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小テーブルの上にどんと鎮座ましますのは、芋焼酎の “魔王” 。愛里が
有名だし名前ぐらいは知っているが、飲んだことはない。
……敢えてこの名前の酒を選んだんだろうけど、一体どうしろと言うのだろう。
で。この焼酎は魔王っていうんだよって教えて、それでどうなる? どうもならないだろ。
うっかり
愛里には悪いけど、この魔王はスルーの方向でいこう。
「今日はいつもと違う酒だな」
「……うん、愛里にもらった芋焼酎」
封を開けながら短く答える。
「いもじょーちゅー。ああ、愛里と飲んだヤツな」
確かにこの間の実家でも愛里は
「そう、同じ種類。違う蔵元の違う酒だけどね」
名前は、魔王。
「ほう。どんな酒か楽しみだな、こりゃ!」
こうして、勇者様による魔王退治が本人の預かり知らぬところで始まった。
まぁ俺はどっちかというと日本酒が好きだけど、でも別に焼酎が嫌いというわけではない。微力ながら魔王退治にお伴させていただこう。
口許へ運べば、芋焼酎とは思えない香りが漂い、飲めばこれまた芋焼酎とは思えないまろやかな味わいが広がった。
横で
「……旨い。やっぱりこの間のとも違うなァ」
今日のあてはあたりめである。
「こりゃたまらん……旨い……とまらん」
どうやら勇者様は魔王とイカにコロリとやられてしまったようだ。無念。
「しかし、あれだな」
「愛里は、いいやつだなァ」
「…………は?」
幻聴かなと思った。
「え、や。だから、愛里はいいやつだなぁって」
「そうか? 全然そんなことないよ」
だってあいつ、図々しいし、わがままだし。
「そんなこと言って、かわいい妹じゃねーか」
「かわいくない。なにが図々しいって、兄たちは妹をかわいがるものだと思ってんのが腹立つ」
早くも空いた
「それになんか
うちの父親が死んだとき愛里は小六だった。悲しがってこそいたものの、一番あっけらかんとしてたのが愛里で、微塵も生活の心配なんかしてなかった。そして実際なんの懸念もなく、中学三年間、下手くそなテニスにいそしんでいた。
高校は商業へ行ったからそのまま就職するのかと思いきや、
やつの前に困難とか不遇とかままならなさとかはないのか。
「結構なことじゃねぇか」
「違うけど。こう、見てると、どうにも煽りを食ってんじゃないかって気になるんだよな」
いやまぁ確かにただのやっかみかもしれないけど。
そう思いながら自分のグラスにもロックを作り直す。
「ああでも。うちは
「へぇ、和也が?」
「うん、あんなふざけた性格なのにね。苦労人っていうか、むしろ敢えて厳しい方を選んでくタイプっていうか」
超進学校の優等生だったし、本人も周りも東京の大学へ行くものと信じて疑わなかった
いやでも、あっさりだったわけがない。進学校に求人など来ないだろうし。進路指導の先生に多大な迷惑をかけたにちがいない。あの頃は毎晩のように母と
言っちゃなんだけど、進学校から高卒で就職なんて不利なばっかでおいしいことなんてひとつもない。
「大学のお金ならなんとでもしようがあっただろうに、敢えての就職だからね。
果てしてあの人は天才なのか、馬鹿なのか。未だに謎である。
まぁでも。おかげで確実に母の負担は減ったし、確かにその後の鈴木家の生活は助かった。俺も
「絶対大変だったと思うけど。しっかり沙織さんと結婚して、家建て替えたローン払って、ついでに子供二人養って、それであんだけ楽しそうに生きてんだから、まぁすごいとは思うけど」
頭よすぎるとあのぐらいハードモードじゃないと人生楽しくないんだろうね、たぶん……と鈴木家では思うことにしている。
「それにしたって、同じ兄妹なのにこうも違うのかって思うよねぇ」
イカの足の先をむりやり口に詰めこみ、モクモクと咀嚼しながら
「まぁ、あるよな。俺の兄弟も、まぁそれぞれで、どっちかっつーと似てないからな、性格」
「へー。そういうもんなのかなぁ。え、何番生まれ?」
「ん、5番目だ。上に四人、下に三人。兄、兄、姉、兄、俺、妹、弟、弟、な」
そうか、
やっとスルメを呑み下した彼方がうきうきとチータラを拾い上げる。
「で? 愛里がイージーモード、和也がハードモードなら、お前はどうなんだ?」
「ん、俺?」
器用に鱈シートをはがして咥えた
「たぶん俺は、裏コマンド入力モードなんだと思う」
異世界の小さい勇者は小首をかしげた。
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