最後に見るもの
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久しぶりの帰省だ。
僕の生まれた町は山間部にあって、まあドン詰まりの場所なんだけど、特殊な鉱石が採れるとかで、かなり潤ってた。何しろ戦争の決め手になるとかで、領主が何か位階貰っちゃうほど。軍の特殊部隊は、その石使った術式でパワーアップ! マジで戦争の決着に役立ったと言われていて、当時、その周辺警備に軍は当然常駐していたし、毎日毎晩ガッコンガッコン石掘って賑やかにやっていた。
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僕はまあ、嫌な事があって町を出て、それなりに腕には自信があったので、二級傭兵として町を街道沿いに転々としていた。やるべき”仕事”があったし、何しろこの御時世、夜盗や野盗や妖物も多く、それらを祓っていく者は必要だったからだ。
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だけどそういった障害も、存在には限度がある。
”上手い”傭兵団は、相手を全滅させずにチョイとリリースして、延々と町を”護る”ようにするらしいんだけど、僕はまあ要領が悪いんで、そういった連中とは付き合わず、まず町と契約したらそいつらの処に挨拶に行って、
「あ! サーセン! サーセン! そちらの仕事の邪魔とかしないよう、森で木の実とか拾って契約時間潰してますんで! あ、コレ、そっちの店で買った酒です! ドーゾウ!」
と安全圏確保スタイルを貫く訳だ。
そしてそのまま森から奥入って、”一仕事”したら町に戻って、さっきの連中に、
「イヤー! サーセン! 丘クジラ全部煙で追い立てて自生出来る谷に逃がしちゃいました!ラダン煙、匂いいいスよね! クンクンクンクン! だから丘クジラ、もうこっち戻って来ないと思うんで皆さんの仕事無くなりましたけど、町は平和になったからいいスよね! ヤッター! ステキィ──!」
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その晩、宿屋に殴り込まれたけど、大体パターンだったから屋根上で構えてて、相手のリーダーだけ攫ってやった。リーダーは気絶させた上で全裸に剥いて町の出口に逆さに吊し、腹に”ときめき”って書いて逃げたけど自分でも意味が解らん。
まあいい。意味が解らん方が恐怖を感じてくれるだろう。
「見てくれ!」って言われたら後ろ向いてダッシュだ。
たまにある。おいおい聞きたいのかよ。後でな。
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「見えてますの?」
って言われたのは、王都の周辺を回る外環道の北端。白クロの煮付けが美味い町でそろそろ路銀も尽きたから、土地の有力者に頼んで一仕事しようと思ってたときだった。
二級傭兵が最高に儲かる仕事、知ってるか。
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ああそうだ。遠洋漁業だ。
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二級傭兵だと、水産業に関わるとき優遇される。船の舳先に立ってるだけでいいんだ。いやホント、マジでマジで。正式には密漁船の監視と警備だけど、戦後になってからはそこらへん無いので超余裕。どんなポージングしてても叱られない。どんな格好でも大丈夫。あ、傭兵章はいるから全裸でも首から提げとけ。刺さる形してるけどな。
ただ歌を歌ったり大声上げると魚が逃げるので、超叱られる。たまにすれ違う船の舳先で、全裸の親父が無言で立ってたりするときあると思うが、アレ仕事中だから。趣味でやってる訳じゃないから。でも全裸は趣味だから。そこ勘違いするな。趣味は大事だ。いいな。
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だからこの制度を取り潰して、楽してる傭兵労働力を有効に使いたいとか王都議会で意見出してるのがいるけど止めてくれ。それは僕の路銀にえらく利く。
選挙権あればなー。
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とまあそんなことを刺身もいける白クロ食いつつ食堂で愚痴っていたら、言われたのだ。
「見えてますの?」
って誰君一体。
まあ振り向くと一発で解る程度に出力整ったゴーストの姐ちゃんでした。
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あー、ゴースト。
見えてる見えてる。結構出力高いじゃない。充分見える。
「傭兵?」
「そうですの」
三級傭兵の傭兵章は肌に刺さらない形で良いね。スタイルは黒魔女か何かですかコレ。
「でも誰君? 巨乳?」
「顔から胸に視線移動させて喋るのやめて下さいます?」
「あ、御免。女性と視線合わせて喋るの苦手なキモ傭兵なんで。下見てもいい?」
「足はありますわよ? ゴーストでも」
ああホントだ足有る。マジで出力高いな。パンツ部分のグっとしてるのも、
「いいね!」
「何処見てましたの」
「おいおい素直に答えると思ってるのか! 有り難う御座います!」
ビンタ食らった。まあいい。海と全裸のオヤジしかいない遠洋漁業に出る前と考えたら御褒美だ。有り難う御座います! 明日乗る船はパンイチでうろつけるメンタル自由形だといいな!
ともあれそんな夜に美人のゴーストにビンタとか、最高だ!
「何か今まであった嫌な事が大体消し飛んだよ! 刺身がヌルくて不味いとか! 酒が明らかに水で薄めてあるとか!」
うんうん、とカウンターにいた店主のオヤジが笑顔で言った。
「出てけ!!」
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仕方ないから海が見える食堂に河岸を移して自己紹介だ。
「何でゴーストなのか、聞いていい?」
「──起きたら亡くなってましたの」
「ちょっと迷って回答したけど、聞いていい?」
「──全裸でしたもので」
「あー、御免。あー、うん。いろいろあるよね。うん。聞いて悪かった。ホント御免。あー、そっか。あーそっか。そうだよなあ……。まあ、なあ……」
「何勝手に想像してますの……!」
「落ち着けって。想像の自由はこの前発布された憲法で保障されているものである」
「二級傭兵だけあって、いろいろ詳しいですのね」
「──まあ二級ですんで。そっち、三級傭兵だと出所構わずか。これも聞いていい?」
「南の鉱山町を通過する……。そういう生まれですわ」
あー、僕の実家の向こうか。山三つ越えたら湾があって、派生的に出来た町が一気に栄えて新興貴族とか出来てたっけ。
「で、そこの貴族さんが、どういうこと?」
「ええ、ちょっと外に出ないといけない用が出来まして、ほら、不慣れでうろうろしていたら、貴女の姉君に会いましたの」
と、手渡されたのは手紙だ。
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読む。
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それはまあ、単純に、僕に、たまには顔を見せに来いと、そういうものだった。
姉は地元で司教やってて、鉱山関係のやり過ぎには、たびたび抗議運動を行っていた。
だけどまあ、領主もいれば警備の軍もいるとなると、政治的には石を掘る理由もある。だから姉はまあ、上の方からの指示で、墓守役専任みたいな感じになってたんだよな。
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僕としては、その方が良かった。
何しろ当時は戦中で、いろいろ荒っぽいこともあったのだ。
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「成程なあ。──姉は元気でやってた?」
「え? あ、そうですわね。貴方のこと、心配してらっしゃいましたわ」
「どういう風に」
「どっちの道行くか決めるとき、いい尻が行く方に従うのはやめなさい」
「な、何でだ……!? 駄目なのかよう!?」
「口尖らせてムーブされて、私が答えられると思ってますの?」
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ただ、遠洋漁業は無しになった。路銀については真面目に傭兵しよう。まだ世は荒れている。戦後って面倒だよなー。
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「あれ? 着いてくるの? 前歩いてくれる? ああ……! 凄い良い感じです! どうも有り難う御座います!」
「──何かもう大体解って来ましたけど、南に戻るんじゃありませんの?」
「いや、王都一周コース。これで三周目だ」
「? 一周ごとに実家に戻れば良かったでしょうに」
「ここまで来るときに解ってると思うけど、うちの町は外環道の外のドン詰まりだよ」
「……何故?」
「君こそ何故?」
「いえ、貴方の姉君に頼まれてますから」
「え? そんな理由で? いや、でも、あのさ? こんな風にくねくねしながらキモいこと言ってる二級傭兵と歩いてて、大丈夫? 僕だったら嫌だな! ああ! 若さ故の自己否定だ! 僕は僕のような存在を消してアカシ貝になってしまいたい……!」
「アカシ貝?」
「西海の浅瀬で採れる貝で、やる気無いのか二枚貝なのに蓋が閉じれない」
「ダラケていたいんですの?」
「美味いよ?」
「じゃあ北回りの理由はそれですわね」
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そういうことになった。
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まあでもゴーストの相方というか、逃げないように監視役だろうけど、二人旅は初体験なので、ちょっと面白い。何が面白いかというと、
「すげえ……、流石は戦後だ。産めよ増やせよ政策だから男女一緒だと無茶苦茶割引が利く……」
「ゴースト割引もありますから、1.5人分くらい楽になりますわね……」
利害が一致した。夫婦扱いでもプライドより金だ。基準が明確でいい。宿屋のオカミに、
「夫婦なのに別部屋? ああ、奥さんゴースト。大変ねえ」
と言うのに話を合わせて、
「そーなんスよ。毎晩搾取凄くて、ほら、ゴーストでしょ。だからお互い、部屋を分けてないと僕が死ぬ……」
「悲恋だねえ」
「いやあ、愛ですよ。愛」
とかやってたら廊下の奥でスゲエ顔してこっち見てるんですけど彼女。
翌日口を利いてくれずに前をサーっと移動されてしまったが、いい尻が見えてるので僕はハッピータイム! 利害は一致してますね! 僕が利で彼女が一方的に害されてる気もするけど。
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ただまあ、気付かされるのが、ゴーストの一般的扱いだ。
「意外と皆、フツーに受け入れるね」
「私も始めの頃、警戒してましたけど、意外といるそうですのよ? 戦後で。国境から帰ってきて、そのまま生活するのも多いとかで」
「うちの国は魂の定着とかで、地相がいいんだよなあ……。だから強制アゲする教えが国教になるんだけど」
「貴方、御実家は教会堂ですのよね?」
「ああ。姉は結構力強くて、すぐアゲちゃうんだよね……。一回、死んだオッサンから出た魂が皆に礼を言おうとしたんだけど姉がついアゲちゃって、オッサンが”皆、有り難──ウワアー! まだ! まだ早──!”みたいになってちょっと住民に恨まれたことある」
何かウケた。だけど、
「君が、うちの町の住人じゃないと思ってるのはソレ。姉だったら、管区内の霊はアゲちゃうだろうから」
「……ちょっと警戒されてましたの?」
「うーん、ちょっと見惚れた分、悪い事じゃなければいいと、そう思った」
「素直に答えますのね」
それから肩を並べて歩くようになった。
尻は見えなくなったが、胸が見えるようになったのは、有りだと思います。
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戦後と言っても、まだまだ世は落ち着いてない。
僕は実家の方の技術もあるので、たびたび、アゲてあげなきゃいけないゴーストを拝んでアゲてやる。場合によっては死体があるときもある。
そういうときは、魂が残っているかどうか確認して、いたらアゲてやってそうじゃなければ、
「ちゃんと埋めますのね……」
「アゲた分だけサゲなきゃいけない。──僕の存在のことじゃないぞ?」
「発見ですわね。でも……」
彼女が埋めている遺体の方を手で示した。
「何故、布を?」
「いや、まあ、何て言うか……」
「あら? 何ですの?」
明らかにからかうノリで問われるが、まあ、言ってもいいだろう。
「──女性は、ホラ、遺体で、魂無いとしても、崩れた顔とか身体を晒したくないだろ? 君も全裸でいたの恥ずかしがってたじゃん? だから布」
「あら」
彼女が、口に手を当てて微笑した。
「じゃあ私、貴方に見つけて貰ったら、貴方が私の裸を見た最後の人になりますのね?」
御免。君、結構無防備だから、たびたび宿で「アー! お得──!」な時あるんですけど、まあ言わないことにしておく。
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ただちょっと、二人だと気まずい事もある。
一回、仕事で外の森を焼き払った。彼女を同道させなかったのは、
「相手がそれなりに危険だ。君、村の方の警備を任せる」
村に置いていく、と言ったら、受け入れられないだろう。だから僕は、彼女のやる気スイッチを入れるため、言っておく。
「いいか。この村は子供達も多い。そんな村が、僕が向こうでアカシ貝のようにクパアタイムやってる間。襲われたら駄目だろう。お年寄りも多いから大変だ! クパアアアアア!」
「貴方、私のやる気を削ぎに来てますわよね?」
そうなのか。二人だと気付かされることが多い。今後気をつけよう。
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でもまあ、”仕事”してくると、ちょっと疲れた。
戻ってきてグッタリしてると、戒厳令の解除を知らせてきた彼女が傍にいてくれて、何か凄く、気分的に助かった。
つい、要らないことを、言ってしまう。
「一級傭兵って、実はいないんだ。知ってる?」
「そうなんですの?」
「そう。うちの国の傭兵制度で、三級は戦後に食い詰まった人達に”労働出来ます証明”を与える代わりに設けられたもの。君がそれだね。
二級は、元軍人用。あ、官吏もそうだ。
一級は、元王族用。でも王族は存続してるから、傭兵になってないんだよ」
つまり、
「この国は相変わらず王族が支配してる、ってことだね。戦後、職を失った軍人達が反乱しないよう、その把握と管理のために二級があるって、知ってた?」
「なかなか難しいですわね。──でも私も、知ってることがありますの」
「何?」
「二級は、軍人でも、星位以上。地方管区中隊長以上の者が持ちますのよね?」
「上官は遠洋漁業で全裸だよ」
ちょっと笑われて、少し楽になった。
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西は日が昇る方で、逆に言えば夜が早い。
こっちは”仕事”の回数が増える。つまりは、
「人じゃないものが、多いんだよね。人の方が楽だ。話し合ったり、工作で、利害が割に合わないと思ったら去ってくれるから」
「でも貴方、相手にしてるのは──」
「待って待って。もう少し、夢見させて。アカシ貝も食ってない」
言うと、彼女はちょっと笑ってくれる。
そしてまあ、タラタラとやっていたんだけど、街道の三叉路についた。
つまり僕のいた町への道が、そこにあるのだ。
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ああ、そろそろ終わりだな、と思いました。
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町は無かった。
いや、あった。けど、無かった。
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そこにあるのは焼かれて砕けて、もう風化という言葉でも充分間に合ってる鉱山の町だ。
特に中心部から奥、軍の警備所と貴族横町と呼ばれた地域は、遠目にもまだ黒く、草木も生えていない。
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そうだ。
僕のいた町は、とっくに滅びているんだ。
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何もかもあるけど、何もかも残っていない。
各地には立ち入り禁止と浄化の大楔が打ち込んであるが、それも異常な数だろう。大体、そんなもんが放置してあったら、野盗が引っこ抜いて転売するが、そんなことも行われてない。
禁忌の土地なんだ。
そうなってしまった。
戦争が終わるちょっと前。五年ほど前に、だ。
だから僕は町を出た。
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そして僕は、町の前を通過する小さな道を選んだ。
この道を行くと、実家の教会堂だ。
彼女はいつの間にか、僕よりも後ろにいて、つまり僕の尻に興味があるのか……。良い趣味だ。実は自信がある。後で語り合おう。
ともあれ僕は口を開く。
大体、彼女はここを通過してきたんだ。既に僕と会った時には、全て解っていたんだ。
つまりここまでのいろいろは、演技が多かった。
それが何故かは解らない。
だから、
「知ってるかい」
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「戦争が早期に終結したのは、国境で軍の特殊部隊が活躍したからだ。それは特殊な石を利用した術式によるもので、極秘とされている。知ってる?」
「知ってますわ。……それによって、講和がなりましたのよね? 人の話では」
「ああ、でもそうであって、そうじゃないんだ」
僕は言う。
「この国の地相は、なかなか霊を手放してくれない。だからこの土地から採れる地相性の強い鉱石には、霊が宿る。あとは簡単だ。──他者の霊を石に封じ、それを人に与えれば、その人は霊的な強化によって、石の数だけ二人分、三人分の力を発揮出来る。
そしてそれは、確かに相手の国を押し返し、脅威を与えた」
だけど、
「石のこと、よく解ってなかったんだな。解ってた人の意見を通せる風通しも、当時は無かったんだ」
「……どうなりましたの?」
「掘り出して積載された石が、連鎖暴走して、近くにいた人々の魂を吸い上げたんだ。
──後に残ったのは、動死体みたいに、魂無く、しかし無作為に暴れる元人間」
「それは──」
「採掘場に近い貴族の屋敷がまずやられて、次は警備の軍が、まずそうなって、内部から感染者が出たことで崩壊。戦闘技術や武器を持った化け物が、凄い勢いで町に出たんだ。町の住人も順次おかしくなって全滅だ。さっき通った町が封じられているのは、未だ、積載の石達が力を持っていると、そう思われているのさ」
つまり、
「国はこのことが表に出ることを恐れ、町を封じ、禁忌とし、勝利に傾いた戦争を急いで講和してまとめた。勝ち逃げしたんだよ。
町は証拠を消すため、三年の浄化作業の後、放置した。今はここに来る者は誰もいない。閉鎖しようにも、担当者が怖がって逃げちゃうから、どうしようもないんだ」
だけど僕はここに来た。
何故かというと、
「罪を償えって、そういうことなんだろう」
正面。朽ちた教会堂と、草に埋まった墓地がある。誰もいない。姉もいない。それが解っていたし、解っている上で、僕は言った。
「僕は、運良く、石の暴走の臨界時間より後に町に戻ってきていてさ。──誰か無事な人はいないのかって、探して、そして切って切って切りまくったよ。僕の仲間達や、隣人を。
誰一人、魂は無かった」
そして、
「僕は仲間達や隣人を二晩掛けて殺しぬいた。──あの町を滅ぼしたのは、結果として僕なんだ」
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教会堂の中は、床が抜けていた。
ただ、予想していたものが無かった。
姉の遺体だ。
だが硝子の抜けた窓から見れば、草群の中に太陽楔の墓が一つある。あれは、
「……君が?」
「御世話になりましたから」
「有り難う。……姉も、ここにいてすら、やはり石の影響食らってね。年老いたようになってしまった。でも、僕に、外に行けって」
だから、解っていたんだ。
「君が持っていた手紙は、姉が、ずっと以前に書いたものだろ? 王都に行っていた僕を呼び寄せようとしたものが、とってあったんだ」
さあ。
「どうしようか。”浄化”を脱していった元仲間達や元隣人も、この三周で何とかケリをつけた。魂が無いのが救いだけど、酷く疲れた。
──君はどうするんだい?」
「どうする、とは?」
「僕は、あの町で、魂を見つけられなかった。君は、この町の外の人だ。多分、採掘場に近かったから、真っ先にやられた貴族の親戚か何かで、王都に行ってて現場におらず、それでいて戻ってきたら親類縁者を殺したとか、そんなハジけた僕を責める権利がある」
「責めるって、……どのように」
「……御免、ちょっと空気で言ってみただけだった」
考える。すぐに思いついた。
「……尻に興味があるなら応えよう。他はちょっと時間が欲しい。準備がいる」
「何言ってますの?」
「ちょっと錯乱してるんだと思う」
「そういう意味じゃありませんのよ」
「……まさか……、胸……」
軽く頭を叩かれた。
ちょっと、と、外に呼ばれる。
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出たところは当然、墓地だ。
町からここに上がるまで、それなりに掛かった。もう夕暮れだ。
草に埋もれた墓石もあるが、そこに一つ、木の棒が立っている。
彼女はその上に座った。ゴーストの身体が、淡く光っていてえらい綺麗だ。でも、だから夜襲の”仕事”は同道出来ないんだよな、と思う。気付かれるから。
そして綺麗な彼女はこう言った。
「貴方、ちゃんと喋ってくれないと、駄目ですのよ?」
「何が?」
「貴方が王都に行っていたのは、採掘を止めさせるための陳情でしたのよね? 姉君から聞いてますわ。姉君は危険性に気付いていて、軍と貴族を動かせば避難は出来ると思って、だから貴方を呼び戻そうとしたけど、その矢先だったって」
だから、
「貴方は、町を救おうとしましたのよ?」
「でも僕は、何も出来なかったよ」
「そうなんですの?」
「いやまあ、地元上がりの中隊長っても、逆らって単独陳情とかやってるじゃない? だからまあ、貴族の方にはえらい嫌われてたらしくて、いつも門前払いとか食らってたし。
ホント、トークには自信があるんだけど、場が貰えないと駄目だね」
「……トークに自信……?」
「天性のものがあるってよく言われる。オマエと話してると殴り倒したくなるって」
「御自分の欠点は解ってますのね」
だけど、と彼女が言った。
「──馬鹿。まだ、全て喋ってませんわね?」
「何を?」
「何故、……そのような危険な場所を、全域で”浄化”出来ましたの?」
「それは、まあ、チョイと、テクニック……?」
「馬鹿」
また叱られた。小さく笑われ、
「貴方は、対抗術式をある程度確立していましたのよね。王都で陳情の間、研究して、姉君にそれを伝えようとして、間に合わなかった。だから町で活動して大丈夫で、以後、国が”浄化”に乗り込めた訳ですわ」
「……何で、そう思うんだい?」
「だって私、見てましたもの」
彼女がそう言って、墓石代わりの木の杭から降りた。
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「貴族の屋敷で、まず”飲まれた”のは、警備の兵でしたわ。それは獣のように屋敷を荒らして、住人を殺戮……、というより、魂が無いので、破壊ですわよね? そこに軍の兵もおかしくなって雪崩込んできたようで」
だから、
「寝ていた貴族の一人娘も、起きる暇無く、壊されましたのよ」
そして、
「壊されて、それでいて、もっと酷いことされていく私を、私、見てましたの。この土地は魂を手放しにくい。だから私、自分の身体の外から、自分を見ていて。
──酷いんですのよ?
やめてって、やめてって、もうやめてって、何度も叫んでも、霊ですものね。聞こえませんわ。それでもう、泣いて、天井の隅で呻いていたら──」
小さく笑われた。
「──貴方が飛び込んできましたのよ」
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「待って」
僕は言った。
「霊はいなかったよ。君みたいなゴーストは、いなかった」
「当たり前ですわ。石に魂を吸われていって、消えかけてましたもの。出力低ければ、貴方にだって見えませんわよ?」
「じゃあ、何で、消えてないんだ」
馬鹿、と彼女が言った。
「貴方、私の部屋にいた人達を倒してから、膝着いて、泣き出したんですのよ。
御免なさい、御免なさいって、誰も救えなかったって。
でも、私、見ましたの。
ぼろぼろになった私の遺体に、貴方は布を掛けてくれて、顔を隠してくれて。あれがどれだけ私にとって、救いになったか!」
だから、
「私、貴方の傍にいましたのよ? 謝る貴方の背を抱いて、そんなことはないって、貴方は少なくとも、私を救って下さったのです、って」
ああ、と僕は思った。
「僕の、石に対抗する加護の中に入って、……消えずに済んだのか」
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「そう。ずっと、傍にいましたのよ?」
彼女は笑った。両手でここを示し、
「でも私、霊として薄くなっていて、貴方、全く気付かず、私をここに埋めて。
それでいて、翌日にはもう強がって、変な軽口叩いてて。──でも私、ここで見て、この土地の中にいたときは、貴方の横や背にいましたのよ?」
「御免、ちょっと、……プライバシーの侵害が……」
「私の身体、見たじゃありませんの」
酷い取引だ。だけど、
「表で軽く振る舞って、ちゃんと仕事して、裏で墓地の穴掘って、仲間達や隣人に謝って泣いて。……私、貴方の傍にいたけど、何も出来ませんでしたの。
御免なさい、って、謝って、私の墓標に膝着いて泣く貴方の傍にいて、そうじゃない、って、伝えたくて、でも、何も出来ませんでしたの」
ただ、
「貴方が出て行って、私、薄くなってることもあって土地を離れられずにいたら、でも少しずつ力が回復してたんでしょうね。姉君が気付いてくれましたわ」
「姉に、よくアゲられずに済んだね」
「貴方の傍にいるのは、気付いてらっしゃったそうですの。だから、何故って、そう問われて」
「じゃあ……、姉は、寂しくはなかったのか」
「貴方の話、一杯聞きましたわ」
彼女が僕の手を取った。
「貴方を見つけたとき、気付いて貰えるか解らなくて、……見えてますの、って問いかけて、顔を上げてくれたとき、どれだけ満たされたか」
「……胸見て御免。本能なんだ……」
「いいですわ別に、全部、気付いて貰えたということですもの」
寛容だ。神じゃないだろうか……。
ただ、彼女が視線を合わせてきた。
「有り難う御座います。──この土地を収める領主の代表として、騎士──、そう、中隊長は騎士位ですものね、騎士の貴方に礼を言いますわ。そして──」
そして、彼女は僕を抱き寄せた。巨乳。沈む。情けないけど、泣けてきた。
「──何も救えなかったなんて、そんなことありませんの。
貴方は、確かに私を、何重の意味でも、救ってくれたんですもの」
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どうしようかと、そう思った。
誰もいない土地。誰もいない教会堂の前。ただ誰もが埋まった墓地の前で、僕は彼女と夜空を見上げる。
「王都に行って、この浄化の解除というか、再開拓を求めてみようかなあ」
「貴族の領有権は十年生きますから、まだ私、領主でいられますわよ?」
「浄化の地でゴーストの領主って、間違いなく悪い噂として広まると思う……」
「いえ、そのときには私、領主ではありませんもの」
「……どういうこと?」
いいですの? と彼女が一回こちらの周りを浮かんで回る。
「その土地には思い通りにならない騎士がいて、でも現場に詳しいから王都側でも排除出来ずにいましたの」
「ああ、何か、そんな話、きいたことがあるね。凄いいい男の騎士なんだって?」
「そうですわね。だから領主は、一計を案じましたの。──その騎士が王都から帰ってきたら、なし崩しに一人娘と結婚させて懐柔してしまおうって」
「ちょっと」
「何ですの、新領主様」
「極端な行動を取るのはよくないと思います」
「でも私、貴方のこと、遠くから見てましたのよ? だから貴方の妻になると決められたとき、内心小躍りして。……死んでから、傍にいられることになるとは、思ってませんでしたけど」
だけど、
「私の胸とかお尻とか、興味ありますのよね」
「良いと思います」
そう、と笑って、彼女が言った。
「再会した頃、言いましたわよね?」
「何を」
ええ。
「”貴方に見つけて貰ったら、貴方が私の裸を見た最後の人になりますのね?”って。──見つけて貰ってから言うのは、卑怯でしたかしら?」
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