【再掲】素敵の距離÷2
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告白の木というのが、ありますよね。
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その木の下で好きな人に告白をすると、それが叶うという。
よく考えたら一方的な効果の呪い系アーティファクトだと思うけど、これがうちの町には三本もあります。
一本あれば充分でしょう。住人どんだけ発情してるんですか。否、発情してないから町全体でそうやって盛り上げようとしてるんでしょうか。明らかに余計な御世話ですが、ときたま何処かのテレビ局が取材に来たりしてちょっと盛り上がるから、町興しとしては有りなんじゃないかと思います。
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というか”告白の町”とか放送されてると死にたくなりますよね。もうインタビュアーが楽しそうに犠牲者とっ捕まえて人生全てがハッピーだろオマエみたいな質問してると、あの日あの時あの場所に行ってなくってホント良かったと思う。
一回食らった。
「アーソウデスネー。ワタシモイツカソンナキカイアルカナー、ナンテー」
ないです。見栄張りました。
死ね。
あ、済みません。本音が二文字でそれが全てで。人生シンプルに生きたいのです。
ザッツ告白の町。死にたくなりますね……!
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でまあ告白の町ですよ。
学校が”外”の子達は、やはりそっちでイジられるそうで。クラスの物好きが、
「エー! アンタあのコクり推しのトコ住んでんの! やっぱそういう土地な訳!?」
とか。
大体、”そういう土地”ってどういう土地ですか。
住民が皆、告白して結婚してるとか、ぶっちゃけ恐怖の町なんですけど。調査すると住民の脳に寄生虫か何かいる土地じゃないですかねそういうの……。
ただ何か、ディスられてる訳じゃなく、「いいねえ!」とか「カワイー!」とか言われるんですが、脳に寄生虫がそんなにいいんでしょうか。カワイイですか寄生虫。まあ寄生虫かどうか知りませんけど。
つまりここまで言ったこと大体忘れていいです。
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ただ、どうすれば正式に告白の効果があるのか、解っていません。
うちの学校で何となく定説になっているのは、
「告白の木、三本、全ての下で告白をすれば、思いが通じる」
というものです。
そんな無茶な……。三段ロケットか何かですか。何処まで高みに昇るんですか告白事業。
というか、三本も連れ回せる仲だったら、そもそも一本目から上手く行っている筈で。
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ちなみに一本は、うちの近くにあります。
私の住んでる家の裏手に、結構急な勾配があって、その上。
高低差四十メートルくらい?
神社というかそれなりの御堂があって、その横に一本、大きいとは言えないような、何か中途半端なのがあります。
告白の木ってので、小学校の時に、ええ、まあ、当時は”ないです”とか、本音が二文字じゃなかったので調べた訳ですよ。そしたら由来がありました!
「ナンタラの戦いの際、逃れてきた落ち武者がこの木の下で敵の大将の名を恨みながら死んだので、以後、この木は成長しないとされ、町の七怪異の一つとされてます」
やりました! 呪いのアーティファクトでしたよやはり! ビンゴ呪い!
誰ですかコレを告白の木とか言い出したの。成長しない木? 精神年齢のことですか一体。というか後六つどれですか一体。他の二本がそうですかねー……。でもそれでもあと四つあるんですよねー……。
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で、もう一本は、ちょっと離れます。
うちの町は、中央を東西に流れる川によって削られた谷。その谷底というか、広い盆地にあるものでして、うちから見ると対岸が存在するんですね。
300メートルくらい離れた位置に、やはり同じような勾配があって、その上にまた同じような木があるんです。
それがもう一本の告白の木。
こっちも背丈中途半端なんですけど、調べてみると由来がありました。どうも、前の戦争で空襲あったとき、何か、町には爆弾落ちなかったらしいのに、これにだけ落ちて、町の人々は「身代わりになってくれた!」って新しいのを植えたとか。
──って、お前らか! お前らですか!
というか当時の写真が残ってて、見るともう全開で「人生超ハッピー」って顔した人達が写っていて、何か凄く負けた気が。私は貴方達の植えた木になりたい。そのくらいの笑顔。
でもよく考えたらこれ「新しい身代わりを植樹」って事じゃないかな……。戦争はマジいけないですよね。戦後においても遺恨を残します。ええ。要らん一本が追加されるとか。ホント勘弁して欲しい。
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さあ、最後の一本! お待ちかね!
そのもう一本は、町の中央にあります。
私が今、通っている高校の手前。公園にある木がそれ。
学校の正門前にあるとか、告白の木としては衆目最高過ぎて致命的な気もしますが、まあそんなところで告白出来る双方だったら、落ち合う約束した時点でゴールインじゃないかって気もします。
この木は、別に由来もなく、フツーに公園の木で、ちゃんと成長してます。よーしよしよし、他の変なのと違ってまともですよー、ってせいなのか、たまに見かけます。下にいる男女というか、寄生虫派の人々。
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そして私もその御利用者の一人だった訳ですよ。
そして御利用有り難う御座いましたじゃない方だった訳ですよ。
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あ──。
思い出すだけで未だに死ぬ。丁寧に言うと死ぬます。昇る方じゃなくて沈む方。
コンビニの中とかで不意にリフレインして、
「あッ……、ァエヘン!」
とか変な咳払いになるアレ。アレ、私もキャリアですよホント。
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つーか若かったです。
ほら、恋愛とか憧れてた訳ですよ。漫画とかドラマを、中学入学祝いで買って貰ったスマホで見て。
そういうのの、真似をすればいいだろうと、そう思ってた訳です。
中学一年だと、どのくらい”若い”って赦されます?
いけます? どうです? 五年経ったら時効っていうか、ありますよね? ね?
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まあ当時は純粋で、いろいろと信じていた訳です。
着いた腹の肉は十代前半だったら成長に伴って消えるとか、推しは絶対結婚しないとか、信じてた訳ですよ。ええ。クソ。あ、いや、何か嫌な事があった訳じゃないです。良いことがあまり無いだけです。というか結婚しただけなら祝福するけど引退までセットでするとか、お前。お前……! 握手会が予定から消えたのはショットガン案件ですかね……。
FCで作られた引退記念のCDはまだ聴いてませんけど弱い私を赦して頂きたい。
で、当時の最強に強かった私は、何か世界が全て残高ありまくりな心持ちになっていて、クラスの男の子、ああ、運動系に入って何か超目立ってたその子がよく話掛けてくるので、何かそういう風だと思った訳ですよ。
丁度、読んでいた漫画で、似た展開があった訳です。
その真似というか再現があるんだと、そう思った訳です。
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駄目だった訳ですよ……。
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「いや、おまえそういうのじゃないから」
ってハッキリ言われましたが、あれは何が間違っていたんでしょうかね……。
セーブ地点か選択肢か。
いや、あの子、年上じゃないと駄目とか言ってましたっけ。
だとしたらやはりオッパイですか。
つまりキャラメイクが失敗ですかね。今だとスライダー結構右に振った感じだと思うんですが、当時は左側だったので。ええ。
ちなみにその子は、一年の末に三本目の木の下で先輩の女子に告白して成功したとかで、やるじゃないですか告白の木。ホントに呪いのアーティファクト!
更にちなみに言うと、その子、三ヶ月後くらいにいきなり家族丸ごと引っ越していって、調べてみると先輩の一家も別の町に引っ越していったようだから、何かやらかしたな……。いやホントに呪いのアーティファクトですよ……。
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中学二、三年はケッコー地獄だった憶えがあります。
というか、告白失敗がホントに利きました。
人生勉強には告白失敗が最適。ホントにソレ。
で、勝手に自爆気味に思い込んで、マー、アレです。そういうのの恐怖症。
もういいですわー、みたいな。
完全に尻込み。
今思うと、小さなカワイイ失敗なんだけど、あの時に自分の残高が恐らく50億くらい減ってしまって、なかなかそれを取り戻せないんですよね……。失敗の大きさとダメージの刻まれ方が違うというか。
当時の、強いと思い込んでいた自分は、経験とか足りなくて実は細くて、単に立ってるだけのことを”強い”と勘違いしてて、折れたら立ち直れない。
負債がプラスに転じるまであと80億くらい必要かな、って負債が増えてるけどそういうもんなんですよこういうもんは……!
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皆とフツーに話して、そういう話も混ぜっ返せて、恋愛の映画とか漫画とか小説なんかも楽しめるし、自分に重ねることも出来るけど、自分からそう思おうと思えない。
服も選べてメイクも出来て、自分の格好良さってこっちですかね、ってのも鏡相手に出来るけど、自分が、そういうことを思って良いのかと、そう考えてしまう訳です。
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彼とは随分前に知り合っていました。
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話題が耳についたのは、ダメージ最前線だった中二のとき。何か陸上部で格好良い子がいるとか、そういう話が女子の間であって、窓際でキャーキャーいうのがよくあったんですけど、私は完全にダメージ食らったままの地蔵だったので、興味ゼロというか、逆に距離を置いていた訳です。
一年生。
地蔵でも視界はあるので、窓の外に見えたのは黒いジャージで。正直、遠間だし、区別みたいなのが全くつきませんで。そういうものかな、と、そんな感じで。
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記憶に残ったのは、その翌年でした。春先。
彼が故障した、というのが、女子の間で話題に上って、すぐ消えたからです。もう、あっという間に消費されて、その時にこう思ったんです。
「あれだけ話題になるような人でも、一瞬で消えてしまうんですね」
だとすると、自分の食らったダメージなんて、他の人達から見れば、些細なことなんでしょう。
何と言うか、他人の不幸で、自分の不幸の小ささを知ったというか。
向こうはマジ不幸なのに、こっちは思い込みで、何か悪いことしてますね、と、変な後ろめたさを感じもした訳で。
なので記憶には残ってしまった訳です。
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会った、と明確に理解というか、今になって思い出せるのは、更にその冬場のこと。
地獄な気分も、彼のことがあって、ちょっと緩和というか距離が取れてきた一方、自分が乾いてしまって、ホラ、あれですよ。人間がパサパサするというか、湿度ゼロ感! 中学三年とか、受験で勉強多い割りに、好きなことが出来なくて、自分がよく解らなくなっていくアレ!
なので勉強中、何か「あー! このままだとパサついて砂漠になって死ぬ! ロレンス!」みたいな気分になって、外に出ました。
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JCの深夜徘徊! まあそんな感じで、夜九時だというのに、手にはマグライト持ってJCの閉店商店街巡りがスタートしましたが、とりあえずホントに何も無い。
「気分転換で外に散歩行って来ます」
なんて、今までしたことがないようなことを言ったのに、母が受け入れた訳です。だってホントに散歩にしかなりませんでコレは……。狭い町なのに下の方の大型複合店舗が受けて税収あるのか、監視カメラとか外灯とか無茶苦茶ありますし。確か県で一番犯罪率低い筈。
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気がついたら、というか、あの時は格好つけて「一人になりたい」というか、こういうときによく「一人になる」のがドラマや漫画の王道だから、そうなりたかったわけですよ。
ウワー、もう何もかも格好から入る女……!
でも半年前に映画の真似してピアス開けたら映画と違って血ー出まくって人生にはハプニングがあると悟りました。御陰で逆は開けてませんが、友人達は「何か願掛けてるの?」って言ってくれるから映画のヒロインよ有り難う御座います。
で、当時は一人になれる処、ということで、結局、家の裏手の勾配上がって、近場の告白の木の下に来た訳です。
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町が見下ろせて、何かまあ、自分の”一人”感というか、格好から入る女は御手本と同じ事を感じるのが正しいと思っているもので、そう思おう思おうと、イメトレみたいなことしてましたっけ。
結局、身体が冷えたので、帰ろうと思いました。マグライトを意味も無く振って、そして勾配降りて、家に向かう、と。
その時、彼とすれ違いました。
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ランニング。ホント、ソレ。
こんな夜にせんでも……、と思いましたが、曲がり角ですれ違って、
「あ、すみません!」
って言われて、初めて男子だと気付きました。でも誰だか不明。モブ? そんな感じで。
正体が解ったのは、それから随分と後。
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私の方は、でも、中三の間。ほぼ毎晩、勾配の上に散歩に出て、ふと意味も無くマグライトで下の町を照らしたりしてて。多分、アレは、全く意味が無かったけど、当時の自分にとっては大事な時間だったのだと、そんな風に。
って何ですかコレ、V系の通販レビューに書いてあるポエムですか。
クワー、恥ずかしい……!
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ともあれ高校は地元の例の処に入って、そこでようやく、自分をちょっと変えようと思った訳です。
なので、朝に、告白の木の下で町を見下ろそうと思いました。
これは単純に、中三の時は夜だったから、次は朝だ的な?
でもまあ、願掛けみたいなもんですよ。
朝、ちゃんと起きて、丘の上から町を見下ろせたら、私は大丈夫、って感じのが。
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二年の初夏。それに気付きました。
対岸。向こうの丘に、朝、上がって来る人が生じた……、というか発生というか、湧いてきたといいますか、まあ、何か出てきた訳です。
黒ジャージ少年。
なお、第一印象は「邪魔……」でした。だって朝のこの空気というか、雰囲気は、JC時代から私だけのものだった訳で。そこに何か上がってきた人がいる訳ですよ。視界に入れないようにしたくても絶対見えるロケーションですし。
あれです。何か、手を掛けたのに毛穴残ってたみたいな。
彼は毛穴。彼が上がって来ると、アー毛穴残ってますよ! みたいな失望感。
だから、何となく、嫌気はあったんですけど、
「どっちが先にメゲるか、勝負しますか」
みたいな気分になった訳です。
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勝負は長く続きました。
というか続行中。
流石に正月には来ないだろう、と、早朝の個人的な初詣のつもりで日の出ない内から晴れ着着て御堂に上がったんですけど、対岸にいましたねー、ジャージ小僧。
こっちが晴れ着なのに君はジャージですか! と、理不尽な思いを得たもんです。
友人からスマホで『あー、こっち明治神宮! うちの町の五百倍くらい人がいるよ!』とか言われましたが、向こうの雑踏が凄いし、よく解らんと言うか頭に入ってきませんで。『なんでアンタ、そっちにいるのよ?』とか言われましたが、何ででしょうかね……。いやまあ、向こうのジャージにも言ってあげて欲しい。
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転機になったのは三年の時でした。
うちのガッコには総務委員という委員会がありまして。クラスも少ないので全校で十人程なんですが、仕事は主に学校内の掲示物の管理。
朝早く来て、職員室の前のバケットにある印刷物を所定の場所に貼って、古いのを剥がして戻すと、それだけのもの。祭事の時はちょっと忙しくなるけど、私はそれなりに成績も良かったので、推薦狙いだったし、こういうのやっとくといいよ的に担任に言われてそのままというか。まあ、朝早いので、いいかな的な。
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そしたらジャージ小僧がいました。総務委員。
向こうはこっち知りません。こっちも向こうを知りません。
だけど私は彼を見てる。私は朝、それなりに着替えて勾配の上に行ってますけど、彼の方は同じジャージ。ジャージと結婚するんですか君……、ってくらい学校でもずっとジャージですが、だからこっちは気付いていても、向こうは気付いて無いと、そう思いたい。
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300メートル。
ちょっとネットで町のマップを見て、300メートルを測ってみると、高校前の通りを駅前広場までと計測出来ました。だから帰宅するとき、ちょっとそっちを見てみましたが、
「……判別、できますかねー……」
ぎりぎりじゃないでしょうか。声は、叫べば届くと思います。いや叫ばないけど。
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なので、朝会っても他人。
そのつもりでいたら、不意に昼休み、窓の外を見ていた友人がこう言ったのです。
「あの子さ、……こう言ったら何だけど、随分と落ち着いたね」
「あの子?」
どの子?
「ほら、あれ」
彼女が差すのは、昼休みに、前の体育の授業のまま、片付けられてない高飛びのバーとマットを利用して跳んでいる彼でした。だけど、
「練習してるだけでしょ?」
「いや、アンタ、憶えてない? ──私達が中二の時、あいつ、故障したんだよ」
「──あ」
あった。ありました。そして友人が言葉を続けます。
「当然、レギュラー外れちゃって、そのまま部活もドロップアウトした筈だったけど、何だかんだで手術して? 高校で部活入り直して、補欠かそこらか、みたいな成績でやってるって」
「詳しいですね」
「町、狭いってか、アンタ興味ないか、こういうの」
●
どうでしょう。
それから朝、対岸に彼が上がって来るとき、見方が変わりました。
部活の方で、朝練は行われている筈です。でも彼はそれに出ない。
故障からの復帰となると、いろいろ他と違います。でも、
「落ち着いてる?」
友人が言ったことがビミョーに引っかかります。
「落ち着いてないですよね?」
落ち着いていたら復帰するものか。
これは、あれです。勝手な思い込みですけど、多分、彼にとって、あの場所に上がることは、ダメージの抜けきってないJCが深夜徘徊してたのと同じなんでしょう。
●
と、そんなことを考えて気付きました。
JC徘徊の一回目。初回限定ですれ違ったジャージ少年!
君か!! 当時は夜か! 今は朝か! お互い健康になったもんです。
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勝負しようと、そう思いました。
君が何か頑張っているのか、私はよく解りませんけど、私は同じような時間を過ごしてここにいるから、だからまあ、先輩として、ちょっと見ていてあげます。
受験に成功したら、大学は外だから、まあ後一年くらいだけど、
「それまでに成果が出せるといいですね」
私だとバレないように、毎朝着替えて、木の下に立つ。
●
不思議なもので、見る気分が変わると、感情移入というか、勝手にいろいろ想像します。
脳内イリュージョンの世界ですけどね。
でも、向こうは自主練みたいな感じで、勾配昇ってシメてるみたいなんですけど、こっちは近所の丘昇ってるだけな訳ですよ。
労力はあっちの方が凄い。そしてプレッシャーも、目的も、あっちの方が強い。
気がつくと、勾配を上がって来る姿に、内心で応援をしてしまう。
ただ節度はあるので、学校では知らぬ振り。それがマナー。推しについては一般では秘めるもの……、と思って、ああ、私、彼を推しているんですね、と、そんなことを思います。
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いいじゃないですか。
頑張ってる人がいて、私は知っているんですから。
●
総務委員がちょっと辛い。
向こうはこっちに気付いてなくて、こっちは気付いていて。
印刷物を確保しに行く短い時間で偶然会うと、頭を下げますけど、それだけです。
でも、見ているということを言ってしまうと、どうでしょう。
彼はあの自主練を誰にも知られたくないかも知れないし、見知らぬ先輩からいきなりプライバシーを突かれるというのもアレでしょう。
でも内心で応援はしてます。
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そして、朝、彼が向いの木の下で一息を吐いているのを見ると、嬉しい。
そう思う自分を自覚するようにはなりました。
●
あー。
どうなんでしょう。
コレ、アレですかね。
勘違いだといいと思います。
私、そういうの、すっごく避けてる筈で。
●
多分。そう。相手が遠くで、コミュニケーション取れなくて、こっちに気付いてなくて。
つまり安全圏だから推していられる。
そんな一方的なものに見返りを望んだら駄目でしょう。それを望んだ時点で、”推す”礼儀から外れてしまう。
「ああ」
コレですね。中学校の時、窓から皆が歓声送ってたのって。
別に好きになって欲しい訳じゃない。当時の彼が頑張っていて格好良くて、そういうのを応援して、彼がまた頑張って行くという、そんな循環が彼女達には奇蹟だったんです。
奇蹟を応援していた訳ですよね。
恋愛の漫画や小説で、いきなり告白失敗した私とは違います。
私はそういうのを、後から知りましたけど、
「そうですね」
昔から、心の段階というか、感情の突き詰めじゃなくて、種類を知って行っていたら、今はこうじゃなかったかもしれないですね。
●
そんなことを思っていたら、何か思い切りキテしまったので不貞寝しました。
翌朝、五分遅れで木の下へと昇ったら、向かい側、彼がまだいて、
「うわ……」
先に帰られてはいなかった。
そのことに心底安心してしまって、コレはヤバいと流石に気付きました。
そう、昨夜にキテしまった意味を、今更悟ったんです。
私のコレはまだ、間違っているというか、勘違いなのだと。
●
これは応援じゃない。勝手な依存です。
彼を応援しているのは確かですけど、彼に届いてない。
いや、窓からワーキャー騒いだりライブで歓声あげるのも”届いて無い”かもしれませんけど、彼女達は自分を表明して相手の視界にいるし、声は届くようにしている訳です。
私のは、気付かれてない安全地帯からの妄想。
ウワー、すみません! これまで約一年間、頭の中で応援レイプしてました!
●
じゃあ和合いきましょう和合。
何か思い切ったのか、後ろめたかったのか。その後、総務委員で朝偶然会ったとき、何となくを装って声を掛けてみました。先に取った印刷物を、彼に分けて手渡しながら、
「ええと、……り、陸上部?」
「え?」
相手の反応がちょっとキョドってましたが、いきなり過ぎますよね自分……。
というか、アレ? 私、気合い入れてチョイとメイクしてきてますけど、コレひょっとして、ケバくて片耳ピアスの先輩がガンつけて来たとか、そういうアレです?
何か凄く、やってしまった感がありますが続行。
「あ、いや、何というか……」
「はい」
「頑張って下さいね」
「──はい!」
と走って行った少年よ、素直で有り難いです……。
余の魂は粉々なので、そのまま掲示物を抱えたまま洗面所の個室で始業まで呻きました。額をつけた壁が冷たくて気分的にクワア──!
慣れないことはするもんじゃないですというか一線越え掛けて危なかったというか、脱妄想レイプの道は険しいというか。
「よく考えたら、本人に直接じゃなくてよかったんじゃあ……」
死にました。授業、全然頭に入ってこない。
●
マー頑張って下さいよ少年。
こっちは学校卒業というか、大学受かったら、町出るまで付き合いますよ、って感じで、冬の始まった朝でも彼が勾配に上がって来るのを見届け、お互いにまた下に降りていく。
●
進展というか、ちょっと救われたのは、朝に彼がすれ違うとき、軽く会釈してくれるようになったことでした。うんうんそうですよね。ちょっとリップの選択間違えて強めになった片耳ピアスには頭下げますよねフツー。
違う。
違うんです。
サーセン! とか言うような、ボス猿と山猿の関係になりたかったわけではなくてですね。
「……じゃあどういう関係になりたいんですか自分」
その後、洗面所の個室で下唇を噛んでいろいろ堪えてしまうが、どうしたものか。
●
これはあれだ。語るに落ちた、って、意味が違うけど、それです。
やってしまった。否定を重ねていた分だけ、じんわり来てる。
●
参った。参った。参りました。
いや、勘違いでしょう。だって、ろくに話したこともない。
飛び越えすぎです、と、心の中で警告が出っぱなし。
だけどこれはいけない行為。推しが近くにいるからと言って、答えを求めてはならない。
踏み込んで、というか、そこをすっ飛ばして、どんだけダメージ食らったのか憶えてます。
今は堪えられるのか。
それとももっとひどくポッキリ行ってしまうのか。
●
朝、勝手な思いを侍らせます。
昔のことをよく思う。
ずっと昔、勝手な思い込みの恋というか、本の真似事をしたとき、どれだけ手痛い目に遭ったのか。
あれと同じ事になったら駄目です。
あれと同じ事になったら、同じ結果になります。
同じ事になったら駄目。
●
でも、この状態は、何の真似事でもないでしょう。
●
参ってしまった。
●
思う。
私の中で、あのジャージ少年は、故障からの復帰組で、凄く頑張ってます。どうやら補欠から正式出場枠にも最近入れたようで、先日会釈したら「有り難う御座います!」って言われましたけど、多分、そういうのがあって、高揚していたのでしょう。いいキャラです少年。
だけど、ええ、彼を応援していて、ふと気付きました。
私は、私を応援しているのでしょう。
勝手な、都合の良い思い込みですけど、かつて、都合の良い思い込みで食らったダメージからの復帰を、おそらく彼に重ねている。
ならば、私が応援している彼が、正式出場枠を採れるのならば、私はどうなんでしょうね。
でもそれは私の中のこと。
彼に押しつけてはいけないこと。
ただ彼を思って夜に浮かれて、深夜に沈んで眠って、朝に気分を変えて、また彼に、一方的に会いに行きます。
●
300メートルの、安全な、卑怯な思い。
そんなことをしていても、私の残高は減っていくだけだというのに、変な安堵を感じていてどうしようもない。
●
友人は卒業後、更に山奥の大学に行くらしい。スマホで報告がありましたけど、そのとき、私も推薦の結果が出ていたのでお互い報告会。
逆算すると、私が町を出て行くスケジュールも見えてきます。お別れ会、という言い方が子供っぽくてちょっといい。
●
年始も、やはり彼は対岸の向こうにいて、ジャージで、私は晴れ着で。
バレンタインの日も、やはり彼は対岸の向こうにいて、ジャージで、私はちょっと気取って赤い上着で。
ホワイトデーの時にはもうこっちにいないから、それは御免なさい。
身勝手だけど、こういうごっこ遊びが心底楽しくて死ねます。
でも、推しがいなくなるんじゃなくて、自分がいなくなるのがどうしようもないというか。
●
最後の日が見えてきたので覚悟を決めました。
卒業式が結構後なんですけど、用意を考えたら新居というかそっちに行った方が良い訳で。
だったら卒業式の日だけ戻って来る事にして、こっちでは”最終日”を設けよう、と。
そしてもう、そのまま、いつも通りにして、そのまま消えよう、と。
彼にとっては勝負相手が脱落したと、そんなところでしょう。
というかそんな風に見られてもないと思いますけどね! 万歳自意識過剰! 気楽! それで行きましょう!
友人と連絡して、最終日は三年生最後の授業の日だから、それ終えたら駅前のカラオケでお別れ会でもしようか、と。
そう、覚悟は決めました。
スマートに消えていく。そのつもりで!
●
無理だ……。
翌日には、偽装をしようと、そう思い直してました……。
ほら、赦される範囲といいますか、ほら、あるじゃないですか。触れずか触れないか、というか。上手く誤魔化して演技というか裏で泣くというか。
予定はこうです。
こっちから、今回だけは向こうの木の下に行って、彼が来たらこう言えばいいんです。
「明日には発つから、ちょっと町を一回りしてたんです」
ほうら完璧な言い訳! コレなら押しつけでも負担でも何でも無い! 自然!
ちなみに、予測される相手の反応で一番キツイのは、
「あ、これまでどうも有り難う御座いました!」
ですかね……。自分の思いが勘違いだったって知らされて死にたくなりますって。
●
そして最終日。
メイクして、服もちゃんと顔色合わせて家を出て、五歩で気付きました。
「……ちょっと町を一回りというには、気合い入れ過ぎじゃないですかねコレ……」
というか、今日、最後の授業あるのに、朝から服キメて町を一回りですか私?
コレはアレです。計画時は完璧に見えて、動かしたらアレ、ってアレ。
ま、まあいい! 前進! そういう日もあるってことですし、一コ下にはそこら辺の機微は解りませんって。ええ。
とりあえずミッションを終えることが優先です。って、でもコレ、何の目的でこんなことしてるんですかね私……。ああ、推しの握手会に行くのと同じか……。うわあ……。完全ハマってますよ……。
●
三十分後。
驚くほど見事に私は撃沈していました。
いつも見ていた向こう側の木の陰で、思い切り沈む感じで。
いや、「あ、これまでどうも有り難う御座いました!」を食らった訳じゃないです。もうちょっとダウングレードしたのを食らった訳でもないです。
「……どうして来ないんですかね?」
彼が来ません。
●
おかしい……。警戒されて、来なかったでしょうか。確かに今日は気配が強めで、殺気立っていると言われても仕方ないかも知れません。
でも、来るかと思って、木の陰に隠れていたんですが、来ません。
もう、三十分待ってます。けど、来ないです。
否。よく考えれば、何となく解ります。
私、三年。
向こう、二年。
私達は三年の期末テストもなくて、後は卒業式で一回登校するだけですが、向こうは期末テストの最中じゃないでしょうかね……。もしくはテスト休みで、ああ、正式出場枠になったら対外試合とかで春休みは朝からいないのかな……。
「うわあ……」
何でしょう。泣けてきた。
●
大事な最後の日だったのに、浮かれてるだけで、会えないなんて思ってもなかった。
●
勘違いで、思い込みで、依存なのに、会えると思ってたら会えないだけで泣き出すとか、どうかしてます。
これから学校に行って、訪ねれば会えるでしょうに。
でもそれは、何か違う。
学校にいる彼は、ここに来る彼じゃない。
私がここで見ていたことも、応援していたことも、彼は気付いてないし、知らないんです。
やってしまった。
まだだったんです。まだこういう思いになるのは、早かった。
かつては、すっ飛ばして踏み込みすぎて、早かった。
今は、物怖じして、踏み込めなくて、早かった。
次は上手くいくでしょうかと、そういう思いも、すぐに千切れて消えていく。
だって私は”今”だから。
次とかそういうの、言い訳にしようとしても、ああ、こういう言い訳も、映画や本の真似事でしょう。
「やだ……」
泣くのは誰の真似でもない。
ホント、浮かれてた自分が馬鹿みたいというか。何であんなことしていたんでしょうって、もっといろいろあったろうに、って。
そして気付くと始業の鐘が聞こえてきた。
●
学校が始まります。
朝の時間は終了。
「ああ」
私の、二度目も、失敗したんです。
●
木に背をつけるのを止めます。
息を吸います。
木の下から出て、勾配を降りれば、もう、学校に行くしかなくなります。
それでいい。
ここを眺めて見ていた夢も勘違いも、今日で終了。
対岸。あっちから、まあ、三年ちょっと、よく頑張ったものです、私。
前を見よう。
●
対岸の勾配の上。
木の下に、黒いジャージ姿が立っていました。
●
300メートル。
私がいつもいる場所に、彼が立っていました。
もう既に始業の鐘が鳴っているのに、そこにいます。
「……え?」
何故。
いえ、解る。解ってる。だって私がここにいるのは何故か。
●
彼が、私の来るのを待っています。
●
でも何故。
解りません。だけど、始業の鐘が鳴り終わっていって、
「あ」
何をすればいいか。
私がまだしていないこと。
しなければならなかったこと。
それは、
「……!」
声を上げました。
驚くほど大きな声が出ました。馬鹿みたいに、子供みたいに声を遠くへと。
●
届いて。
これまで見ていただけだった貴方に、私の意気地よ届いて欲しい。
●
遠い。ですけど見えました。
彼が手を上げ、振って、何度も振って、勾配を駆け下り始めます。
私はどうしようかと、声が届いたこと自体に震えていると、音と別の震えが来ました。スマホです。着信を許可すると、その先からは友人の声で、
『あ! 休んでる!? 大丈夫!?』
「いえ、今、ええと、その……?」
『告白の木の下、いる!?』
何故それを?
●
『ほら、アンタと話した後輩。あれ、私の隣の家なんだけど、何かアンタの事、よく話してて』
「……は?」
『──何か、故障してて、手術した後、陸上続けようか迷ってた頃、夜にランニングしてたら、アンタとすれ違ったとかで』
「ああ、ありました、ねえ……」
『それからアンタが夜に向こうの勾配の上にいるから、見ていて貰えるようでやる気が出るって、勘違いで夜連やってたらしいんだけど、アンタ、夜に出るの止めちゃったっしょ?
それでまあ、”勝利の女神がいなくなった”とか馬鹿な事言って落ち込んでたんだけど、高校入って朝ランしてたらアンタが朝に出てるって知って』
「……あの? ちょっと?」
『アイツ、無茶苦茶目ーいいから、無茶苦茶気付いてたよ? だからまあ、今日が最終日だって教えてやったら”今日は町を一周するつもりなんで!”って言い訳でそっち行くって。
──来たよね? ははは、感謝してくれるといいよ!』
流石にいろいろ言いたいことがあったので、電源落としてやりました。
●
何てこと。
何てこと!
何てこと……!
私の思い込みで、勘違いで、一方的な何もかもは、届きもしていなかったです。
だけど通じていました。
300メートル。
その距離を今、詰めていく。
あちらとこちらで、私達はそれぞれ応援し合って、それは多分、奇蹟で。
●
「うん」
急ぎましょう。
多分、彼の方が足が速いので、こっちに先に来ます。
でもそこから手を引いて、行く場所は決まってます。
三本目の木の下。
授業中の学校からは、丸見えでしょうけど、いいでしょう、別に。
何て言おう。何て聞こう。
言い伝えは困ったことに本当でした。
三本全ての木の下で告白した者達は、その思いを通じさせる。私と彼とで一本ずつ、そして二人でもう一本。
何ですかこの寄生虫案件。呪いのアーティファクト万歳。
今、私、凄く人生ハッピーな世界の住人の顔してますよ。
さっきの声に驚いて、通りの人達が窓やドアを開けるのも、祝福に見えるくらい。
空いていた300メートルを詰めていく。
ああもう、恥ずかしくて死ねます。
死にたくなるほど素敵。
●
結局。交通の便がさほど悪くないと解ったので、半年でこっちに戻ってきました。
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