テレビで蒲焼き見ちゃった彼方さん
先輩にもらった小メロンの漬物をぽりぽりかじる。漬たれは醤油ベース。飯にも酒にもいいお伴だ。
「ほう、うまいな。なんとも言えないふわっとした歯ごたえだな」
「そっか。良かった。先輩の奥さんが漬けたらしいよ」
先輩がたくさんある小メロンをくれるというので家へ寄ったら、すでに漬けたやつをくれた。自分でやるのは面倒だったのでラッキー。
ぐいっと酒をあおり、
「ところで。ごーるでんうぃーくってなんだ?」
「は?」
また唐突に。
「いや、テレビがよ、最近やたら言ってるから」
「ああ、テレビか。……祝日が集まってる大型連休で、企業とかがこぞって休みになる期間、かな」
「ほほう! なるほどなるほど、みんなの休みか!」
にやにやと笑みを深める
「じゃあ、お前も仕事休みか? 連休か?」
なにを企んでいるのか、
そういえば今日は職場でもそんな話をしたな、と思い出した。
仕事を終わらせて向かったロッカールームで、見知った顔が集まってなにか盛り上がっている。なんとなく面倒な予感がして、そっと避けてロッカーへ向かう。それでも大きな声は十分聞こえてきた。
「なんか飯田はグアム行くらしいぞ」
「まじかー。うらやましい! これだから新婚は!」
話題はどうやら間近にせまったゴールデンウィークらしい。近寄らなくて正解だった。
「え、橋本はどっか行く?」
「あー? まぁ、子供まだ小さいからな。どっか近場で遊びには行くと思うけど。まだ未定」
「そっか、近場か」
聞いてどうするのかは知らないが、先輩があっちにこっちにと話を振っている。
「え、高田は?」
「どっこも行かんなー。嫁の実家の茶摘みに行かんといかんし」
この時期は茶農家や製茶業家は超繁忙期だから一族総出だ。
「俺もっす。休み中に田植え終わらせるから来いって言われてて。まぁ毎年のことですけど」
連休に一気に終わらせるところ多いから。珍しくない。
「そっか。……大石は? お前んとこは農家じゃなかっただろ?」
「それはまぁ。でも、うちは祭だからな。駆り出される」
祭。市街地の町がこぞって集い競う都市祭だから、市の半分は祭にかかりきりになるのが毎年恒例だ。郊外の町は関係ないのだが、だいたい兼業農家だったりするので、だからつまりまぁ以上のような感じになる。
「……せっかくの連休だってのに。つまらんなー、お前ら」
「そういうお前は?」
「……実家のメロンの摘果」
「…………はぁ」
最初の盛り上がりはどこへやら、全員揃ってため息をついた。言わんこっちゃない。連休なんて言っても彼らに休みはないのである。大型連休? 帰省ラッシュ? 海外旅行? なにそれ。
「そもそも1日2日が仕事じゃん。お疲れー」
通りすがりの渡会さんにトドメを刺されて、一同は再起不能なほど意気消沈した。
まぁでも関係ないし。ショルダーを斜めがけしてロッカーをぱたんと閉め、そっとその場を離れる。
「あ、鈴木。お前は連休どっか行く?」
めざとい先輩が声をかけてきた。が、気づかなかったふりで振り切ろう。
「おーい、鈴木。鈴木、鈴木ー!」
連呼するな。
「
しょうがないので仏頂面で振り返ると、先輩は例の人懐っこい顔で笑った。
「あはは。で、黒い鈴木の連休は?」
黒い鈴木というのは、会社にたくさんいる鈴木さんを呼び分けるためにつけられたあだ名みたいなものである。うちの部署だけ作業服の色が黒いことに由来する。
だから別に腹黒いとかの悪口ではないのだが。なんかこの先輩に呼ばれるとイラっとするなー。
「…………うちの部署、連休は仕事なんで」
工作機械が止まる連休は、機械の入れ替えや普段できない大がかりなメンテナンスをする絶好の機会。というわけで、例年ゴールデンウィークはお仕事だった。
「あー、そっかー」
「そういやそーだっけな」
「お前ら仕事かー」
「おおー、ご苦労さん」
にやにやと口々に言う先輩たち。自分より憐れな人間を見つけてすっかりご機嫌だった。
「…………」
まぁいいんだけど。別に代休取るし。
それにしてもこの先輩たちの人間のちっささに不安を覚える。大丈夫か。
「あ、鈴木。お前、小メロンいる?」
ついでのように思い出した先輩が小メロンをくれることになったので、まぁトータルとしては得をした。
「ってわけで、俺は連休仕事だから」
「どんなわけだ? てか、え、お前、仕事か!? 休みじゃないのか!」
いろいろ思い出しつつ答えると、
「え、え、みんな休みになるんだろ? なんで仕事なんだ!?」
「別にみんながみんな休みになる訳じゃないよ。むしろサービス業とか書き入れ時の人も多いし」
ええーと声をあげ、がっくり肩を落とした。……一体なにを考えてたんだろう、この気の落とし方は。
「まぁ、ちゃんと代休はあるから。少し後にはなるけど、連休もとれるよ?」
代休はバラでも連休でも可能。交代で取るので必ずしも希望が通るわけではないが、今回はこの間海外出張しただけにかなり融通がききそうだ。
「なんかあんの?」
聞いてみると、
「ん、なんだ。連休なら、どっか遠くに行けるんじゃねぇかと思ってよ」
「ああ、まぁ、ねぇ」
「お前のくるまなら、遠くでもばびゅーんと楽に行けるだろ」
「うん、まぁ、ねぇ」
「そしたら、俺が一人でうろうろするより、ずっと効率的に魔王をさがせるだろ」
「それは、まぁ。魔王は見つかるか知らないけど」
「だからよ、連休があるなら、どっか連れてってもらえねぇかなぁと思ってよ」
真面目な顔をしているわりに、こう、頬がゆるゆるしている。どうも下心が隠しきれてない感じ? なんだろう。
「まぁ、そりゃいいけど」
そう言うと、
「! そうか! 連れてってくれんのか!」
「……どうせ暇だし。で、どういうとこに行ってみたいわけ?」
魔王を探すって、どんなとこに行けばいいのだろう。山奥? それともむしろ都会なのか? よく分からない。
「うなぎが食いたい!」
……魔王は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます