挿画のデジタル入稿の始まり


「という訳で、今はもう常道というか基本となっている、挿画のデジタル入稿ね。コレ、電撃ではうちが一番最初ということになってるの」


「ビミョーに引っかかりある言い方ですけど、何がスタートだったんです?」


「香港ね。アレをパワーマッキントッシュでMO提出」


「何かビミョーに懐かしい単語出て来ましたね……」


「パワーマッキントッシュって、何年ぶりに口にしたかしら、この単語……」


「今の子達に通じるんですかねパワーマッキントッシュ……」


「マックの新メニューだと思われるわよね。ドナルドが食ったらバーサク状態になるとか、そういう。

 ちなみにパワーマッキントッシュの最終形がG3って名称だったせいで、G3って聞くとガンダムか仮面ライダーかガメラ3かパワーマッキントッシュかで悩むようになるという……」


「H&Kとかも入ってくるからビミョーに激戦区ですよね」


「まあ無茶苦茶話がズレたけど、当時はMOだったのよね」


「CDで焼かなかったのは何故です?」


「単にライターが会社に無かったのと、印刷所にMOがあるって、そういう話だったという記憶があるわ。128MB二枚で、カラーと挿画、そんな分け方をしてたわね」


「懐かしい……」


「90年代後半って、AppleというかMacがWindows95系にシェアを奪われて行く時期で、でもゲーム開発系だと、まだMac環境で仕事してる、って会社や個人も多かったのね」


「ちょっと90年代懐かし話をするけど、印刷系やゲーム系で、90年代にMacが広まったのは、何故だと思う?」


「……マウスのボタンが一個で、操作がフクザツに見えなかったから……?」


「そうね。MOをドライブから吐き出させるときの操作が、”MOアイコンをゴミバコアイコンに叩き込む”だったときは戦慄したわ……。

 Windowsで右クリックでメニュー出て取り出し操作ができたとき、人類は進化したと思ったものよね……」


「というかX68000でもエジェクト操作有りましたから、Macが特殊だったと思うんですよね……」


「いやホント、締め切り間際でMOの書き込みから配送手続きまでしよう、ってときに、MOの取り出し方が解らなくて、聞いたらソレでしょう? ……解るか! っていうか、切羽詰まってるときにそういうのホント勘弁して欲しいわ……」


「無茶苦茶話ズレてますね」


「何の話だっけ?」


「90年代にMacが広まったのは何でだと思う? って」


「もう面倒臭いから想定していた回答言うけど、――Photoshopが理由の一端にあったわよね」


「AdobePhotoshop、94年発売の3.0からレイヤー採用。画像の移動や変形、効果、印刷を考えた二値化やグレスケ、CMYKとか、日本のツールが”何となくドット絵を描く文化から抜けれてないような……”感あったのに対し”描く・塗る・配置・変形・効果”が明確だったわ。

 そして日本では、Mac版の方が先行発売されていて価格も安かったのよね」


「い、今、当時の記憶が急激に戻ってきました……! パソコン雑誌やエロゲ雑誌とかでも紹介されてましたよね……!」


「ペインターと色々”どっちがいい”みたいなの、あったわねー……。

 でまあ、このPhotoshop、97年発売の4.0日本版はMac版とWindows版が同時に出てね。以後、Photoshopにおける日本でのMacの優位性は無くなっていくの」


「ああ、そんな流れ、ありましたね……」


「だから香港の場合、やっさんが線画を描いて、社内のグラフィッカーが着彩って方法をとってたのね。この方式はOSAKAまで続くんだけど、社内のコスト削減の意味もあって、巴里からは作画がやっさん、一部背景などこっちで手伝う、みたいな感になってるわ」


「――で、ビミョーに疑問があるんですが、ホントに香港がデジタル入稿の初作品なんですか?」


「それがまあ、結構驚くような流れでね?」


「どういうことなんです?」


「実は当時、電撃文庫はデジタル印刷に対応してなかったの」


「…………」


「ええと?」


「つまりデジタルで入稿出来ても、印刷所の印刷機がデータを直印刷する方式じゃなかったのね」


「……? その場合、どうするんです?」


「ええ。イラストレーターか編集部側か、どちらかで一回デジタルデータをプリンタ出しして、それ版下として印刷に回すって方法をとってたの」


「過渡期ですね……!」


「デジタルなんだかアナログなんだか、って時代よね。

 でまあ当時の担当だった前担当さんの手配とかいろいろあると思うんだけど、印刷所用としてデータだけの受付を行ったものの初が香港って話。

 なお、うちの担当さんが印刷所にデータ持ち込んだら”この方法は想定してなかったですね”みたいな話になったって感」


「アー……」


「ここらへん、うちが企画段階からデジタルでデータを出してたってのもあると思うわね。あの時代の新進の絵描きさん共々、編集部のデジタル化を、ちょっと後押ししていたことになるのかしら」


「何か凄く、時代を感じるというか……」


「ちなみにOSAKAもこの半デジ半アナな印刷よ? でも巴里の時にはデジタルで印刷出来るようになってたんだけど、OSAKA下巻が3月だから次の”期”あたりで、印刷機が変わったのかもしれないわね。

 ここらへん、”電撃史”みたいなのを詰めて行くときには、面白いネタになるかしら」


「いろいろ歴史有りだというのは解りました……」


「もはやここらへん語れる人、(うちの前担当さんが定年退職したので)編集部にいないものね……。全ての編集部員より古株になってしまったわ……」


「――ついでに何か、面白いネタ、あります?」


「印刷所の印刷機が変わることを想定して、絵の処理を変えてるとか、解る?」


「どういう?」


「香港の時は、完全デジタルがいけると思ってたんだけどそうじゃなくて。だからOSAKAでは、ゲームに合わせる意味もあって、モノクロなどは精密にせず、ちょっと荒っぽくしてるのね。

 一方で巴里の場合、デジタル印刷がいける、って解った一方で、印刷でどのくらい精度が出るか解らないから、絵には下手にアンチエイリアス掛けず、章扉とかは白黒二値化で行ってるの。これは新伯林も同様」


「アー……、味が変わったのは、印刷所が理由なんですか……」


「出来る事と出来ないことがあるから、出来ることについてはベストを尽くすのが一番じゃない?

 ――で、DTではまた印刷機の性能上がったって聞いてたから、章扉もグレースケールを採用してるのね。

 そしてクロニクルでは、章扉に、精度が必要なアンチエイリアスの掛かったモノクロを用いてる訳」


「細かいようで、結構変化してますね!」


「こっちが表現で全力出しても、印刷所がそれを叶えられなかったらダメだものね。

 だから印刷所の性能に合わせて、こっちもベストな絵を出していた訳。

 これは今の時代には不要な技術だけど、でも、当時だって印刷所想定の職人的な絵柄の構築をしていた人は、希じゃないかしら」


「しかしマー、やらかすときはやらかす訳で」


「何かやったんですか?」


「新伯林3の時だったと思うんだけど、メディアワークスの通信環境がパワーアップしました、みたいなことを担当さんが言うから、挿画データを何枚分か、メールで送ったのね。90MBくらい?」


「それが一体?」


「――メディアワークスのサーバがダウンしちゃって」


「Oh……」


「いやまあ、私達が原因かどうか定かじゃないけど、メール容量が10MB限界だったとか。後で聞いたら”文章を想定してました”とかで。確かに絵はダメかー、みたいな。

 確か二日くらいダウンしてたから、あの頃、何か仕事でメールとか送れなくなった人達いたらすまなかったわね。私達のせいじゃないと思うけど」


「最後の付け足しがサイアクですね……!」


「まあそんな感じで。デジタル入稿の公式”初”だったり、以後の編集部のデジタルやサーバを鍛える一助になったという訳よ」


「最後のが一番インパクトあったのは何なんですかね……」

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