『風水街都 香港』天使という存在への疑問符

「今回の話は、川上作品ではフツーに出てくる天使系のキャラクター達、彼女達の翼の構造は、しかしよくあるハト型のアレとは違うんですよね。じゃあそれって、どういうものなのか。どんなアイデアでそうなったのか。ちょっと真面目な考察を、天使というメジャーネタでもやってみる。そんな話ですね」


「さてまあ、香港で担当さんが変わって、更には絵描きとしてこちらの推薦で、やっさんが関わるようになったのね」


「しれっと言ってますけど、結構大きな変化ですよね」


「そうね。一番大きいのは、こちらの考えてるグラフィックイメージが全面採用になる、ということかしら」


「アー、うちは結構特殊なので”本文読んで解らん”は発生しがちというか」


「そう。そこらへんのコストや、意見を通すことも考えて、実は自分の印税だけど、TENKYとやっさんにも配分して貰ってるの。イラストレイターとの関係が良好であることなど、前提条件はあると思うけど、予算が用意出来れば描く側もやれることは増えるし、と、そういうことね」


「イラストレイターは大変ですからね……」


「そんな感じで下地は出来たけど、じゃあ何を描くかってことで、一番に考えないといけないのが匪天である主人公アキラのデザイン。

 六枚翼の天使だけど、内四枚が奇形で矮小化していて、二枚翼に見えるってアレ」


「いろいろ設定がフクザツなんでしたっけ、香港」


「あの時代の香港らしさは出てたと思うわ。いろいろ調べたから、キャラクターの移動を”点”じゃなくて”線”で書けたし」


「――空を飛ぶから、街を”点”で見てると駄目なんですよね……」


「そうそう。高く飛んだ時、遠くに何が見えるかが解ってないと駄目。そんなアキラの翼の形状だけど、コレ、普通の天使とは違う形してるのよね」




「私(ナルゼ=六枚翼)の主翼部分が同じ形状なんだけど、一般に言われる天使翼=白鳩の翼が左右方向についてる訳じゃなくて、上下展開型の翼が後ろ向きについてるの」


「ほほう?」


「でまあ、飛ぶときは、まずこの主翼を上に向かってややV字に開いて、……それから伸ばした足を畳むような動きで大気を叩いて飛ぶのね。

 感覚としては、バサバサ飛ぶんじゃなくて、ドパンと打ち出す感じ」


「…………」


「……何でそんなものを?」


「何よアンタ、マルゴットにケチつけるの?」


「ナイトがそこで出てくるのは御見事ですが、どういう契機でそういうデザインに?」


「そうね。大学時代に美術部やってて、そこは美術部って言ってもイラストや漫画とか、好きに描いて良いって場所だったんだけど、自分の方は主にGENESIS系のデザインとかを描いて遊ぶ場にしてたの」


「何か古い話が出て来ましたね……」


「まあそういうもんよ。――で、義体とかのデザインや、それが実際にあったら、っていう自分的整合性のためにいろいろ描いていたんだけど、異族用の義体ってどんなのだろ、ってアイデアが出て来て」


「アー、確かにうちらの世界観だとありますね……」


「そうそう。人狼用の義腕とか? 尻尾がある種族の義脚のバランス取りとかどうなの? みたいな。そして出て来たのが”天使の翼の義体化”ってどうなの? って疑問」


「どうなったんです?」


「うん。95年の4月くらいに、こういうのを描いてるのよね」





「時代感ありますね……!」


「もう三十年近く前だから怖いもん無しよね……。

 なお、後ろにいる竜みたいなのはガルガリン。

 当時はゲームの影響か天使関係の資料というか海外訳本とかも結構出てて、虚実一緒にいろいろ集める事が出来たのよね。

 そこら参考にして、手前、六枚翼を義体化した天使、というイメージで描いて見たわけ」


「正直、ゴチャついてよく解らんですね」


「何言ってんの。ここのアクチュエーターとか(略)」


「まあ解説はいいとして、どういう?」


「うん。この機械化した翼を描いてたときに思ったのよね。――天使の翼って、航空力学的にも、生物学的にもおかしくない? って」


「だって、フツーに鳩翼が左右方向についてると、羽ばたくときは”後ろ-前”に翼が動いて、コレ、後ろにしか行けないんでは、って。

 あと、翼が邪魔で腕を後ろに振ったり出来ないわよね? 進化の過程でそういう形態は負けていって、有利な形が生き残るんでは、とか」


「アー……。確かに機械として考えると、駆動系や関節、スラスト方向とかも整合性必要ですからね……」


「そういうこと。天使が翼を義体に変えたときに、これまでの翼と全く違う動きを要求されたら、飛べなくなるわよね? で、どっちが正しいかと言ったら、整合性取れてる義体の方が正しいと、私はそう思ったの」


「……面倒臭い大学生がいたもんですね」


「今、目の前に居たら張り倒してやりたくなるかもね……。でも、気付いてしまったら、それをクリア出来る翼の形状とシステムってあるかな、って考えたのね」


「それで思いついたのが、この形状なんですか?」


「いや、そこからストレートに今の形じゃなくて、一回、羽の多いタイプを考えたの。大気を溜めたりする感じで、展開動作は同じなんだけど、開くとやや扇形の翼になるって感じ。

 それがこのラフのアキラね。第一回目のアイデアラフだから貴重かも」





「うわ古! タイトルも五行都市だったり、香港の字を間違えたりで馬鹿丸出しなんですけど」


「ホントに何で上で”香港”って書いてて、下で”番港”になってんのかしらね」


「しかしコレ、いつのものです?」


「ええ。コレに書いてあるわ」





「出ましたね怨念帳……!」


「コレの前半側に描いてあるから、96年後半の発案ってことね」


「アレ?」


「何かおかしい?」


「96年後半って……、多分、まだ35が出ていませんよね?」


「そうよ。怨念帳はアイデアを叩き込んでまとめる処だから、先行してこういうのが書いてある訳。この頃は話も今とは違うものを考えていたけど、キャラのデザインとしては今に通じるものがあった訳ね。

 だから実際の香港で使われたデザイン画、見てみて」





「アー。隅に97年8月のサインがありますね! 香港、98年の6月発刊ですから、一年近く前にまとまってたんですか……」


「そう。デジタル入稿のときに話したけど、このあたりで既にいろいろまとめて、設定画とかデジタルで送ってた訳ね。時期的に見れば35出した半年後には香港行ける、ってスケジュールだったんだけど、担当さんの交代とかあって香港は予定より遅れたのよね」


「さてそんな感じで、先に出したけど翼の開閉システムとか、そういうのはこんな感じ。私達の主翼も、これと同じなの」


「二十年以上、バリエーションはあっても、基礎は同じですね……」


「昨今では昔みたいな”背から横に翼”より、腰あたりから結構フレキシブルに動かせる翼が”何となく水平意識した角度”でついてるとか、”背から生えていても開く時は水平に開く”みたいなの多いわよね。あれも面白い解決方法だと思ってるわ」


「でもまあ、今回のネタ、起点がちょっと面白かったですね」


「異族の義体デザインから気付いた、って流れだものね。

 そして自分的には”既存のものに対しては何にでも疑問を持ってみる”ってのが大事だと思ってるの」


「それはどういう?」


「今あるものって、いろいろな連綿でこの形になってるけど、実は”昔からそうだから、今も何となくそうしてる”ってものが多いのね。

 それで困る訳じゃないんだけど、じゃあ、スタンダードが困らないなら、オンリーワンがいても大丈夫よね、って思う訳。

 そういうのを楽しむ余裕があっていいんじゃないかな、って」


「そんな感じで、グラフィックデザインとして独自のものが出せるようになった香港だけど、一番手として出たのは、やっぱ以前から思案していたコレだったのね。

 天使と存在についての疑問符」


「でもコレの御陰で、バサバサ飛ばずに勢いよくビルの間とかを移動する天使、というのが出来た訳ですね」


「シルエットとしてもスラスターやバインダー感あっていいわよね。私達が機殻箒乗ってるときの絵とか、箒と私達で一個のシステムだと解るし。

 でもまあ、始まりは95年の春先。25周年よりチョイ古い時代の話だけど、ホント、それで今でも食えてるから、皆、思いついた疑問や、そこから出来た資料は大切にね」

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