【番外編】マッシュルーム・スナップ4

 光り輝く夏の太陽が、ぎらりと浮き藻原を照りつけて、その緑色を一層強く輝かせた。昨日の雨に濡れた草木の露が、日光を受け止めて、草原全体をぴかぴかと光らせている。


 無事に忌浜いみはま北門を通過した太田おおたと髭面は、再びカバ車に乗り、浮き藻原を北上しはじめた。一点、異様なのは、上空を絶えず護衛の忌浜ヘリが飛び、ばらばらとプロペラの音を響かせていることで、これは太田にしてみれば気が散ってあまりありがたくないのだがまあしょうがないのであった。


「ぶるる」


「ばう」


 デイジーが鼻先でパスした大きな浮き藻を、ハルが受け、また大きく跳ね上げる。二匹はかれこれ十往復ほどはそのラリーを続けていて、その見事な曲芸のかわりに遅々として浮き藻原の行程は進まないのだった。


「コラーッ! 遊んでんな、お前ら! ゴー、デイジー! ハル、ハリアップ! ゴー!」


「べっつに、急ぐことなくないすか? いやーァ、空気が美味しいなァーッ! 関所の鉄臭い砂漠の風とは、清涼さが違いますねえ」


 短気な髭面と比べ太田はのんびりしたもので、原っぱから覗くへし折れた大砲やら、戦車やら、すっかり意味をなくした道路標識なんかをぱしゃぱしゃ撮っては、吐き出された写真を見つめてにやにや笑っている。


「野生動物出没注意、だって。……ははっ! 注意もなにも。巣窟じゃん」


「ここいらは二十年前まで、栃木領だったとこだからな。そういう公道の名残が残ってても、別におかしかあねえさ」


 髭面は、デイジーとハルの遊びを止めることをすっかり諦めたようで、ひとつ大きく欠伸をすると、太田の写真を覗き込みながら呟いた。


「栃木の誇る鋼鉄の戦車隊は、ここを舞台にした忌浜との軍事衝突で、そりゃもうボロ負けしたのさ……ほら、そこらじゅうに、戦車やら装甲車の残骸が、転がってるだろ」


「当時から、そんなに強かったんすか、忌浜自警って?」


「お前も見ただろ、あの、イグアナ騎兵をよ。ありゃ飛んだり跳ねたり、訓練するとえらい機敏な動きができるらしい。そいつに栃木戦車隊は、手も足も出なかったんだと」


「ボコボコにされちゃったんすか? イグアナに、戦車が!」


「そうさ。でもスナカバなら、イグアナになんか負けやしなかった。当時だって、群馬はスナカバを貸してやるって栃木に持ちかけてたんだ……その親切心を、バカにして跳ねつけやがって。へっ、自業自得だぜ」




「へぇーーっっ! イノシゲさんも、さすが公務員というか。色々知ってますね」


「お前も公務員だろうが、このボケ!」


 そこで、ハルが受け止め損ねた浮き藻が、髭面の鼻っ面に、ぼふん、と当たる。忌々しげにそいつを払いのけて、髭面は声を荒げた。


「おい、ところで、そろそろじゃねえのか? その、日光戦弔宮にっこうせんちょうぐうとやらは。ぜんぜん、影も形も見えねえぞ」


「あれえー? おっかしいな。この辺のはずですけどねえ」


 太田にしても、ただのんびりと未知の地域を歩くのが目的ゆえに、日光戦弔宮に特別が思い入れがあるわけではないのだが、とりあえず頭上のヘリにも行き先をそう伝えている。


『目的地周辺です。そのまま直進してください』


 先行していたヘリから、通信機ででアナウンスがあったので、二人はひとまず安心し、そのままカバ車を進ませていくと……


「……何だここ?」


「……穴、ッすかね?」


 地面を抉るような巨大な穴が、そこにぽっかりと口を開けている。


「どゆことすか? あっ、そうか、この穴の奥に、ご本尊が……」


「あるわけねえだろ! 何だ、ここは!?」


『到着いたしました。ごゆっくり、撮影をお楽しみください』


「どこに到着したってんだ、バカ野郎ォ」太田の持つ通信機を引ったくって、髭面が怒鳴った。「こんな穴ボコの、何を撮って楽しめってんだ。俺たちは、日光戦弔宮に行きたいって、最初ッから言ってんだろォ」


『日光、戦弔宮……座標は、ここに、間違いありませんが……』


 通信機越しのウサギ面は、言いながら流石に自分でもおかしいと思ったのか、ひそひそと仲間内で相談しあった後、返事を返した。


『……周辺を捜索します。少々、お待ち下さい』


「待って。イノシゲさん、あれじゃないッすか?」


 そこらを双眼鏡で見回していた太田は、草原のはるか遠くに、薄く煙を上げる、何か巨大なものを指差した。髭面が太田から双眼鏡を受け取って見てみれば、たしかにその巨大なものには、変な方向に突き刺さった、巨大な鳥居のようなものが見てとれる。


「……あんな、変な寺だったかな? しかも、わけのわからねえ場所に……」


「行ってみましょうよ、イノシゲさん!」


 太田にしてみれば、そこが戦弔宮であろうがなかろうが、興味深ければなんでも良いのだった。髭面はそれを解りつつも、ハルとデイジーの手綱を取って、それへ向かってゆく。


 時間にして十分ほど、カバ車を進めていくと、驚くべき光景が二人の目の前に姿を現した。


「こ、こりゃあ……」


「キノコだ……き、キノコだぁっ!」


 日光戦弔宮が、役目を終えた戦車や大砲を祀る寺であることは、二人も知っている。ただ、眼前に広がる戦弔宮の姿は、その予想を完全に超えるものであった。


 錆び付いた兵器の残骸から、いくつも赤いキノコが豊かに傘を広げ……地面から盛り上がった石畳の下には、驚くべきことに、巨大な甲殻類の爪のようなものが覗いている。


「す……すげえーーっ!」ぱしゃぱしゃとシャッターを切る太田が、頬を紅潮させて叫んだ。「何してんすか、イノシゲさん! もっと寄って!」


「バカ言え! なんでわざわざ、キノコの近くに……」


『撮影を中止してください』


 はしゃぐ太田に水を差すように、通信機から無機質な声が響いた。それまで沈黙を保っていたヘリが急に高度を落とし、目の前で旋回して、ちょうどカバ車と戦弔宮の間を遮るような形になった。


『本件は機密事項になります。撮影を中止してください』


「な、何だァ、急に!?」


「何いってんすか、こんな、すんごい被写体の前で!」太田は、シャッターチャンスを邪魔されたことによる興奮で、似つかわしくない怒声を張り上げた。「どいて、どいて! いちばんいいとこに、被ってるから!」


「バカ、太田! やばいぞ、こいつら……!」


 それまでと一転、剣呑な気配を隠そうともしなくなったそのヘリは、二人の目の前で、機首に備え付けられたレンコン機銃を、ぐるぐると回し始める。


 今まさに、弾丸が二人へ向けて火を噴こうとする、


 その直前に。


 ぐばおん! と、大地を揺るがす轟音を立てて、戦弔宮のその巨大な身体が持ち上がり、その下部から伸びた巨大な前脚が、眼前のヘリを叩き落とした。ヘリは一瞬でぐしゃりとひしゃげてしまい、千切れ飛んだプロペラの翼が、危ういところでカバ車を掠めてゆく。


 大口を開けて、ヘリの鋼鉄のボディをむしゃむしゃと咀嚼するのは、戦弔宮そのものを背負った、とてつもない大きさの『やどかり』であった。


 顎が外れんばかりに口を開き、恐怖にすくみ上がる二人を乗せて、ハルとデイジーは咄嗟に方向を変え、いつもの四倍ほどのスピードでそこから遠ざかってゆく。


「あ、あ、あ、ありゃ、な、な、なんだ!?」


「イノシゲさんっっ!!」カメラからべろりと吐き出された一枚を見て、太田が恐怖と興奮の絶頂に、思わず叫んだ。「す、す、すっっごいの撮れた……すんごいの撮れたっっ!!」


「言ってる場合か、バカ野郎ォォッ」


 太田の汗ばんだ指に挟まれた写真には、その『日光戦弔宮』が、前脚でヘリを鷲掴みにする、決定的瞬間が捉えられていた。その一枚の歴史的価値はともかく、二人は少しでもそこから遠ざかろうと、一層ハルとデイジーを駆り立てるのだった。



◆ビスコたちがぶっとばした戦弔宮(?)にたどり着いた太田と髭面!

 ――明日の更新はふたたび本編へ!◆

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