第8話 「俺達の戦いには欠けているものがある」
ノーズライナから行ける自然豊かな山。その最も高い場所には、広く開けた場所がある。
このダンジョンを使用されて行われるクエストでは、ここに討伐特定されたモンスターが現れることが多い。今回のグリフォンもここに出現する。
ただ戦うのは道中に出現した通常のグリフォンではない。クエストのボスに設定され強化されているグリフォン。エリートグリフォンとでも言うべき存在だ。
事前に集めた情報で攻撃手段の多くは通常のグリフォンと変わらないようだが、同じ攻撃でも体格やステータスの数値が違うだけで異次元のものになりえる。だがそれ以上に……
「おーい黒いの、本番はこれからじゃぞ」
すでにこのロリババアの相手を道中だけでなく、戦闘中もずっとしてきたから疲労困憊ですよ。体力的には問題ないけど、精神力的にレッドライン……
「黒の、聞いておるのか? わしのようなプリティなヒロインを無視するでない」
「誰がプリティだ? 誰がヒロインだ? 俺にとってお前はどっちでもない」
「何じゃと!? 確かにヒロインは黒竜使いやあの老騎士の方が適性があろうが――」
ゲーム内で考えたらルシアはともかくアイゼンはありえねぇから!
だってあの人、中身はともかく見た目は男だよ。激渋の老騎士様なんだよ。そんなのがヒロインとして扱われて良いだろうか、いやない。俺が反語を使うくらいありえない。あってはならない話だ。
もちろん、あっちをヒーローにして俺をヒロインとして扱うのもダメだぞ。別に俺は毎度の如く攫われたりもしなければ、記憶喪失で謎の組織に追われてるわけでもないからな。
「――プリティなのは事実じゃろ!」
「何が美しいだ。もう少しスタイル良くなってからそういう言葉は使え。お前に許されるのはせめてキュートくらいだ」
「まあそうね。プリティって綺麗とか美しいって意味だし、エルダさんの見た目だとキュート。つまり可愛いが適切よね」
唐突に話に入ってきますねアリスさん。
まあ別にいいんだけどさ。俺がどうしてキュートって言葉を使ったのか、その理由まで解説してくれたし。
「おぬしらな……わしが年上だということを理解しておるのか。わしはすでに成人しておるレディなのじゃぞ」
「そんな自己申告だけで納得できるものか。納得してほしいなら証拠を見せてみろ!」
「くっ……痛いところを突きおって。大人でも物理的に距離がある場合、おいそれと解決できるわけではないのじゃぞ。休み的にも金銭的にも……」
一般的な社会人の現実をさらりと教えられた気がするが、今は気にしないことにしよう。だってこの人の闇を覗く気がするし、数年後の自分を見ることになりそうで怖い。
明日葉や晴乃さんの如く容姿端麗、頭脳明晰ならばエリートな人生を歩めるかもしれない。だが得意分野もあれば苦手分野もある。平均すれば良くても中の上ほどの点数にしかならない俺では可能性は低いだろう。
まあテストの点数だけで仕事が出来るかどうかは決まらないとも思いはするが。
勉強は出来ても仕事が出来ない人って居るのも事実だし。コミュニケーション能力だとか人間性とかの方が必要なことも多いだろうしね。
作家さんとかだって編集者との打ち合わせとかもあるわけだし、仕事は自分ひとりでは成り立たないって思ってた方が良い気がします。そういう意識があった方がちょっとしたことでぶつかる回数も減るだろうから。
「おぬし、こんなかよわい女の子をいじめるとは主人公というより悪役じゃな」
「かよわい? 女の子?」
「何じゃその挑発じみた顔と声は……燃やされたいのか?」
散々俺のことを挑発したりしてきた奴が何を言うとるんじゃ。ちょっと耐性低すぎないですか。大人だと言うのならもっと落ち着きを持ってくださいよ。短気は損気って言うでしょ?
「まあまあふたりとも落ち着いて。確かに現実はともかくゲーム内のエルダさんがかよわいかどうかは分からないわ」
「ふ……」
「その勝ち誇ったような顔、凄まじく腹が立つんじゃが! じゃが!」
気が立ってるからか知らないけど、何で某スマホゲームに出てくる第六天の魔王様みたいになってんの。
まあ一人称も同じだし、偶然そうなっただけかもしれないけど……こいつ、本気でツンデレやったらある程度の需要は確保できるんじゃないだろうか。
「でもねナグモ、女の子は何歳になっても女の子として扱われたりものなの。だからあんまりエルダちゃんをいじめちゃダメ。もっと優しい男になりなさい」
「ふん……」
「くっ……これまでになく腹が立つ顔だな。さらっと子供扱いされたくせに」
「わしはちゃん付けでも構わん主義じゃ! ……いつもいつも……どいつもこいつもわしのことはちゃん付けするからな」
うん、何かごめん。
あなたもあなたなりに苦労してるのね。時と場合にもよるけど、もう少し優しくできるように頑張ってみるよ。
その心意気が功を奏したのか、そのあとは目的地まで比較的穏やかな時間を過ごすことが出来た。これがただの慣れから来るものではなく、自身の心の成長だと思いたい。
「さて、この道を奥に進めばボス戦なんだけど……作戦のおさらいって必要かしら?」
「特に必要ないじゃろ。わしが魔法をぶち込む、黒いのが突っ込んで斬る、美丈夫が回復支援。ここまでの道のりどおりの単純かつ明快な作戦なのじゃからな」
必要ないと言いながら最後まで語るとはこれ如何に?
まあ簡潔なものだったからツッコミを入れるのもどうかとは思うんだけどね。なので俺は口を噤むことにします。口は災いの元って言うし……
「まあ、真っ先に死ぬにしても黒いのじゃから大丈夫じゃろう」
「俺、前衛ですよ。注意を引く役割もあるんですよ。それが死んだら後衛の皆さんは大変だと思うんですが?」
「確かにそうじゃが……わしらの場合、互いにダメージを与えての注意の引き合いじゃろ? 確実性はど頑張っても欠けるのじゃ。故にどちらが死んでも倒すという心持ちでおらんといけんじゃろ?」
それはそうじゃが……それでも言い方ってもんがあるじゃろ。何でロリババアはわしの気に障るような言い方ばかりするのじゃ。わしは聖人ではないのじゃぞ。鋼鉄の心は持っておらんのじゃ。
のようにふざけた返しをしていては先に進むのが遅くなる。
そのため素直な返事をして先に進むように促した。
奥地に居るボスグリフォンを狩ることが今回の目的なだけに否定の言葉が出るはずもなく、俺達は先へと進む。エルダは少し物足りなさそうな顔を浮かべていたがそこは気にしなかった。いつでも構ってたら構ってちゃんは調子に乗るからね。
奥地に足を踏み入れると、無数のポリゴンが出現する。ひとつの塊になるように集合しながら姿を変え、巨大なグリフォンが現れる。
「お~さすがはボスじゃな」
半分ほど興味なさそうな声で言われても何も響いてこないんですがね。
でもまあ……仕方ないと言えば仕方ないかな。そのへんのグリフォンと比べても一回りほど大きいくらいだし。くちばしと爪はそのぶん大きくなっているし、背中の両翼は刃みたいな鋭いものに変わってるけど。
だがエルダとのやりとりで霧散した集中力が一気に戻ってくるほどのインパクトはない。気持ちを入れ直さないといけないんだけどね。
「キュイアアァァァァッ!」
鳥獣と言えそうな存在なだけに実に鳴き声も鳥に近い。狩り慣れている竜種が比較的低音の鳴き声なこともあり、この手の高音の咆哮はうるさく感じてしまう。
だが気持ちの切り替えには良いトリガーになった。
基本的な攻撃パターンは通常のグリフォンに酷似していそうだが、まずは様子見からだ。そう決めた俺は背中に右手を伸ばし、愛剣を抜き放つ。
「行け黒いの、電光石火じゃ!」
「俺はお前の手持ちじゃない……まあ行くけどな」
ボスグリフォンの側面に回り込むようにしながら接近していく。
現状のパーティー内では最速のステータスを誇ってはいるが、世の中には慣性の法則というものがある。思いっきり突っ込んだ次の瞬間に敵を動きを見て方向を急激に変えるのは難しい。
同タイミングで敵が突進なんかしてきたら……考えるまでも事故だな。敵を大きさを考えたら車に引かれるようなものだし。
ゲーム内は現実よりも遥かに強靭な肉体だとはいえ、出来ればそんな目には遭いたくはない。痛覚に関してはほぼ感じないように設定されているが、衝撃は普通に存在しているのだから。
「キュィア……」
近づいてきた外敵を排除しようとグリフォンの視線が俺を追い始める。
まず最初の目的である注意を引くことには成功したようだ。これでエルダは焦ることなく魔法を放つことが出来るだろう。
サボったら激おこぷんぷんまるだがな! ……これってもう古いのかな?
「では、わしも本格的に舞い踊るとするかの!」
「調子に乗り過ぎてナグモのこと巻き込まないように気を付けてね」
「善処はしよう!」
そこは確約してくれませんかね!
俺のアバターは脳筋構成ですよ。これまで魔力にはボーナスを1ポイントも振ってない完全脳筋なのですよ。同レベルのプレイヤーと比較しても魔法防御力は最低値なの。魔力がガン振りしてそうなお前の魔法なんてボスの攻撃以上に凶器なんだから。
「せあっ……!」
ボスグリフォンの前足を軽く斬りつける。ダメージが微々たるものなので表示されているHPバーの変化は皆無と言っていい。
しかし、次々と火球が飛来しグリフォンに命中したことで目の見える形でHPが削れる。
魔法の威力や回転数が上がっているような気がするが……この上がり方は課金の額を増やしたのだろうか。それともある一定の熟練度に達すると上がり方が変わるのか。
いや、どちらにしろ俺には関係のないことだ。だって俺は脳筋。魔法を使うことは今日もこれからもありはしないのだから。
「そらそら、どんどん行くぞ!」
嬉々とした顔で舞を踊るように火球を放つ金髪ロリ。異世界で出会って魔王だと言われても信じそうな姿である。あれだけ火球を飛ばされると俺としては恐怖でしかない。
何でこのゲームってフレンドリーファイア有りなんだろうね。
おかげで迂闊に攻撃できませんよ。巻き込まれたら焼き鳥にされちゃうもん。
まあ緊張感や仲間との連携を考えると重要な要素だとは思うんだけどね。ギルド関連のイベントとかあれば、連携が鍵を握りそうだし。野良でパーティーを組んだ時に揉める可能性も増えそうだけど。
なんて……そんな仮定はどうでもいいんですよ。
今この場で大切なのは俺のことだけ。我が身のことだけです。
俺には魔力コーティングされてるような防具もなければ、障壁を展開できる魔法もありません。魔法に関して出来るのは回避だけでございます。
「……鳥が焼いておると焼き鳥が食べたくなってくるな。今日の晩酌のつまみは焼き鳥にしようかの」
ロリババアが何か言ってるけど無視しよう。
本当はね、俺にもひとつだけ魔法を迎撃する手段があるの。
でもそれは凄く大変なことなの。だって……アーツで魔法を粉砕しないといけないから。
「むおっ!? おい黒いの、しっかりとそっちも攻撃せんか。わしばかりに注意が向いとるではないか!」
あれだけポンポン魔法ぶち込めばそりゃそうなるわ!
人のせいにするのやめてくれるかな。俺だって攻撃できるならしてますよ。今だって決死の覚悟で近づいて《バッシュ》をぶち込んでますよ。
でもさ、レベルの高いそっちの方がダメージを稼ぐのは仕方ないじゃないですか。俺だって努力してるんだから少しは我慢して。
話を戻す。
武器アーツは基本的に無属性が多い。だが熟練度が上位になれば属性の付いたものが使えるようになる。
この属性付きアーツを使えば、魔法を迎撃することが可能なのだ。おそらく仕様としては魔法に魔法をぶつけて相殺している、みたいなことになっているのだろう。
詳しいことは知らん。だって俺は開発側の人間じゃないから。
「キュイアアァッ!」
グリフォンは咆哮と共に両翼を羽ばたかせてエルダへ風刃を放つ。懸命に回避行動を取る彼女をしり目に、俺はグリフォンへ接近しアーツを叩き込んだ。
「キュィ……」
「あー……今度は俺なんですね」
いやまあ仕方がないことだけど。でももう少しエルダを狙っててもいいんじゃないかな。俺だってもう少し考えたいことがあるんだし。
それが何かというとさっきの続き。
実際にアーツで魔法を粉砕しているところを目にしたことはないが、検証した変人……物好きが居たそうなので確かな情報らしい。気が遠くなるほど検証して偶然成功しただけらしいが。
いや、本当によくやったと思うよ。
だって魔法って基本的に速いものばかりだし。アーツは攻撃モーションが決まってるからね。多少軌道は変えられても動きの大半は固定なの。
単発なら動体視力の良い奴なら出来るかもしれないけど、エルダさんみたいにポンポンと魔法を放つような人相手にやるのは無理な話っすよ。
そんなことが狙って出来る人が居たら俺はブラッキー先生と呼んじゃうね。まあ……属性付きのアーツが使えるようになったら試してみようとは思ってるけど。だって狙って出来たらカッコ良いじゃん。
「ナグモ!」
「ん? ――は!?」
声の方に意識を向けると火の玉魔球が向かって来ていた。
驚きもあって反射的に上体を反らすと、奇跡的に回避することに成功。急激に反ったので、もしもこれが現実だったら間違いなく腰を痛めていただろう。
「……危ねぇだろうがクソババァ!」
「おい小僧、ババァに関してはこの口調故に許してやるが何がクソじゃ。せめてロリババアと言わんか!」
それで良いのなら毎度そう呼んでやろうか!
「大体わしに文句を言うな。火球を避けたそこの鳥に言わんか。そやつが避けるから悪いんじゃ!」
「それでも一言謝るのが良い大人なんじゃないの!」
「良きマトリックスじゃった!」
それは謝罪じゃなくて誉め言葉!
そう言いたかったが、茶番をしてないで自分を見ろと言わんばかりにグリフォンが前足の爪で攻撃してきた。
思いっきり地面を蹴りながら身体を後ろに反らし、剣を持っていない手を地面に着いて回る。
片手バク転なんて現実では無理だけど、そんなことも出来ちゃうのが仮想世界の良いところ。まあ現実でも努力すれば出来る可能性はあるとは思うけど。というかそれ以上に……
「……緊張感に欠けるよな」
これ一応クエストのとはいえボス戦だよね。何でここまで気楽な雰囲気なのかな。これが俺達と言えばそうなんだけど……たまには真剣に戦ってもいいんじゃない?
だってアリスの頼みでやってるんだしさ……うん、今目が合ったら何か投げキッスされた。どうやらこの空気は気にしてないらしい。むしろ楽しんでいる気がする。
なら……しょうがないかな。
とりあえず騒がしくなってもいいから無事に終わらせることにしよう。緊張感のある戦いはまた今度で良いや……
類は友を呼ぶ? ~俺、七本の剣で戦います~ 夜神 @yagami-kuroto
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