「京都烏丸のいつもの焼き菓子 母に贈る酒粕フィナンシェ」の話
ウェブ小説出身作家が初めて書下ろしを出す話
お久しぶりです。これはnoteに書いた記事の転載なのですが、カクヨムのこのエッセイをフォローしてくれた方にも読んでほしいなーと思ったので……。二年五か月たって私もだいぶ落ち着いたので(本当か……?)あんまり嘘もつかなくなったので前回ほどでたらめじゃないです。よろしくお願いします。
では続きをどうぞ↓
9月15日にKADOKAWAの富士見L文庫というレーベルから「京都烏丸のいつもの焼き菓子 母に贈る酒粕フィナンシェ」という本を出します。
私にとって二冊目の本で、書下ろしです。一冊目はウェブの公募からの拾い上げなので、初めての商業での書下ろしです。いろいろあったので、とりあえず今思っていることを書いておこうと思います。ノウハウという点では一切参考にならないと思いますが、まあこういう人もいるんだな、と軽い気持ちで読んでくれればいいと思います。
私はずっとネットで小説を公開してきた人間です。自分のサイトを作る気力はないのでずっと投稿サイトを利用していました。今は「小説家になろう」と「カクヨム」と「ステキブンゲイ」を主に使っています。
何年か前の「カクヨム」のコンテストに応募したところ、賞は全然まったくひっかからなかったのですが、そこから編集者の方に拾い上げてもらって一冊本を出すことができました。
本はすごく売れたわけではないのですが、担当編集の方(今は変わってしまったのですが…)に「次は書下ろしで出してみませんか?」と提案してもらえて、「わかりました。京都で男女二人がケーキ屋さんやる話とかどうでしょう」と返信しました。これは私が前から自分用に考えていたアイディアでした。担当さんには「いいですね!プロットを用意してください」と言ってもらえました。
そこからプライベートでごちゃごちゃしたり、趣味の長編小説(「私の声が届くひと」というやつです。)をどうしても書きたくなったり、とぼんやりしているうちに半年ぐらい経ち、それからようやくプロットに取り掛かって、担当さんに送って、見てもらいました。正直「もうだめかもな…」と思ってたんですけどちゃんと見てくれました。親切。
最初のプロットの手ごたえはそんなに悪くなかったのですが、そこからずいぶん苦労しました。小説についてこんなに苦労したのは初めて、というか、小説に関して苦労したのは初めて、だったのかもしれません。
noteでもいつも言っているのですが、私はウェブ小説でも人気がない(noteでも人気ないので何回も言ってるのに「毎度おなじみの」感もないのですが)タイプです。大きな反応を狙うよりまず自分が何を書きたいのか、今何が書けるのか…というところから話を組み立てていました。まったく反応を狙っていないわけではないですが、遅筆なので自分がそこまで書きたくないものにあんまり時間を使いたくないのです。書きやすくて自分の好きなものを書く。たまにそういう気分だったら反応がもらえそうなものの中から自分の書けそうなものを書く。そして、そういうのが好きな人に読んでもらう。人気はない、と言いつつも、どの話にもある程度の反応はもらえました。ウェブ小説は流行一辺倒だみたいな言われ方もしていますが、まあ主流はそうなりがちなんでしょうが、基本素人が好きに書いているものなので人気を度外視すれば商業よりもずっと多様です。そして案外読者の方も多様なんですね。「小説家になろう」は特に利用者がめちゃくちゃに多いので、どんな話でも目に付いたらとりあえず読んでくれるタイプの読者さんもたくさんいます。私は「人気がほしい。デビューしたい」と思いつつ、そういう状況にある程度満足して、なかなかその状態から踏み出せず、そして、ほとんどそのままデビューしました(「日当たりのいい家」は完全に自分の趣味のために始めて、ゆっくりゆっくり三年ほどかけて書きました)。
プロットを修正してほしいと言われて、のろのろ時間をかけて修正して、そこで手ごたえが悪くなりました。担当さんの指摘でこの修正がだめだ、ということはわかるけれど、正解がわからない。また直して、また直して……ということを繰り返すうちに、「私は本当に小説が書けるのか?この話は本当に出版されるのか?私は永遠にプロットを直し続けるのか?この戦いにそもそもゴールはあるのか?」という疑心暗鬼にとらわれました。前回の書籍化は「この小説を本にする」というゴールが見えていましたし、おそらくよほどのことがなければ私が出したいと思っていても相手の都合でだめになる…ということはなかったと思います(どうなんですかね…)。でも、書下ろしは完全にゼロからのスタートです。「いいものができたら本にする」であって、私が走り続けても見当違いの方向に行っていたなら本は出ません。自分でどこにゴールがあるのか見つけなくてはいけない。
今にして思うと当時の私は自分が書けそうな話のプロットを作っていて、富士見L文庫のラインナップの一つとして商品になるものを提案する、ということが全然できていなかったのだと思います。担当さんはあくまで富士見L文庫の編集者であって、私のための編集者ではないのですね。当たり前ですが。私がなにが得意とか、何なら楽しくかけるとか、そういうことは全然関係ないんです。そして商品になるものを求めているだけであって、「古池ねじ」という書き手がゴールまでたどり着けなくても構わない。当たり前なんですけど、自分でやるまでわかっていなかった。
それからどうにか「自分に書けるか」は気にせずに、面白いと思ってもらえるプロットを作ることを心掛けました。そういうつもりで何回か直すうちにプロットが通って、執筆にとりかかることができました。
物語をつくるのに、「自分」ではない基準に従うこと。多分それまで、私はそういうことを何かに負けることだと思っていたんです。口にすることはなくとも、そういう曲げ方をしたくないと、多分どこかで思っていた。でも、実際やってみると、それは負けることではなかったんですね。本当に、そうじゃなかった。私は自分が書けるかもわからず作ったプロットにのっとって小説を書きながら、「自分にこんなものが書けるんだ」と思いました。こうも思いました。「こんな本を読者になって読みたい」と。
正直修正を要求されたプロット、私が私の書きやすいよう作ったプロットで書いても、私や普段私の小説を読んでくれる方には、面白いものになったと思っています。でも、そうじゃない人たちに「読んでみたいな」と思わせるものにはなっていなかったかもしれません。商業という基準が加わることで、私は書き手としての自分にできることが増えた、というか、自分も知らなかった自分にできることを見つけられたと思います。
自分の好きなことばかりしていると、だんだん「好き」が自分に合わせて小さくなってしまう気がする。だから小説を書くことを自分の外側と触れさせることができて、今まで少し小さくなっていた「好き」がまた大きくなった気がする。
と、前述の書籍化エッセイに書いたのですが、今回も本当に、そうだなあ……、と、自分の書いたことを自分で実感したのでした。まあ、前に学んだことを忘れているだけかもしれませんが……。でも人生ってそんなもんでしょう。私の場合はね、そんなもんです。違うことの中での、同じことの繰り返し。
もちろんプロットが通って執筆を始めたらそこから順調、というわけでもなく、大きな改稿(五話構成予定を四話にするとか……)を求められたりもしたのですが、プロットと比べてそこまでの精神的負担ではなかったです。前回の改稿作業でも思ったのですが、どうも私は遅筆なわりに改稿は平気なタイプみたいです。プロットのゴールが見えにくいのに比べて、小説のゴールはイメージしやすいからかもしれません。そういうこともやってみないとわからないし、自分だけでコントロールできる創作活動をしていると、意外にやらないで済むことが多い。周りが当然やっているプロセスを省いていても、「自分はこれをやってない」と意識すること自体ない。
何度かの改稿と、去年一旦最終稿が出てから「この内容なら刊行時期を秋にしたほうがいいのでは」という担当さん(当時の)からの提案での待ちもあって、ずいぶん時間がかかりましたが、私の初めての書下ろし文庫、「京都烏丸のいつもの焼き菓子」、とうとう9月15日に発売です。京都の烏丸御池にある小さな焼き菓子屋さんで不愛想な店長さんと愛想のいい店員さんと、いろいろなお客さんが関わっていく連作短編です。
初めて私の本を読む方はもちろん、タイトルやあらすじで「あ、ねじさんって商業だとこんな感じなんだ…」と意外に思っている方にも是非読んでほしいです。私も知らなかったんですが、私はこういうことができるんですよ。私も知らなかった。知れてよかった。
あと刊行時期を待っている間に担当さんが替わりました。そして、今更ながら、担当さんにはこのご時世に、私のような受賞したわけでもない拾い上げの新人でも、一人の書き手として育てるつもりで接してもらえたんだな、と、しみじみありがたく思います。当時は自分も必死でよくわからなかったのですが、すごいことです。担当さんは私のための編集者ではないのですが、でもずっと味方でした。ゴールに連れて行ってくれるわけではなくても、一緒にゴールを考えてくれましたし、見当違いの方を向いている私を待ってくれましたし、私の書いたものを、面白い、好きだ、と言ってくれました。
いろいろな方に支えてもらったことを深く感じていますし、多分私が今気づいていない人にも支えられているんだと思います。小説を書くことは楽しいし、書くこと以外の周辺にあることも楽しい。すごく大変でしたけど、そう思います。
いい本になったので、よろしくお願いします。
参考にならない書籍化体験記(この物語はフィクションです。) 古池ねじ @satouneji
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