奪わんと欲すればまず与えよ

「そういえばさ、お前が倒した魔王ってどんなヤツだったの?」

 今日の酒は、久しぶりに手に入れた藤居本家の船渡。肴は遠鉄スーパーで買ってきた、たらの芽の天ぷらを塩で。

 旬の味に舌鼓を打ちながら好きな酒を飲むのは幸せだ。

「あ? なんだ突然だな」

 ほくほく顔でたらの芽を食べていた彼方かなたが怪訝な顔になる。

「いや、ふと気になって。最終決戦の話は聞いたけど、魔王自体についてはあんま聞いてなかったなと思って」

 魔王を探すといっても、それがどんなものか分からないのではお話にならない。

「そういうことか」

 船渡をちろりと舐めて旨いと笑う。

「俺の世界の魔王か。言うほど詳しい訳じゃないが」

 別に友達でもないからな、と言う。まぁそうだろうね。別にそういうパーソナルな話が聞きたいわけではない。

「もともとは単なる小悪党だったはずなんだが。どうしたことか凶悪な力を手に入れててよ」

 魔王軍を形成して侵掠しだしたのだという。その詳しい凶行については口を濁し、彼方かなたは顔を険しくした。

「あいつと相対したとき、俺は思った。ああ、これが邪悪ってやつなんだな、と」

「ふうん、邪悪な力」

 口に含んだ船渡が、すっきりほのかな酸味を残す。

「お前には話したっけな。魔王の背後には、異世界の黒幕がいるんじゃねぇかってハナシ」

 記憶を遡らせてみる。初めて彼方かなたに会った夜。そんなことを言っていた。あの時は二人ともかなり酔ってたっけ。

「うん」

「その根拠と言うには心許ないが。あいつのあの力は、俺の世界のものじゃあないんじゃないか、と思ったんだ」

「……ん、つまり?」

 酒を含んで少し考えてから、彼方かなたは言った。

「なんつーかな。あの力は強大で、魔王あいつはそれを欲望を満たすのに使ってたが。俺が会ったときには歪に膨れ上がって、いまにも世界を喰い尽くして崩壊させそうだった」

 それは、さながら時限爆弾のように。

「でも、魔王あいつの目的は、どっちかっつーと世界を支配し搾取して好き勝手することだったはずだ。どうもそこがちぐはぐな気がして、な」

「要するに、がその魔王に力を貸し与えた、ってこと?」

 彼方かなたがこっくり頷く。ちなみに話している間も酒を飲む手と天ぷらを食う手は全く止まらない。

「その可能性は十分ある。世界が一つ消滅すれば、放出される力は膨大だ。十分採算は取れるからな」

 そういうものなのか。

「それに俺は、もしかすると、あの邪悪な力の源を見たかもしれん」

 彼方かなたが目を細める。

魔王あいつの胸に石らしきものが埋まってたが。あれは魔晶石なんかじゃねぇ。もっと邪悪な、俺たちの世界にあるはずのない石、さしずめ邪晶石だった気がする」

「うん。でも。『かも』とか『気がする』って、ずいぶんあやふやだなぁ」

 まぁ、顔を合わせたのは魔王と勇者の最終決戦なのだから、細かいことに気を配っている余裕などなかったのだろうが。

 彼方かなたもため息をつきながら肩を落とした。

「そうだなァ。こんなことならさっさと最終奥義ぶち込んだりしないで、ちゃんと口上を聞いてやるんだった」

 秒で最終奥義をくらった結果、邪晶石らしきものは魔王と一緒に跡形もなく吹っ飛んだようだ。

 うん。次の魔王戦では、是非とも慌てず口上ぐらいは聞いてあげてほしい。



「もしこの世界に魔王がいるとして、だ」

 最後のたらの芽を食べながら彼方かなたは言った。

「この世界の人間には魔力もほぼねぇからな、隠れ潜まれたらなかなか一般人との区別は難しい。それでもその邪晶石が目印になる、とは思うんだが」

 といって、まさか服の中を覗いて歩くわけにはいかないだろうし。

 残念ながらあんまり目安にならないのだった。

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