うなぎ攻防戦

 魔王を探しに行きたいと言う彼方かなたは、しかし力強くうなぎとか叫んだ。

「……残念だけど、うなぎは絶滅危惧種で、もう今は食べることはできないんだ」

 真顔で言ってみた。果たして彼方かなたはえええっと叫んだ。

「えええ、だって。テレビで食べてたぞ」

「……前にもちゃんと言っただろ。テレビのは大半が作り事だって。お前が見たうなぎも、うなぎを食べたいという人間の願望が作り出した嘘事フィクション。昔の話。残念だけど、現在この世界でうなぎを食べることは重罪だ」

 よほどうなぎを夢見ていたのかなんなのか、彼方かなたが「おおおおお」と呻きながらくずおれる。

「そんな……ばかな……うなぎ……この世界のうなぎも美味そうだったのに……」

「なに、お前うなぎ好きなの?」

 うなだれながらもこっくりと大きく頷く彼方かなた

「大好物だ。うなぎ、大好きだ」

「へー。そりゃご愁傷さま」

 うなぎ高いから。特別好きってわけじゃないし。おごるの絶対やだ。

「でもなぁ。あのうなぎ屋が偽物なぁ。すごくリアルだったがなぁ」

 肩を落としてため息をつき、しかし彼方かなたは微妙に首をかしげる。

「ちゃんと店の名前もメモったんだけどなぁ」

 ごそごそと小さい紙切れを取り出した。

「ほら、見てくれよ」

「……いや、俺もお前の世界の字は読めないんだけど」

 メモっとくとか用意いいな。侮れない。

「ちゃんと書いてある。あつみ、かんたろう、ひくまの、さくめって」

「…………ふーん、リアルなドラマだったんだなー」

 見事に地元の有名店が並んだ。旬でもないし夏でもないのに。誰だ、うなぎ屋特集とか組んだやつ。

 彼方かなたが口惜しそうに紙を見つめる。

「あんな美味そうに食べてみせて……連休はぜひ皆さんもって言って……それが嘘とは」

 紙を握りしめてぷるぷるしていた彼方かなたが天を仰いだ。

「そんなの、魔王の所業だ!」

「…………え、うん」

「希望を見せておいて絶望にたたき落とす。魔王の常套手段じゃねーか!」

「…………あ、そう」

 許すまじと怒りの炎を燃え上がらせる彼方かなたにちょっとおののく。そんなにうなぎ食べたかったのか。

 それにしたって。

「ちょっと聞くけどさ。連休に魔王を探しに行きたいって言ったよな?」

「ん、ま、まぁ、な」

「けど本当はうなぎを食べに行きたかっただけだよな?」

「う、や、まぁ。まぁそうかもな」

「で、うなぎが食べられないと知って、それを魔王の所業と?」

「お、おう。だ、だって、そうだろ」

「ふむ」

 勇者の優先順位、魔王<うなぎ。そして不都合は魔王のせい。

 さすがに魔王も泣くだろ。そう思ったので、言ってみた。

「さすがに魔王も泣くだろ」

 きょとんとした彼方かなたは、しかし胸を張って答えた。

「勇者だからな。魔王は泣かせてなんぼだ」

 なるほど。ん、いや、え、そういうはなしだっけ?

「それより、なんとかして食べる方法はないのか、うなぎ。どっか闇うなぎ屋とか」

 まだ諦めてなかった。しかも闇うなぎ屋とか、勇者から面白い単語出てきた。

「そんなのあるわけないだろ。だいたい、そうやって欲張って食べたりするから、うなぎが絶滅しそうになるんだぞ。この世界からうなぎがいなくなっていいのか、いやダメだろ。将来のため、子孫のために、今はうなぎを食べるのを我慢してるんだぞ。それなのに、お前は。異世界から来た勇者のくせに。うなぎを食べようとするのか」

 勢いに任せて言ってみたら、彼方かなたはしゅんと小さくなった。小さな声で悪かった、と言う。

「俺、こっちのうなぎがそんな大変なことになってるなんて知らなかったからよ」

 はぁと大きくため息をつく。

「それにしても、なかなか罪作りだな、テレビってやつは。ほんと旨そうだったんだ」

 恋しげに宙を見つめる。

「串に刺して焼くと脂がしたたってて、タレが絡められて輝いて、焼き目は香ばしそうで、身はふっくらしてて、旨そうな蒲焼きで、肝吸いもあって。あれが食べられないとは残念だなァ」

「……ふ、うまそう。やっぱ食べ行くか……」



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