”写実描写主義・中編”


「川上稔って言うと、文章クソ汚えとか、そういう作家って言うイメージありますけど、そこらへん、どうなんです?」


「それ言ってる人がどんだけ”文体”とかに詳しいか解らないけど、誰かが読めている文章を読み難いと評するならば、それはその人の読み方が偏ってるんじゃないかしら」


「も、もうちょっと譲歩を!」


「じゃあ、次の文章を比べて見て」



・「雨が降る1」

 午後になって空に雨雲が広がると、強い雨が降って来た。

 それを見上げる少女は、秀麗な顔に哀しみの感情を浮かべている。


・「雨が降る2」

 西日の空に暗雲が広がり、湿りを帯びた風と共にあるものが落ちてきた。

 雨だ。

 そして、ただ降るものを見上げる少女がいる。

 長い眉を下げ、目尻に雨が当たるのに任せている。



「――え? 何ですかコレ? 全く違うんですけど」


「でもどっちも同じものを示しているの。

 そして前者がよく言われる”綺麗な文章”というか”良い文章”の類い。後者がさっきアンタがいった”クソ汚え文章”の類いね。

 でまあ、うちは、後者に属するの」


「あ、だとすると今の文章は――」


「そう。前者が”叙情派”で、後者が”写実派”ね」


「どういうことなんです?」


「じゃあちょっと、解説するわね? 前者から」



 午後になって空に雨雲が広がると、強い雨が降って来た。

 それを見上げる少女は、秀麗な顔に哀しみの感情を浮かべている。



「この叙情派の文章が、何で”綺麗・良い文章”か解る?」


「ええと……」


「…………」


「……ちょっと言いにくいんですけど、いいですか?」


「何かしら」


「逆転しますけど、後者の写実派の文章と比較させて下さい」



・「雨が降る(叙情派)」

 午後になって空に雨雲が広がると、強い雨が降って来た。

 それを見上げる少女は、秀麗な顔に哀しみの感情を浮かべている。


・「雨が降る(写実派)」

 西日の空に暗雲が広がり、湿りを帯びた風と共にあるものが落ちてきた。

 雨だ。

 そして、ただ降るものを見上げる少女がいる。

 長い眉を下げ、目尻に雨が当たるのに任せている。



「コレ、同じ事言ってるなら、まず、後者の写実派は”長すぎる”んですよね。そして言葉の対比を前者(叙情派)と後者(写実派)ですると解ると思うんですが――」



 午後(叙情派)=西日の空(写実派)

 雨雲(叙情派)=暗雲(写実派)?

 長い眉を下げ=哀んでいた



「こんな感じで、後者の写実派はその正解を全く告げてないんですよ!」


「なかなか良い意見ね。ではアンタが今、写実派の”暗雲”に”?”をつけたのは何故?」


「ええと、暗雲は、それだけだと単に黒い雲だからです。後に続く雨が降ってきてから雨雲だと解るからですね。

 だからこれが本当に対比となるのか、厳密には解らないと思ったので”?”をつけました」


「そう。じゃあ、今アンタが言ったことが、私の答えよ」


「前者の文章、見てみるといいわ」



・「雨が降る(叙情派)」

 午後になって空に雨雲が広がると、強い雨が降って来た。

 それを見上げる少女は、秀麗な顔に哀しみの感情を浮かべている。



「…………」


「……あ!」


「気付いた? 前者の文章では、雨が降ってない内から”雨雲”って言ってるの。

 でも前者の文章を読んでるとき、違和を得なかった人が大半じゃない?

 何故、その違和を、前者で感じなくて、後者で感じたのかしら」


「えーと……、それは……」


「幾つかの理由があるわ」



・言葉は、書いた時点で作中にそれを存在させる。

 :だから”雨雲”と書いた時点で、作中には”雨雲”が発生した。

・雨雲と、雨が、近い位置にあるので、疑問を思う前に情報が補完される。

 :一文内でそれらの情報が出て完結しているため、尚更違和感を得にくい。



「まあこんな処かしら。でも、何か気付いたんじゃないかしら。上手く言えない違和みたいなものがあるって。――じゃあ文章の続きを見てみるわね」



 それを見上げる少女は、秀麗な顔に哀しみの感情を浮かべている。



「…………」


「……あ!」


「何かしら?」


「……”哀しんでいた”って、コレ、”書いた時点で発生する”ですよね」


「そうね。その少女が内心を見せた訳でも、前情報があった訳でもないわ」


「えーと……、だとしたら……」


「疑問は一つよ? ――この、作中で示されてないものを先に書いて説明しているのは”誰”なの?」


「ま、答えを言ってしまうと”作者”よね。

 つまり”綺麗・良い文章”って、基本的に、作者が正解そのものを読者に伝えて行く文章なの」


「ええと、言葉が曖昧です。――正解、とは何です?」


「ええ。――読者が”想像するべき”内容、よ」


「この”想像するべき”内容には、二つのものがあると思っているの。

 それは、文章から得る”意味”と”イメージ”の二つね。

 読者は文章を通して、作者が伝える”意味”と”イメージ”を同時に想像している、と、そういう考え方。並べて書くと、以下の通りね」



・意味として作者が伝え、読者が想像するべきもの。

 :”雨雲”=”雨を降らせる雲”という意味。

・イメージとして作者が伝え、読者が想像するべきもの。

 :”雨雲”=”黒い雲”というイメージ。



「今回だと、大体この二つだと思うわ。”雨を降らせる黒い雲”。これを示す最適な正解を”雨雲”として置けば、”書かれた時点で存在する”ため、読者は情報とイメージを頭に浮かべる。だから雨雲がいきなり出て来たことに違和を得なかったの」


「……ケッコー、強力な方法ですね……」


「そうね。大体において、雑に語るなら、ラノベはこちらが主流じゃないかしら。意識しないでそうなってる人も多いと思うけど。

 この文章の場合、読者は次のようなプロセスで内容を理解するはず」



・文章を読む

・文章で書かれている正解から、与えられた情報を理解する



「ダイレクト感強いわよね。読む行為が理解に直結するわ。

 こちら側の人、時に豪奢な表現を使ったり、感嘆詞やアオリを本文に入れる人もいるけど、どちらも作者のイメージ、ノリを読者に伝えたい、ということよね。

 極端な言い方をすれば、情景を書く必要は無くて、作者が正解を並べて行けば読者に最適が伝わる文章とも言えるわ」


「ええと、じゃあ、クソ汚え方はどうなんです?」


「アンタその言い方好きね……。というか、これはもう、やっぱりアンタがさっきちゃんと答えているわ。”正解を全く告げない”のよ」


「正解を告げないで、読者が”想像するべき”内容が伝わるんですか?」


「方法はあるわ。――”正解に辿り着くための情報”を置いていくの。ルールは”書いたらそれが存在する”んだから、つまり作中の情景を写実に描写することね」



 西日の空に暗雲が広がり、湿りを帯びた風と共にあるものが落ちてきた。

 雨だ。

 そして、ただ降るものを見上げる少女がいる。

 長い眉を下げ、目尻に雨が当たるのに任せている。



「西日の空、ってあったら、まずそれを想像してみて、ハイ」


「ええと、……ハイ、想像しました」


「そう。だったらそれでいいわ。――次行くわよ」


「え!? 午後とか、そういう情報は……」

 

「西日の空があるなら、午後ってのは感覚的に解るでしょ? 説明する必要ないわ。

 解る? その情景を想像したときに解ることを、説明する必要は無いの。

 西日の空を想像して、午後だと感覚出来ない読者なら、サヨナラでいいわ。

 そして情景を描写するのだから、後で解る情報は前に出て来ない。だから――」



 暗雲が広がり、湿りを帯びた風と共にあるものが落ちてきた。

 雨だ。



「雨雲とか、先に言わない。今の視点からは暗い雲が近づいて来るのが先。そして――」


「何か降って来た、と思ったら、雨だ……、と。


 雲が来る→何か降って来た→雨だ


 と、そういう順番が守られているんですね」


「そう。その順番は不可逆でもあるの。

 だって雨雲なんて、雨が降ってきたときには、もう要らない情報でしょ? 今、感覚として大事なのは雨。だから雲は無視して、降ってきたもの=雨にクローズアップする。

 もし過去を思い返すなら、さっき西日を隠した暗雲は雨雲だったのだと、そういうことになるけど、そんなの本文で書く必要ないわよね。

 じゃあ次の行、行くわよ」



 そして、ただ降るものを見上げる少女がいる。

 長い眉を下げ、目尻に雨が当たるのに任せている。



「……あれ? 雨=ただ降るもの、という言い換えを行ってますね。何でです?」


「直近で雨雨って言ってたら、さっきの雨の印象が薄れるでしょ? だから、ここでは言い換えを行うの」


「言い換え?」


「そう、雨を、”雨”という言葉を使わずに表現して、イメージを喚起させる力を保つの。あとまあ、同じ言葉を連続使用するのは”格好悪い”ってのもあるものね。

 だから、ここでは、さっき使った雨という言葉を別のモノに言い換えるの。

 そうやって、同じ言葉を連続させないようする。大体次のような交互使用ね」



・直接的な表現→間接的な表現

・間接的な表現→直接的な表現



「雨(直接的な表現)→ただ降るもの(間接的な表現)……、という言い換えですね?」


「そう。この組み合わせや繰り返しによって、情報のメリハリをつけるのね。

 同じ言葉を直近で使わない。少なくとも一文、または行を離してから使う。そのために、同じものを示すのでも複数の言葉を使うわ。

 これがどういう事を示しているか、解る?」


「て、徹底的に”正解を言わない”ですね……!」


「そういうこと。そして少女の描写も、よく見れば解るでしょ。



 長い眉を下げ←哀しい表情をしている

 目尻に雨が当たるのに任せている。←映像的には涙に見える



「前者は描写による感情表現。後者は暗喩による感情表現。

 つまり哀しんでいる少女を、徹底的に外から映しつつ、”哀しい”という正解を読者が導けるように表現を選択するのね」


「じゃあ、”哀しい”と書くのは……」


「一人称だったらともかく、三人称のト書きで”哀しい”と出来るのは神=作者の視点しかないわね」


「まあこんな感じ。正解を読者に直接伝えたくないから、いろいろな方法を使うの」



・間接表現

・情報を正しくしていく順番のルール

・情報のインパクトを与えるための改行や直接表現

・情報のメリハリをつけるための間接表現と直接表現

・情報を複数重ねるための言い換えや暗喩



「そして読者としては、こういう文章は、次のようなプロセスを経て理解することになるわよね」



・文章を読む

・文章で書かれている光景を想像する

・想像した光景から、捉えるべきものを理解する



「ダイレクト感、薄いというか、遠いですね……」


「そうね。だから作者が直接正解を教える文章になれた人は、こっちの文章が読めないの。

 内容を理解するために、その光景を想像しないといけないから」


「ええと、ちょっと繰り返しになりますが、前にも出した”叙情派・写実派”の両派、その文章の理解プロセスを比較してみましょうか」



■叙情派

・文章を読む

・文章で書かれている正解から、与えられた情報を理解する


■写実派

・文章を読む

・文章で書かれている光景を想像する

・想像した光景から、捉えるべきものを理解する



「解る? 

・叙情派の文章は”2工程で理解”出来る

・写実派の文章は”3工程で理解”出来る

 このことから、一つ、定理が見えるわよね?」


「ええと、どういう定理です?」


「簡単な、当然のことよ。これらの定理から”工程数”を外して考えると、大事なことが解るわ。


・文章は、理解させることで読者に通じる

・文章は、理解させなければ読者に通じない


 ――こういうことよね。

 至極、当たり前のことだわ。でも文章ってのは、この定理を知った上で、後は自分の文体の”理解のための工程数”として正しい表現、言葉を選択出来てるかどうかでしかないの。

 ついでにいうと担当さんがよく言う”文章にメリハリを”も、大体は”この文章内の理解工程数を調整して、どこが大事か考えてね”よね」


「アー……。指示の定量化が出来てない担当さん相手だと苦労するというアレ」


「理解工程数においては定量化が出来る訳だから、そこらへんの話が出来ると良いわよね。

 しかしまあ、叙情派の”2工程で理解”って強いわー」


「直接的な文章は、読んだら光景も内容も理解ですからね……」


「そう、だから”3工程で理解”する、うちの文章を読んだ人の幾らかは、2工程までしか行けず、こう思うはず。

 ”アレ? 何かこの文章、光景ばかりで中身が無い”

 ってね。

 でもね? 書いてあることの中身は、アンタが今見た光景から、アンタが想像するのよ。こっちの手を借りずにね」


「なお、ちょっと後者の文章では遊んでるわ。

 音として、雨が降る、ということから”あ・る”という音を多用しているの。どっちも清音だから、雨でも汚いイメージは無いし、涙の暗喩にもいいわよね」


「アー、だから”る”終わりが多いな……、って思ってたんですよ!」


「音にすると一定のテンポが生まれて”面白い”わよね。でも、目で文章読んでる人は、こういうのを”る が並んでいるのに気付かない汚い文章”って言うのよ」


「まあ、読み方は人それぞれですね……」

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