星祭りの夜
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彼は気付いていない。
いやホント、困っちゃうくらい気付いてないというか、ホントに気付いてなくて困る。もうサスペンスドラマで、刑事達が待ち構えてるのにやらかす中盤容疑者というか、この前の”非常勤ラッパー”の犯人は酷かったですねえ……。
まあいいです。
ともあれホント、彼は何にも気付いてない。
だから私は今日も学校から帰ったら、着替えて家の手伝いをして、本堂の階段で彼を待つ。
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うち、神社なのですよ。ちょっと山から町を見下ろせる場所。境内はあまり広くないんですが、昔はここが山裏にある城の裏口の脇だった? 何かビミョーな謂われですが、御近所には脇とか裏とかそういうのがついた名字が多いので、そういうことらしい。
神社としては本庁付きじゃなくて単立。
元は神仏習合の際、仏教系の神様を神道の神様として奉っていたらしく、不動明王のナンタラとかいうのがちょっと残ってます。でもそれが明治のとき、マーあれですよ、私の六代くらい前の先祖が近くの街道を通過する官軍に下の広場を貸したら感化されてアレ。見事に神仏分ける方に行って、でもだからこそ単立でやっていこう、みたいな? 何がだからこそなのか解らないんですが、マー私の方もだからこそ今があるからいいですかね、的な。
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何故か恋愛系の神社と謂うことになっている、らしい。というのも、うちの奉っているのは武家系というか、どっちかっていうとフィジカル系の神様なんですよね。
だけど裏の城がいけません。これがマーぶっちゃけ攻め落とされて思い切り自爆でやらかしたとの話があって、三年前にえらい学校の先生達が来て、
「何も爆発した跡とかないよ?」
ってことで、完全捏造だと解って市長がセクハラで辞職した、みたいな。いやー、だって調べてみたら信長が銃バンバン撃つより先に爆発してるんですもん。こんな田舎で。ないない。
でも捏造とセクハラは無関係な気もしますが、ここらへん、誰か上手く落として欲しい。
で、なんでしたっけ。アー、アレですアレです。
何で恋愛系の神社って。
私、生まれたときから、うちが恋愛系だと思ってたんですが、いや、生まれたときからは言い過ぎですね、すみません。生後、もっとも明確な記憶は手水台に上ってガッツポーズとったら母に叱られてそのまま台の水に落ちたアレです。何か笑ってたらしいですがつまり私多分大物だったと思うんですよね。十五年程前ですが。ええ。そこから器が縮小傾向で。
で、すみません。アレです。
恋愛系。
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奉ってるメインの神様がフィジカル系なのは、当然、裏の城のアレですよ。
そしたらマー決戦前に城に立てこもる若者と、下の村に住む娘のチュッチュチュッチュがある訳ですよ。この境内で。
オラっ、何処までやったのか未来のお姉さんに話してみなさい。え? 何、キス? それとももっと抱きしめてチュバーとか、ほら、言うてみい、ほうれ……。
すみません。現場をある意味前にしてるので、ちょっと妄想凄い。一応、境内には、父が土俵のように俵で輪を組んだ場所があって、
《研究者の見立てでは、ここで若者と娘が逢い引きしていたと思われる》
って研究者誰ですか一体。父本人な気が。
ついでにいうとそれが本当だとしたら過去の二人には超すみませんというか。そんな、まさか決戦前にヘビーな思いでチュッチュチュッチュしていたら未来においてさらされた挙げ句に逢い引き場所を範囲指定とか、もはやプライバシーとか無いですよね。
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ですけどこのチュッチュチュッチュのおかげで、戦後からうちの神社は有名になっていって、地元からちょっと行ったハブ駅だと、うちのコレをネタにした御土産とか売ってる訳ですよ。前に父が、件の俵を境内に埋める工事を進めながらこう言いました。
「いいか、お前も高校に入るわけだから、うちはこうやって学費を稼がないとな!」
ア――! 私の高校生活って過去の二人のチュッチュチュッチュに支えられてる!
多分、大学とか今後も!
こんな人生なかなか無いですね! 恐らく世界に一人! 当たり前です!
父は慧眼でしたが、私どうですかねー……。いやまあ頑張ります私。一生チュッチュチュッチュ言いながら生きていきます。すみません。MURIです。ネズミじゃないんだから。
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でまあ、うちはフィジカルと恋愛が同居してるために、近所や遠方からの参拝客が多い訳です。変な神社、って言われるのは昔からのことで、体育会系の人達と、明らかに”私、恋を食ってます!”みたいな雰囲気の女の人達がたくさん。
地元の運動系は、うちの前の階段が足腰の鍛錬に云々とか言って毎朝毎夕上ったり降りたりしているし、女子はキャアキャア言いながら絵馬とかめくって……、いや、他人のですよソレ。一応注意はします。でもたまに”見ろや!”って感じで表になってるの、アレ、凄いですよね。やる気ありますよね。この前ちょっと「アー、視界に入っちゃいましたあ」って見たら、
《タカシ、絶対見つけるからね》
って書いてあって全国のタカシさあ――ん!? 逃げて下さあ――い!
いやうち恋愛系なんですけど。
いやこれどっちかって言うとフィジカルですかね。
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そんなこんなで、祖母が始めたことがあります。それはもう、祖母はバブル絶頂世代って、私何のことかよく知らないんですけど、マーあれです、お金がたくさんあって、皆が恋愛とかに熱心だった時代ですよ。
そこで祖母が「これは儲かる!」って言って、あ、いや、すみません、言ったかどうか定かじゃないです。でも言ったんじゃないかな、あの祖母の人は。私には優しかったけど、息子であった父には甘くて、母にはもっと激甘でしたが、あ、まだ生きてます。心配しました!? 残念、じゃない、良かった! でもないですね、ええと、何だ、気にしない! うちから見える富士山綺麗だし、そういう感じで!
それでマー、祖母が当時ちょっとハマってたスピリチュアル系? そんな流れで、勝手に”神社タロット”とか作った訳ですよ。
単立神社でホント良かった。本庁つきだと確実に叱られますよね。あ、でも、神道アバウトだからいいのかな。
でマーこれが売れた売れた。売れてる。売れてing。何言ってるんですかね私。ともあれ今でも主力商品というか、一応は御祓いして売りに出してるから意味はあるんですかね……。
確か昨春のリニューアルでバージョン7。キャラの絵がすっごく睫毛と顎が長くなってフィジカル神社にはちょっと見えない。通販やらないのが商売の秘訣らしいですけど、マーそんなもんでしょうね。
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昔から触れているので、いつの間にかその神社タロットでの占いが出来るようになっていた訳ですよ。
小学校の頃、何となく友人達とネタで始めて見て、中学校では何か入学と同時に御嬢達に”神主”とか言われて実技を披露することになって、ここでえらく技が磨かれました。
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皆、都合のいいことと、逃げ場になることを言って欲しいんだなあ、と。
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ただ、本職巫女、って訳じゃないですけど、恋愛神社の一人娘。フィジカルもありとなると、中学高校と、地元通いでは一切イジメとか無かったし、周囲でも無かったですねー……。先生に言わせると「貴女がいるクラスは、争いすると祟りが生じるって噂があって」と三者面談でやられまして、父が「ええ、勿論です」と訳の解らない返しをやらかしたのが高校受験の夏休み前ですよ。あれ以来自分の中で「勿論」は危険な言葉だと勿論確定しました。
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そして彼は気付いていない。
フィジカル系と言えばフィジカル系。でも実際、山岳部は文化系に入ることが多いんですってね。知ってました?
うちの方は、裏の城跡を通っていくと、結構有名な山渓の入り口のちょっと外れに出る訳です。だから彼はうちの神社の横の家で、マー中学時代は卓球やって飛び跳ねてたかと思えば高校はいきなり山岳部で、
「夜に見る星がいいんだよ!」
ってマジ登山じゃないですか貴方。登山の計画書? それの提出場所はでもうちの方じゃなくて山渓入り口の逆側なんですが、何でうちに預けていくんですかね……。
なもんで、中学校では卓球部で毎朝毎夕来ていたボウズ頭が、高校になったらうちを入り口として城跡一周して軽く縦走みたいなのを始めた訳でして。
ボウズ頭がシャギー系のマッシュになってますけど、コレ絶対に「感覚でやってみた」ですよね、と、そのくらいは解ります。
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「おーい」
と呼ばれたので、仕方なく掃除中の拝殿から表に出てみます。
うちの拝殿は横手口が”人”の入り口なんですが、表口はマーそこから出入りしなければ自由と言うことで、とりあえず体裁を考えて掃除しながら戸を開けて行きます。
すると賽銭箱の向こうに彼がいて、私はいつも通りに、
「何です、一体」
「いや、回ってる間に日が暮れるから、万が一考えて挨拶。一応、上で一年や二年とは合流するんだけど」
ヘッドライトを肩に提げているあたり、何処まで本気なんですかねこの人。ともあれ私は下に降りて、ああ、足袋は本番用なので靴下ですが、まあ掃き掃除はしてる石畳に御到着。
彼の方がちょっと背が高い。中学校ではまだまだ私が上だったんですけど、卓球やって飛び跳ねてたら伸びたとか、そんな話。
一応、このところで詳しくならざるを得なくなった山岳関係の装備。マー軽い縦走ですから大したもんじゃないですが、チェックはしておきます。それで、
「ハイ。行ってらっしゃい。飲むもの持ってます? 無いならそっちの自販機で」
「行って来いって言ってからチェックするなよ……!? あと、何? 自販機って」
「いや、この前、何も言わなかったら手水台の水をペットに入れてったじゃないですか。最低」
「いや、あれ、手洗うためのものだって、知らなくてさ」
「マー運動系が何も知らずにガツガツ飲んでるの見ると、可哀想過ぎて真実言えなくなりますけどね……」
皆、飲んでませんよね!? 口とか、洗うだけですからね!? 落ちるとかもってのほか! 私のことですけど。イエー、私、見てますぅ――!?
哀しくなりました。
ただ、今日もとりあえずチェックはオッケー。
「はい、どうぞどうぞ」
「あー」
「何です?」
「今年の星祭りの日程は?」
「八月二十六? 父に聞いておきましょうか?」
「あ、いや、何でも無い」
「聞いておいてその言いぐさ……」
「いや、まあ、近いときに」
何が何だか。ですけどまあ、近くで話が来るならいいですかね、とも。
●
御嬢が来た。
御嬢と言っても多量にいますけど、一般的にうちの学校で女子の御嬢って言ったらこの人。
背が高くてスタイル良くて、品がよくて、周囲の羨望を馬鹿みたいに集めるのに、見ていると「それもしょうがないかな」とあきらめを感じるような凄い存在。
話によると、うちの御先祖が神社をノリノリで単立として出発してた頃、”汽車で来た”という華族っていうんですか? マーそんな感じの家系の人で。ソレが何でこんな地方の、あまり進学率よくない高校にいるんですかね、って思ったら、
「理事長の家系なんですね……」
アー、地方の原住民に教育を施す的なアレ! そうですね! だからうちの高校、家庭科とか倫理が充実してて、ちょっとキリシタンみたいなアレあるんですよね。
よく考えたら文明のある土地の方からも、制服とか学校自体に憧れて来る女子いるんでした。いや、ランクちょっと高いくらいのアレなんですが、って、私、神道家系なんで、キリシタン授業のある校風に無意識の反感持ってますかね……。
マーでもそんな人がうちのクラスにやってきたというか、間接的に来たというか、ありまして。
つまりその御友人の方の妹の御友人の方の御嬢の御友人が私の知らない隣のクラスの人で、その人が私を訪ねてきて、ちょっと占ってみませんかウフフと、そうなった訳です。
というか末端構成員まで話が行ってる筈もなく、私は昼休みを全部潰して一階や三階、他棟までうろうろされて、最後に何があったかというと、
「夕方、そっちに友人が行くから宜しく」
「あー、ハイ、占いですか」
という感じで、さてと賽銭箱の横で待っていたら御嬢が来たわけですよ。
……え? 何で御嬢が?
と思っていたら、彼女が私の目の前に膝ついて頭下げたのでこっちが恐縮。
「ええと、どういう!? どういう!?」
「いえ、あの、ちょっと見て欲しいものがありまして」
大体は推測がつきますが、まさかこの人が、と、そう思う訳ですよ。
そんな感じで恐縮していたら、相手の懐から結構デカめのロザリオが外にこぼれまして、
「あ」
お互い、動きが止まったのは、アレです。
●
ここで宗教戦争開始ですか……!
●
来ましたよキリシタンによる神道への逆禁教令!
この異教徒め……!
●
違いました。
御嬢、慌ててそれを収めて、
「あの」
「え? あー、まあ、ええ、神道アバウトなので大丈夫です」
「でも裏の城、徳川の武将の……」
「あー、気にしないで下さい。うち、政治に縛られない神社だったらしくて、裏の城が攻め落とされたときも敵側武将に下の広場貸して”よく燃えますねえ”とか言ってたアナーキー神社らしいんですよね」
ちょっと笑われましたが、今のが通じるってことは話がしやすいってことでいいんでしょうか。
●
アー、まあ、そうですね。
好きな人がいるから、ここ来た訳ですね。
範囲指定、ちょっと入って見ます?
●
星祭りです。
そう、星祭り。
過去において、この神社の範囲指定の中でチュッチュチュッチュが行われた夜。星が満天であり、勝負は吉兆だとされて、でも現実は厳しかったわけですが、そんな二人を慰めるために、いつのまにかその日が星祭り。
昔はこの境内で行われていたそうですけど、今は下の広場で、
「でも盆踊りじゃないんですよね、うちの」
「ええ、話を聞いて、だからちょっと、事前に伺いたいとも……」
オーウ、用意がいい御方。でも本気で、うちの星祭りは盆踊り系のアレじゃないですよね……。いや、元々は盆踊り系のあれだったらしいんですが、神道なんでそもそも正式な盆踊りではなく、感覚でやってた? みたいな? で、戦後に開催しようとしたら、ほら、うちは戦勝祈願のフィジカル系が表じゃないですか。だからGHQって言うんですか? アレの御達しで、その祭りはやめろと。
でも挫けないうちの御先祖というかさっき話のネタにした祖母が、
「いや、これはダンスパーティですよ! イッツパーリナイ!」
って言いまして、当時は何だかよく解らず盆踊りだと思って参加した派と、南の方にあった米軍の基地から来た人達と、町のモダンな人達がカオスな”盆ダンス系の何か”をやったとか。
今は盆踊りは盆の時期、ということで地元の仏閣が下の広場を借りてやってまして、こっち、星祭りはどっちかというと洋風。
祖母は何やらこのとき初めて洋風の格好したらしくて、今でも下駄箱に当時のヒールとか奉ってあったりするわけです。ついでに言うと、
「お爺さんも、そのとき仕留めてねえ」
って話なので、明らかに恋愛フィジカル。
でも今の星祭り、盆踊りの設営がそのまま生きているので、櫓の上でDJが皿を回す展開になっていて、
……あれ? うち、正々堂々と変な神社な気が……。
「どうしたのです?」
「あ、いえ、うちみたいなのがある土地は大変ですよね、って……」
今更気付いてきましたが、客観になるための交流というのは大切だと思いました。
●
まず御嬢が気がかりにしているのは、こういうことでした。
「あー……、確かに御嬢というか、御嬢の家系は、キリシタンの首魁みたいなところがあるので、うちの祭りに参加していいのかどうかというのがありますよね……」
「父が厳しめでして。そういう匂いのある場所には布教するのでなくては行くなと、大航海時代のようなことを言うものですから……」
「うーん、星祭りはまあ、神道とか仏道の色が抜けてるんで、大丈夫ですよ? 大体私なんか、下で仏道系の祭りをやっていてもフツーに行きますし、授業でキリシタンのアレとかやってても”体験って大事ですよね!”って参加しますし」
優しく微笑されましたが、多分、根本的に違う生物だと理解された気がします。
……異教って面倒ですよね……。
しみじみ思いますけど、とりあえず、
「星祭りは地元の奇祭に見えますけど、あれ、単に今は捏造くさい歴史ネタにかこつけたダンスパーティですよ。地元を盛り上げるためのイベント、と言えば、御父上も許可を下さるんじゃないでしょうか」
●
そして御嬢が他に気がかりにしているとしたら、やはりアレですよね。
占い。
「素早くやりましょう」
拝殿の中から座布団を出して、賽銭箱の裏に。そこが御嬢への指定席。
私は、何気なく外を見る振りをしながら、懐から出したカードに手を合わせる。
「あの、御相手の特徴、教えて貰えますか? その方が”通ります”ので」
「じゃあ、ええと」
「はい」
「私より背が低い人で」
御嬢より背の高い人って、なかなかいないんじゃないかな、とは思う。彼も全然足りないだろう。だけど今はそういう感想無しで、
「はい」
「高い位置に行く人で」
あー、タロットだと危険ワード。タワーとかハング系の”高い位置”は厳しい内容多いんですね……。
そして、
「うぬぼれかもしれませんが、私のことを好いていると思います」
「お、おおう……」
「自意識過剰ですよね」
「あ、いえ、御嬢がそう思うなら、当たりじゃないですかね……」
「占い、不必要でしょうか」
「あ、いえ、それは違います」
ここは明確に違う。
「占いは”知る”ことで、また、”納得”することでもあります。不安があるからこんな神社に来たんですよね? 神社は祓う場所。あるがままの納得で帰りましょう」
「そうなのですか?」
「これも御祓いの一つ。――そういう言い訳で祖母が始めたんですよ」
●
カードを見ていきます。山札は三つです。
「じゃあ、三回、好きな山を指定して下さい」
まず御嬢が示したのは左の山。
安土城崩壊といういきなりエキサイティングなのが、逆で出ました。
これはまあ、権力や積み重ねた仕事の崩壊ですけど、逆なので逆位。寧ろ上手く行く可能性があると言うことですが、
……相手の事を占ってるんですよね。
「その人のされていることは、上手くいくみたいですね」
「それは――」
「恋愛じゃないですけど、運気がいいってことです」
わあ、という雰囲気が御嬢から来た。
……あ、いい人ですね。
自分の想い人が上手く行くことを喜べる。いい人じゃないですか。こっちも本気になるってもんです。だから、
「次は――」
恋人達だ。若者と、娘。この境内を背景にしたカードが出た。これは強い。だけど、
「逆ですね」
御嬢が言った。
●
マズイです、と素直に思った。
恋愛相談で、一番危険なのが、コレです。タロットの中にある”恋人”のカードが逆で出ると本気でマズい。ですけど、
「大丈夫です。これは、基本形だと思って下さい」
「基本形?」
「ええ。貴女と想い人の関係は、基本、こうです。ですけど占いで全てが固定化されるわけではありません。他のカードは、貴女の望みを叶える道を示していると、そう考えられるからです」
「……解釈ですね?」
「そうです。ここでキツいのが出ても、他カードは”ソレを叶えるためのフォロー”である、と、そう考えてカードを指定して下さい。――そのくらいの余裕は持っていきましょうよ」
じゃあ、と御嬢が、息をついて一番右の山を示した。
はい、と私は素早くそれをめくる。出たのは、
「星祭り。――正位です」
●
昔、この正位というのを、格好つけた言い回しにしようとして、
「正常位です」
っていうのを三ヶ月くらいやらかしてたことがありましたね……。
逆位の格好良い言い方を探していて、
「後背位……!」
って言葉を知って三日くらい占いストップして夜は布団の中で呻いていましたがエロいことしてた訳じゃないです。若さ故の過ち。そういうことです。
まあうちは変な神社ですしい――。
でもこっちが「正常位です」って言ったとき、
「えっ」
って言った人達、全員憶えてますからね!
●
星祭りは正位でした。だとすればこういうことです。
「できれば彼の仕事? やっていることを応援して、星祭りで仲良くなると言うのが、良いんじゃないでしょうか」
「やはり星祭りですね」
ええ、と頷いたときでした。彼女がいきなりこちらに土下座ムーブをしたというか、
……ええ?
何事かと思っていると、下の階段からアレが来ました。
彼です。
彼はいつものジャージに山岳軽装のアレで、
「アレ? 何か話し声しなかった?」
●
彼はホントに気付いていない。
ただ私は、御嬢の土下座の意味を知りました。
……知られたくないですよねー……。
私のところに女子が来る場合、それも、初対面の人が来る場合、大体は、”決まっている”んですから。
自意識過剰を自覚する御嬢なら、確実に身を隠す案件です。だから私は、土下座姿勢で賽銭箱の陰に隠れた彼女に、手で”静かに”と合図して、
「ハイハイ、気のせいでしょう。私が占いの練習していたから、それでは?」
「何? 虚空相手に独り言すんの?」
「まあそういうときもあります」
今回は御嬢が来るのが解っていたので、サンダル用意。前に立ってみると、これでもまだ彼の方が背が高い。随分と無駄に大きく……、あ、いや、無駄とか言ったらいけません。彼の方でも望んで背が高くなった訳ではないんですから……、って、コレ、無駄じゃないですかね……。どうなんです?
ともあれ無駄の多い人のチェックを終え、送り出して、
「ホント、気付いていない」
つぶやき、賽銭箱の方を振り返ると、御嬢が陰から顔を出してていた。まるで銃弾が来るのを気にしているかのような、そんな彼女に、
「大丈夫ですよ。気付くような人じゃないですから」
●
その夜、私は自室の机の前で一息を吐きました。
「成程」
実は御嬢と話しているとき、一つ、引っかけました。
最初、星祭りの話を出したのは、私の方なんですよね。
多分、”そういうこと”なんだろう、と。
この時期、女子の方で恋愛云々となると、大体は星祭りが関係しますし、してなかったら誘導しても文句はないんです。
でも御嬢は、多分焦っていたのでしょう。私の話に、まるでそのことを話していたかのように乗って来ました。だから、
「これですね」
机に置いた三つの山札の右端をめくる。するとそこにあるのは、
「星祭り・正位です」
”積み込み”です。山札が三つあって、左右どちらかの逆にあれば、ほぼ確実にめくられます。もしもめくられなかったら、私が「巫女の特権で貴女を補助しましょう」とめくってあげればそれでいい。
まあよくやる手ですが、しかし途中で恋人の逆位を引くとは予想外。
御嬢だったら、でも上手くやるかな、どうかな、頑張って下さいね、とは思う。
●
翌日、彼が来た。いや、毎日毎日、練習? そのために夕方に来るわけで、私も家業の手伝い終えたあたりなもので、毎度対応するわけで。
マーよく続くものです。時には天体望遠鏡まで担いでいくんですから。
「お前、天体観測してみる?」
「いや、山の上は、ちょっと」
そんな遣り取りも何度かやったことがあるくらい。
そんな彼が今日はちょっと早く来まして、
「あのさあ」
「何です?」
「ちょっと見て貰える?」
はあ、と彼の周囲を一周して装備を確認しますが、素人に解るもんなんですかね……。すると、
「いや、そうじゃなくて、占い」
●
彼はホント、何も気付いていない。
ちょっと、ちょっとこっち来なさい。賽銭箱の裏。座布団面倒なんで、素で。
ハイあとこういうのは秘密でやるからいいのであってつまり頭下げるんです。ハイ、土下座に見える? アーそうかもですね。
「で、どういう相手なんです?」
「言わなきゃ駄目なのかよ?」
「馬鹿ですか。本名とか聞いたら私に守秘義務キツイのくるので特徴、特徴ですよ」
あー、と彼が言った。
「俺より背が高い人」
「いきなり私が除外されましたね」
「いや、お前、含んで欲しかったの?」
「自意識過剰」
「どういうことだよ」
「恋愛対象として含んで欲しくはないですけど、そういうことがありうる存在として除外というのは失敬だと、そういうことです」
「ええと、どういうこと?」
「女のプライド一本勝負です」
「どういうこと」
「今まで言ったこと全部忘れて頭下げなさい。貴方は今ミジンコです」
「はい」
「はいとりあえずそれでいいです。人に戻りました」
よくないですけど話進まないのでそうしておく。
●
彼はホント、何も気付いていない。
しかし彼より背が高いって、うちの学校だとソッコで絞られるような。
学校以外だと、私の観測範囲ではほぼ全滅。何ですかほぼ全滅って、80パーセント全滅、みたいな。ああ、駅の南口の駄菓子屋にいる”北斗のババア”が凄い背が高かったでしたっけ。でもあの人を対象としてるなら凄くマニアックな気が。
「もうちょっと情報」
「え? まだ?」
「いや、特定する気は無いですけど、背が高いだけだと”北斗のババア”も検索で引っかかる勢いなので」
「あー、そっか」
「ハイ、どうぞ」
「んー、じゃあ、今頃、仕事終えてる筈?」
仕事?
「バイト?」
「そうなのかな? アレ」
彼より背が高くて、今頃バイト終えてる……、というか、学校終えてソッコでバイトに入っても、よくて三時間ほど。となると私みたいに地元、そして彼より背が高いとなると、
「”北斗のババア”の駄菓子屋が早めの閉店だからまだ検索引っかかりますけど?」
「”北斗のババア”検索強いな!!」
「ハイ他の情報」
「んー」
ウワー、何か恋愛相談で迷ってる男子ってキモい……。いや、今まで何度か対応したことありますけど、知ってる相手だと違和感が凄いと言いますかね……。
「じゃあ、ディスじゃないと思って聞いて欲しいんだけど、――プライドが高い」
●
あ――――――――――――――。
●
お前もですか! というのが何となくの感想。
だって、今まで対応してきた人達も、大概が御嬢のアレだったもので。
アーアーハイハイ。
「流石に”北斗のババア”じゃないですね」
「ババア普通に金持ってる大人相手だと態度変えるからな」
「何で知ってるんです」
「いや、登山の時に高カロリー食品を探してると、答えが駄菓子に行き着くときもあって」
遠足ですかよ。
まあいいです。何かもう、答えが確実に手の中にあるようで。
オイー、貴方、そこは昨日、彼女がいたところなんですけどねえ。
「じゃあ山札三つありますから、好きなの三枚指定して下さい」
●
一枚目は左端の山札で天照大神が出た。
「うーん……」
「え? 何か考えるようなカードなの?」
「いや、これ、ぶっちゃけタロットの太陽のパクリなんですけど、基本的に正位だとパワー強いよとかそういう係数的なもので、意味が無いというか」
「何かぶっちゃけすぎだろ!?」
「じゃあ次、どれ引くか教えて下さいって」
●
二枚目は中央の山札で月読が逆位で出た。
「んんんん」
「いや、何かさっきから不安にさせるけど、どういうこと」
「いや、これもまあ、基本、タロットの月のパクリなんですけど、基本的に逆位だとパワーがそこそこ上乗せだよとかそういう係数的なもので、意味が無いというか」
「だからぶっちゃけすぎてない?」
「いや、そこら辺は祖母に言って欲しいというか」
とりあえず、あー、と私は一番右の山札を示して言う。
「じゃあ次、どれ引くか教えて下さいって」
●
彼はホント、何も気付いていない。
三枚目で、星祭りが出た。それも正位で。
「あ……」
「あ!」
恋愛相談としては当たり、そう思います。パワーアップ系が二度出て星祭り。つまり星祭りで仕掛けろと、そういうことです。だけど私は、この結果に声がちょっと出なくて、代わりに彼が、
「凄いな!」
「え?」
「つまり御嬢を、星祭りで誘えばいいんだろ?」
御嬢って言ってる言ってる。
ウワー。
本当なんですねえ――。
●
「おお、有り難うな! 当たるかどうか解らないけど、ポジティブになれた!」
「アーハイハイ。そいつは良かったです。これから山?」
「あ、うん、そうそう。あ、だけど、明日からはちょっとこっち来ない」
「は?」
「俺ら引退ってわけじゃないけど、ここからは二年主導にしていくか、ってのがあってさ。二年の元気いいのが、裏の城の”向こう口”? そっちが家近くて、学校帰りに寄れるだろうってんで、そっちから入るから」
「アー、じゃあお元気で」
「いや別にこっちには来るときは来るし」
ハイハイ、と頷きながら、彼を見送っておく。
●
ハー、と吐息する。
日はまだ沈んでませんけど、もう七時近い。
懐からスマホを出して、昨夜仕込んだ番号に言葉を送る。
『御嬢、今、忙しいですか?』
ややあってから返答が来た。
『あ、神主さん? いえ、さっき仕事終わったところです』
『仕事?』
『母方の実家が書店でして。もう歳なので、忙しい時間帯は訪問を兼ねて手伝いを』
『アー、北斗の横のアレですね』
『北斗?』
『あいやすみません、身内のコードネームです。迂遠表現というか、和歌で陽炎を昇り立つものというとかそういう』
『何だかよく解らないですけど、何です?』
アー、しまった。ちょっと反射的に確認したいだけでした。今、仕事を終えてるのかどうか。
つまり彼が言うとおりの条件なのかどうか。でもまあ、それは流石に言えませんで、
『えーと、星祭りですけど、日程、八月二十六日だと思います』
『そうなんですか! ケア、どうも有り難う御座います!』
礼を言われて、ケア、って一瞬言葉が浮かばず、奇声かと思ったことを白状します。
●
彼はホント、何も気付いていない。
当たりですね、というのが私の感想。
「――――」
置いてあるままの山札を見る。
「何で、誘導に従って右端のを指示しないんですかねー……」
最後の星祭りは、二枚目の月の下から出たものです。
「いや、ホント」
右端をめくる。
恋人のカードがあります。逆位で。
●
彼はホント、何も気付いていない。
●
占いは廃業しようかな、と、そう思いました。
座り込んで、ハー、と息をついたら涙出てきて、そういうものかと思って、うつむいた顔を、膝を軽く抱える腕の中に収めて、
「――――」
恋愛の神社で、巫女が自分の恋愛でフィジカル食らうって、どういうこと。
●
ただまあ、気付いたことがあります。
カードを片付けるとき、賽銭箱の陰に膝をついて、ふと気付いたわけです。
「あれ? 御嬢の相手って……」
背が低い。
高いところが好き。あ、いや、好きとかそういう言い方じゃなかったでしたっけか。
それでもって、御嬢のことが好き。
●
「あ」
●
該当者と、さっきここで話していた気が。
「ウワア――!」
自分がフィジカル負けしたことスっ飛ばして、気付いた。
「両思いやんけ……!」
何でインチキ関西弁出てるのか知りませんが、マーそういうノリってことで。
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うわあ参りましたね、と、そう思いながら、双方向なら仕方ないですか、とも思って自分を慰める。広義の自慰。違う。そうじゃないです。
いや、片思いと両思いのパワー差を説明せよとか、そういう。
だからまあ、自分をちょっと納得させるため、星祭りの準備を進めながら、二人に別個で連絡とって、日程の詳細や、どんな催しが行われるとか、流されるセトリが出たら報告していく。そう、私は愛のキューピッド。天使。神道ですけど。矢で射るのって天若日子でしたっけか?
●
検索したら天若日子、逆でした。邪心があるなら当たれみたいな矢に貫かれて死んでましたね……。縁起でもない。矢を放ったというか、放った方は高御産巣日神でこれは読みにくくて強そうな……。
ともあれ、やることがあると意識は別の方向に向きますし、二人が星祭りに向けてテンションを上げていくと、こっちもちょっとテンション上がります。私は現場だと運営側で見ているだけですけど、だからこそ安心出来るわけでして。
●
いきなり不吉が来たのは、星祭りの一週間前でした。うちの裏手側、城跡の方から境内に入ってきた人影があった訳です。
彼かと思えば違いました。山岳装備? アレを身につけてますが、彼じゃない。背も私より低くて、
「すみません」
明らかに後輩の男の子。彼は私の前に立ってこう言いました。
「――僕と、ある先輩の相性を見て貰えますか」
●
聞いてみました。
「その先輩は、本に関係してます?」
問うと、ややあってから頷かれた。
ああ、と私は思いました。彼にライバル出現なんですね、と。というか、
……まさか御嬢、こっちが本命だったりしませんよね……?
何か、変な焦りが出ました。占いはもう一ヶ月近く封じていましたけど、やるべきかどうかも含めて、ちょっと迷ったとき、少年がこう言いました。
「合宿から帰ってきた翌日が星祭りなので、そこで告白しようかと」
オーイ、私、合宿とか初耳なんですけど? イラっと来たのは確かなので占いをすることにしましたが、これは私の狭量スキルが発動したせいではないと思いたいです。
●
でも、どうしたもんでしょう。
私の占いが運命というか何かにどれだけ影響を与えるものか。いや、無いでしょう。だけど本人達にとって意味があるならば、
「彼はホント、何も気付いていない……」
「え?」
「いや、何でも無いです。呪文みたいなもので」
いやいや、ホントに、後輩に一人、条件合致がいるなんて、気付いてないでしょう……。
●
もしも、ここで私が、この少年を”推した”ならば。
そして私の占いが何かの影響となるならば。
彼と御嬢を引きはがすことが出来るでしょうか。
●
「じゃあ、始めましょうか。――山札、どれでもいいし、同じでもいいので、三枚選んで下さい」
●
そして一週間後に、当たり前のこととして、星祭りが開催されました。
マー見事に夜空は晴れて星満天。確か、例の言い伝えにある”月のない夜”ってことで、今年はとりあえず雨じゃなくて良かったですね、と。
私は、何かテンション上げて境内までやってきた彼を、眇で値踏みして、
「んー、……まあ、装備類オッケオッケ、髪も固めてる? で、まだ相手は来てませんけど、やりゃあ勝てるから、そのくらいで頑張って」
「結局頑張らないと駄目かよ……!?」
いいから、と送り出す。そのとき、彼の方から、
「あ、これ」
「何です?」
という疑問に返されたのは、キーホルダー。どこぞの高原の、星を象った鉄のアレ。
「合宿行っててさ。それ、土産」
「あー、うん。どうも、です」
忘れられてはなかったのだと、そこに変な安堵を得るけど、これはそれ以上にしてはいけないタイプの感情。落ち着いて、背を叩いて、下でDJのマイクがハウリング起こして調整する音を聞きながら、
「ほら、行ってきなさい。ちゃんと踊るんですよ? 向こう、ヒール履いていつもより背が高いのは確実ですから」
●
結果を言うと、惨敗でした。
いや、彼が。
●
「やられたなあ――」
と、片づけも終わって、手伝ってくれた人々に御礼を言ってまた明日からのいろいろを父が挨拶して、何だか祭りの熱気だけ残ってる境内。
そこで私は、泣いてしまっていました。
そしてこっちを見下ろし気味の彼が、
「おいおいおい、泣きたいのはこっちだって」
「いや、だって」
情けないほどの泣き顔をさらしながら、私は言う。
「試合すらさせて貰えないとか、どういうレベルで相手されてなかったの」
「お前、かなりハッキリ言うな!」
だってそーじゃないですかねー……。
いや、祭りが始まってですね? 二、三曲目くらいときに、参道の方から御嬢が入ってきた訳ですよ。上、階段のてっぺんに座ってちょっと愚痴っていた私にも、下の広場や何やらは見えていた訳でして。
それでまあ、彼女が来たので、何か屋台を前にうろうろしてる彼に、
「ハイ、スタート!」
と聞こえないかけ声を送ったとき、気付いた訳です。
御嬢の隣に少年がいて、その手をとっている、と。
ヒールは流石に慣れた足取りで、でも、エスコートはあって然るべきで。
結局、御嬢は、相手を変えることなく、祭りが終わった後、取り巻きになる人達も一緒だけど、確かにあの少年、つまり後輩のあの子と帰っていったと、そんな感じで……。
●
ああもう、何でしょう。残念というか、悔しいというか。御嬢が悪い訳じゃなくて、少年が悪い訳じゃなくて、実は空回りしていた私と彼が悪いというか、そういうことでもなくて。
「何もかも、上手く行ってなかったとか……」
哀しいじゃないですか。
●
「ごめんなさい」
占いとか、神社とか、巫女とか。そういうの、私の個性であるのは確かで、他との差であることは、私も他も、認めていて。
でもそれが、
「貴方の役になってなかったですね」
相談されて、嬉しかったけど、今更、この状況で解ります。
貴方には不安があって、それを私に祓って欲しかったのだと。
私はそれが出来たかどうか解らない。だって貴方に相談されて上ずっていたから。
ただ、
「泣くなよ」
●
言われて、巫女服の袖で目尻を拭うと、ちょっとメイクが溶けて正気に戻りますね。ええ、夏の夕方は危険すぎます。固めたつもりだったんですけどね……。
だけど彼が言いました。
「スゲー気を遣ってくれたの、解ってるから」
「え?」
「だって、ほら、いろいろ準備とか教えてくれてさ。それに――」
それに。
「占いのカード、積み込んだろ?」
「――――」
彼が苦笑します。そして、
「あいつ、ほら、あの後輩から、相談されたんだよ。御嬢のことで、お前に占って貰ったら、さ。
――恋人の逆位と、星祭りの逆位と、天照大神の逆位が出た、って」
●
ウワー、としみじみ内心で縮まる思いというか。
いや、積み込んだら全部引く馬鹿……、いや馬鹿とか言っちゃいけません。そういう人もいるんですねえ、と、凄く感心した一件でした。
「いやまあ、あれは……」
「お前、やり過ぎ」
「はあ、まあ」
でも、言っておくことがあります。
「貴方の時は、それ、関係なかったですから。……貴方のときは素です」
「うん、だとしたら――」
彼が笑って言った。
「それで駄目だったら、ホント、駄目だったんだなあ、俺」
だけど、と彼が言いました。
「後輩のその話聞いたときにさ、何か覚悟したよ。星祭りは負け戦だな、って。
それに、お前に無茶苦苦茶気を遣わせてたんだなあ、って」
だから、
「何か、俺に出来ることある? 御礼みたいなことで」
●
彼はホント、何も気付いていない。
でも、気付くことは出来るんですね、と、何となく思いました。
だとしたら、
「――――」
ああ、と私は思いました。
皆、凄いな、と。
それぞれ、私を頼っているようで、ちゃんと自分の思いに正直に、動いていたじゃないですか。
私はただ、彼が気付いてないと愚痴っていただけ。でも彼は気付ける人なのだとしたら、
「そうですね」
私が、気付かせればいいんです。
だとすると、
「じゃあ、私の占いが、合っていたことにする、……その協力、出来ますか」
「御嬢相手じゃなくて?」
「ええ、天照大神と月読が味方になって、星祭りが支えてくれる、そういう見立てです」
「いや、でも、どうやって」
そうですね。
「貴方のことを好きな娘がいるから、今から連れてきますね?」
「え? あ、おい!」
●
気にしない。
急いで母屋に戻って、下駄箱を開ける。そこにある箱を抱えて、急ぎ、彼のところに戻ります。何か彼がちょっと引いた気がしますけど逃げてはないようなのでオーケイ。すると彼が、こちらに目をとめて、
「お前……」
今、私がどういう顔をしているか、私には解りません。ただ、多分、私のところに来た皆と、同じ表情をしている筈。
自分の思いに戸惑って、何か後押しを欲しがってる、そんな私。
不安が嬉しい。
だけど今は、そこから先に、
「連れてきました」
言う。箱を開ける。祖母のヒールがそこにある。
たどたどしく、焦ってこぼれそうな手の力でそれを地面に置いて、履き替えます。すると、
「貴方より、背が高い」
●
貴方はホント、何も気付いていない。
貴方が言ったのは、こういう条件でした。
「自分より背が高くて」
そして、
「仕事を今、終えている筈で」
そして、
「プライドの高い人」
●
貴方はホント、何も気付いていない。
「こうすれば、貴方より背が高くなるんですよ、私だって」
貴方はホント、何も気付いていない。
「いつも私の仕事が終わったときに、来てましたよね」
貴方はホント、何も気付いていない。
「ずっと黙ってた私が、――一番、プライド高いんですよ?」
貴方はホント、何も気付いていない。
「――これ」
貰った、星のキーホルダー。
「――私、言いましたよね? 私の積み込みじゃなく、貴方、素で引いたって」
気付いて。
「私、太陽とか月じゃないですけど、――星だって貴方の頭上で光ってるって」
●
正面。彼が息を吸いました。
「あのさ」
「何?」
ちょっと上ずり気分で問うと、彼が言いました。
「――お前のオヤジに感謝な。だって――」
彼の視線を見ると、地面、そこには俵で巻いた円があって、私達はその中にいて。
「お前がヒールとってくる間、俺がここに位置変えたの、気付かなかったろ?」
●
ああ!
ああもう、最後の最後で、私が気付かない。
ええ、恋をしてれば、足下なんて気付く筈がないです。
でも私は泣きました。笑って泣いて、彼と手を取って、
「あは」
笑って二人で、下手なダンスを星祭り。
二人だけの出遅れで、音楽も何も無いけれど、これが今年の星祭り。
嘘かもしれない言い伝えを、ただただ信じて、一緒に回る星祭り。
夜空に日はなく月もなく、ただ星だけがあって、これが私と彼の星祭り。
●
翌日から山に入るとき、うちを通って行くように戻したってのは、解りやす過ぎると思うんですよね……。
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