまあ、巴里の実際の作業については、既に自分の方で語っていたりするのよね(同人誌:都市の歩き方・巴里編)。その中でも言ってる通り、企画やアイデアは数年前からあって、書簡都市というのも既に揃っていた訳」


「いきなり思いついた訳じゃないんですね」


「倫敦を考えたときに、同様の都市がバリエーションとしてある筈、って考えるじゃない? 書物があるんだとしたら、書物=一般に流布するものだから、じゃあ私的な文章=書簡って、そう思ったのね」

 

「アー、公と私、みたいな」


「そうそう。今だったらもっと細分化するかもね。それこそ手紙と日記の都市を分ける、とか」


● 

「じゃあ、これをやろうと思った発案は、どんなものだったんです?」


「そうね。都市としての発案と、キャリア的な発案があってね。

 都市として考えた場合、香港、OSAKAってアジアが二回続いたから、そろそろ欧州戻ろうかっていうのと、香港とOSAKAが現代(当時90年代)だとしたら、伯林と倫敦はWW2前なのね。

 だから両方を繋ぐものが必要よね、って」


「それでWW2……、って思いましたけど、以後、60~80年代だと、事件性のある都市というのがパッと思いつきにくいですね……」


「マー政治的な事件とかいろいろあるけど、世界全体が動いたというのを皆が知ってるような事件とそれを持つ都市って、WW2の鉄火場に比べるとやや薄めよね、冷戦時代」


「スポット的な大事件は多いんですけどね」


「そんな感じ感じ。――そしてこっちの頭の中にはヘイゼルを主役とした年代記的な新伯林があってね。これは以前に話した”シリーズ”なんだけど、それをやる前に、都市の方向性とか下地とか、一回ちゃんと出しておこうってのがあったの。これが、都市としての発案ね」


「じゃあ、キャリアとしての発案は?」


「OSAKAに続く”自分リセット”ね。初代担当さんが、元々のこっちの文章が合わない人で、伯林と倫敦は”これでいいのかな……?”という感覚で書いてたんだけど、香港で担当さんが変わって自由主義になって」


「極端な変化ですよね……」


「そうね。――で、ほぼ出来てた原稿があった香港は伯林、倫敦から繋がる文体なんだけど、ちょっとコレで書くのはキツいな、ってことから、OSAKAでは技能表記を頼りつつ、自分の文体って元々どんなだっけ……、ってのをやってるのよね」


「……何で技能表記を入れたんです?」


「それはOSAKAの方で話すけど、つまり技能表記自体は”表現の変更”よね。殴るとか気付くとか、そういうのを他の言葉に置き換えても通じるって遊びが面白いと思った訳。

 一方で、自分の文体を捉え直そうってしてる時においては、技能表記は行動系の文章を全て代用出来るから、それ以外の情景、風景描写にこちらは集中出来る訳」


「アー、成程……。一気に全部見直すとパンクしますからね……」


「そうそう。でも、技能表記の面白さがあってこそだから、それは自分の文体の見直しが無くても入ったネタね。こちらとしては狙ってなかったけど両得、って感じだった訳」


「ちなみOSAKAの方では、見直しが上手く行ったんですか?」


「それはOSAKAの処で話した方がいいんじゃないかしら……?」


「じゃあ、巴里の方で、キャリア的な発案としては?」


「OSAKAで幾つかの写実系描写における手応えを得たのね。ああ、情景描写とか、風景とか、写実である程度行けるようになった、って。――だからほら、ここからはいつもの”自分への逆張り”と、OSAKAの技能表記のような”表現の変更”を訓練しようって話」


「えーと、逆張りと言うことは……、OSAKAでは写実の情景描写とかやりましたから……」


「そう。内面の描写ね。――でもコレ、普通の文体でやると、また香港以前の文体に戻っちゃうでしょ? だから徹底した一人称にしようと思った訳。そんな中に”写実系一人称”を差し込む加詞筆があれば、叙情と写実の捉え直しは、ある程度揃うと思ったの」


「またいろいろ面倒なことを……」


「まあこれだけやったから、次、新伯林で自分なりの文体が拙いながらも改めて始まる訳よね。ここらへん、都市を順番で読んでた人は、ガジェットとは別の”文体の変化”の理由が解って”アー”とか言ってんじゃないかしら」


「……というか、ホント、プロになってからやることですかね、こういう自分の文体の捉え直しとか」


「まあそこらへんは、しょうがないものよ。でも憶えておいて欲しいのは、たとえプロになったとしても、その後で自分の”変更”って出来るってこと。

 方向性の変化や、ほんの少し前に言ったことから変わる、ってことだって、それが”書いていて楽”なら、有りなの」


「基準が”楽”ですか」


「”苦痛だけどそれが正しい”って考えは、やめることね。何故なら私達の仕事は書くことで、そこに苦痛があったら長続きしないわ。現に何人もの作家が、”私はこうしなければならないんです”って言ってそういうのやってフェードアウトしていったのを見てるの。

 方針の変更や前言撤回は格好悪いことでも悪でも無いわ。法律で罰せられないんだし。

 ”こっちの方が書きやすいんで”くらいのノリで、実力やムーブメントに合わせて変化して行って欲しいわね」

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