【番外編】マッシュルーム・スナップ7
「あたしたちに、ガイドを頼みたいって?」
「頼むよ。どうにか新潟まで抜けなきゃいけねえんだが、もう頼れる奴がいないんだ。道中、またあんなフグの化物に襲われたりしたら……オレたちだけじゃ、ひとたまりもねえ」
人形の街の最上階(つまりは顔の中を部屋にしつらえてある)で、髭面が頭を下げた。プラムとナッツは顔を見合わせて、少し困ったような表情をする。
「に、新潟に、ここから、抜けようと思ったら」ナッツの足元で地図を睨むタニシ帽子の少年が、少し舌ったらずな声で答えた。「どうしたって、し、
「お金はね! けっこう持ってるんですよ、自分たち! ぜんぜん、使うあてのないお金だったから……こういう時のためにですねえ……」
プラムはその白く細い指で
「え、えっ? 少ないッすか!? それ以上ってなると、その、色々……」
「少なかァねェが」ナッツがそのサザエの帽子を被り直して立ち上がり、腕を組む。「カバで霜吹を行くんなら、防寒具やら何やら、普段の倍以上、金ばかかるがよ。道中の出費を考えりゃ、うちから出せる人間は、一人がいいとこじゃァな」
「そ、そんなァ。そう言わねえでくれよ、一人ぽっちじゃ、オレたち……」
「んや、心配いらん」
ナッツはそう言って、壁にかけてある一本の銛を手に取ると、だん! と、その柄の先を床に打ち付けて、部屋に快音を響かせた。
「一人は一人でも、いッち番、強え一人が付く。実質、百人いると思ったらええ」
大勢の子供たちに手を振られて形の街をあとにした二人と二匹は、ナッツの案内に従って一旦西へ向かい、
「霜吹の商人どもは」林道の木漏れ日の中、ナッツはカバ車に乗る髭面と太田の膝の上に寝転びながら、ぼりぼりとカバ豆を齧っている。「林道を大回りに回って、うちの街を経由して、
「子供だてらに大したもんだ。今の時代、くたびれちまった大人より、おめえら若いもんのほうが、元気があって……なんつーか、清廉だァな」
髭面は人形の街を出てからこっちずっと上機嫌で、それはいつも隣にいる太田が驚くほどであった。あのいつも不機嫌な髭面が、膝の上に無礼な子供を乗せて笑っているなど、関所で壁を睨んでいた頃からは考えられないことだ。
「おめーも、早いとこ嫁に行ってよ。元気な子を産めよ、太田ァ」
「えっ。なに急に。セクハラすか? どしちゃったのほんと、イノシゲさん」
「考えてみりゃ、あの
「赤星、じゃと」
そこで、暇そうに豆を齧っていたナッツが弾けるように起き上がり、上機嫌な髭面の眼前に、その顔を突き合わせた。その、鮫みたいなぎざぎざの歯を食いしばり、鋭い瞳にめらめらとほむらを宿らせている。
「おっさん。赤星ちゅうたか。野郎に、会ったこつばあるんか!」
「い、いやっ、その」髭面は横目で、細かく頷き返す太田を伺い、曖昧な返事を返した。「き、聞いたことあるだけだぜ。あ、赤星は、群馬でも有名な、賞金首だからよォ」
「……ふん。なんじゃ。紛らわしい。おれは、てっきり……」
ナッツはつまらなそうに声のトーンを落とし、また、寝転ぼうとして……不意に、あたりに響きだした何かの振動音に、再び飛び起きた。
「……出たな。おまんら、そのまま動くな!」
「え、ええっ、なに、なに!?」
「お、太田、上だァッ」
髭面の声に上を見上げれば、何やら大ぶりのボーリングの球のようなものが、その羽を高速で羽ばたかせて、周囲に滞空している。うちの一体が、羽ばたくのをやめて球形になって落ちてくるのを、ナッツの閃く銛が打ち弾いた。
弾かれた球形のものは、そのまま林道の細木にぶちあたって、幹からそれをへし折ってしまった。その様子だけ見ても、恐ろしい硬さ、重量である。
「
「ほ、本当かよォッ」
二人は言われるままに、両手で頭を守って、カバ車の中でうずくまる。太田がちらりと前方を盗み見れば、ナッツ少年はまさしく山犬のごとき身軽さで銛を操り、降り注ぐ錫テントウ達を打ち落としてゆく。地面に落ちて、仰向けで暴れる錫テントウは、ハルとデイジーが持ち前の体重で圧し砕いてゆく。
「……わ、わああーッ、か……かっけェーーッ」
太田は今この場が、とてつもなく危険なそれであることも忘れて、その勇壮な光景に見とれてしまった。当然のように手はカメラに伸び、劇的な一枚を狙う。
そこへ。
二匹がかりの攻撃を、回転薙ぎで跳ね除けたナッツの方向から、一匹の錫テントウが、球形のまま、すごい勢いでブッ飛んできた。
「危ねえ、太田ァ」
咄嗟のことに身動きのとれない太田の背中を引っつかんで、間一髪、錫テントウは太田の手元を掠めて通り過ぎ、カバ車の壁をブチ破って通り過ぎていく。
「うおお……あ、危なかっ……」
「あ、ああーーーーーッッ!!」
「ど、どうしたッ!? どっかに当たったか!?」
「か、カメラが。カメラがーーっ……!」
悲痛な叫び声を上げる太田の手元には、錫テントウの身体に打ち付けられて、すっかりひしゃげてしまった一眼レフが握られている。
「馬鹿野郎っ! 伏せちょけッ!」
落ちてくる一匹をナッツの一振りが弾き飛ばし、宙を舞う錫テントウ達をビリヤードののうに二、三と叩き落せば、錫テントウ達はそこで見切りをつけたのか、カバ車に背を向けて林の中へ逃げ去ってゆく。
「……よし、連中、諦めたぞ。この、カバ達のお陰かもしれんな」
「太田! もう平気だとよ、なあ、起きてこいよ!」
「……。」
「お、太田……?」
「……んえっ!? あ、あはは、ごめんなさいっ! いやあ、すごかったッすね、ナッツくん!」
顔を上げて、精一杯いつもの笑顔を作ろうとする太田の目は赤く染まり、露骨に涙で潤んでいた。その睫毛に涙が伝って、ぽろりと落ちるのを、慌てて手の甲で拭う。
「お前、カメラを……」
「い、いいんッす。どうせ、……ずっと昔の、古い、カメラッすから。撮るより、見るほうが大事だって、お告げかもしんないすね。もう平気ッす、行きましょう、太田さん!」
髭面は戸惑いながらも、太田の言う通りカバ車の手綱を取って、その歩を進め出す。
心配そうに振り返るナッツに、太田は気丈な笑顔を返しながら、それでも……ひしゃげてしまった一眼レフを首に下げ、手を離そうとはしなかった。
◆カメラが壊れて落ち込む太田――。
一方、ミロ&アクタガワを救うため奮闘中のビスコとパウーは?◆
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