テレビで蒲焼き見ちゃった彼方さん

 先輩にもらった小メロンの漬物をぽりぽりかじる。漬たれは醤油ベース。飯にも酒にもいいお伴だ。

「ほう、うまいな。なんとも言えないふわっとした歯ごたえだな」

 彼方かなたは初めて食べるらしい。うんうん頷きながら喜んでいる。

「そっか。良かった。先輩の奥さんが漬けたらしいよ」

 先輩がたくさんある小メロンをくれるというので家へ寄ったら、すでに漬けたやつをくれた。自分でやるのは面倒だったのでラッキー。

 ぐいっと酒をあおり、彼方かなたが満面の笑みで「なぁ」と言ってくる。

「ところで。ごーるでんうぃーくってなんだ?」

「は?」

 また唐突に。

「いや、テレビがよ、最近やたら言ってるから」

「ああ、テレビか。……祝日が集まってる大型連休で、企業とかがこぞって休みになる期間、かな」

「ほほう! なるほどなるほど、みんなの休みか!」

 にやにやと笑みを深める彼方かなた。その顔を見るに、こいつはすでに知っていて敢えて聞いてきたようだ。

「じゃあ、お前も仕事休みか? 連休か?」

 なにを企んでいるのか、彼方かなたのにやにやが止まらない。

 そういえば今日は職場でもそんな話をしたな、と思い出した。



 仕事を終わらせて向かったロッカールームで、見知った顔が集まってなにか盛り上がっている。なんとなく面倒な予感がして、そっと避けてロッカーへ向かう。それでも大きな声は十分聞こえてきた。

「なんか飯田はグアム行くらしいぞ」

「まじかー。うらやましい! これだから新婚は!」

 話題はどうやら間近にせまったゴールデンウィークらしい。近寄らなくて正解だった。

「え、橋本はどっか行く?」

「あー? まぁ、子供まだ小さいからな。どっか近場で遊びには行くと思うけど。まだ未定」

「そっか、近場か」

 聞いてどうするのかは知らないが、先輩があっちにこっちにと話を振っている。

「え、高田は?」

「どっこも行かんなー。嫁の実家の茶摘みに行かんといかんし」

 この時期は茶農家や製茶業家は超繁忙期だから一族総出だ。

「俺もっす。休み中に田植え終わらせるから来いって言われてて。まぁ毎年のことですけど」

 連休に一気に終わらせるところ多いから。珍しくない。

「そっか。……大石は? お前んとこは農家じゃなかっただろ?」

「それはまぁ。でも、うちは祭だからな。駆り出される」

 祭。市街地の町がこぞって集い競う都市祭だから、市の半分は祭にかかりきりになるのが毎年恒例だ。郊外の町は関係ないのだが、だいたい兼業農家だったりするので、だからつまりまぁ以上のような感じになる。

「……せっかくの連休だってのに。つまらんなー、お前ら」

「そういうお前は?」

「……実家のメロンの摘果」

「…………はぁ」

 最初の盛り上がりはどこへやら、全員揃ってため息をついた。言わんこっちゃない。連休なんて言っても彼らに休みはないのである。大型連休? 帰省ラッシュ? 海外旅行? なにそれ。

「そもそも1日2日が仕事じゃん。お疲れー」

 通りすがりの渡会さんにトドメを刺されて、一同は再起不能なほど意気消沈した。

 まぁでも関係ないし。ショルダーを斜めがけしてロッカーをぱたんと閉め、そっとその場を離れる。

「あ、鈴木。お前は連休どっか行く?」

 めざとい先輩が声をかけてきた。が、気づかなかったふりで振り切ろう。

「おーい、鈴木。鈴木、鈴木ー!」

 連呼するな。

先輩あんたも鈴木でしょうが!」

 しょうがないので仏頂面で振り返ると、先輩は例の人懐っこい顔で笑った。

「あはは。で、の連休は?」

 黒い鈴木というのは、会社にたくさんいる鈴木さんを呼び分けるためにつけられたあだ名みたいなものである。うちの部署だけ作業服の色が黒いことに由来する。

 だから別に腹黒いとかの悪口ではないのだが。なんかこの先輩に呼ばれるとイラっとするなー。

「…………うちの部署、連休は仕事なんで」

 工作機械が止まる連休は、機械の入れ替えや普段できない大がかりなメンテナンスをする絶好の機会。というわけで、例年ゴールデンウィークはお仕事だった。

「あー、そっかー」

「そういやそーだっけな」

「お前ら仕事かー」

「おおー、ご苦労さん」

 にやにやと口々に言う先輩たち。自分より憐れな人間を見つけてすっかりご機嫌だった。

「…………」

 まぁいいんだけど。別に代休取るし。

 それにしてもこの先輩たちの人間のちっささに不安を覚える。大丈夫か。

「あ、鈴木。お前、小メロンいる?」

 ついでのように思い出した先輩が小メロンをくれることになったので、まぁトータルとしては得をした。



「ってわけで、俺は連休仕事だから」

「どんなわけだ? てか、え、お前、仕事か!? 休みじゃないのか!」

 いろいろ思い出しつつ答えると、彼方かなたはやたら驚いて動揺した。あわあわと口を開け閉めする。

「え、え、みんな休みになるんだろ? なんで仕事なんだ!?」

「別にみんながみんな休みになる訳じゃないよ。むしろサービス業とか書き入れ時の人も多いし」

 ええーと声をあげ、がっくり肩を落とした。……一体なにを考えてたんだろう、この気の落とし方は。

「まぁ、ちゃんと代休はあるから。少し後にはなるけど、連休もとれるよ?」

 代休はバラでも連休でも可能。交代で取るので必ずしも希望が通るわけではないが、今回はこの間海外出張しただけにかなり融通がききそうだ。

「なんかあんの?」

 聞いてみると、彼方かなたはやおら正座になって真面目な顔で見上げてきた。

「ん、なんだ。連休なら、どっか遠くに行けるんじゃねぇかと思ってよ」

「ああ、まぁ、ねぇ」

「お前のくるまなら、遠くでもばびゅーんと楽に行けるだろ」

「うん、まぁ、ねぇ」

「そしたら、俺が一人でうろうろするより、ずっと効率的に魔王をさがせるだろ」

「それは、まぁ。魔王は見つかるか知らないけど」

「だからよ、連休があるなら、どっか連れてってもらえねぇかなぁと思ってよ」

 真面目な顔をしているわりに、こう、頬がゆるゆるしている。どうも下心が隠しきれてない感じ? なんだろう。

「まぁ、そりゃいいけど」

 そう言うと、彼方かなたはぱっと顔を輝かせた。

「! そうか! 連れてってくれんのか!」

「……どうせ暇だし。で、どういうとこに行ってみたいわけ?」

 魔王を探すって、どんなとこに行けばいいのだろう。山奥? それともむしろ都会なのか? よく分からない。

 彼方かなたは、勢いよく叫んだ。

「うなぎが食いたい!」

 ……魔王は?



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