同居人とは仲良くしましょう

 グラスに注がれた琥珀色の液体からほのかに甘い香りが立ちのぼる。

「ほう、いい匂いだな」

 顔を近づけた彼方かなたがなんの酒かと聞いてきた。

「ブランデー。ワインの蒸留酒だったかな。このあいだ兄貴やっくんにもらってきたやつ」

 さて。普段あまりブランデーなど飲まないから、つまみはなにが合うか分からない。ちょっと迷ってキャラメルコーンを出してみた。

「なんとなく甘いのがいける気がするけど。どうだろう」

 空いていた皿へざらざらと出す。横ではさっそく彼方かなたがキャップを持ち上げ、ストレートで口につけていた。

「あ、強い酒だから気をつけろよ」

「おう。……ほぅ、これはうまいな」

 ご満悦。そしてキャラメルコーンにかじりつく。もっしゃもっしゃと咀嚼し、けれど小首をかしげた。

「……うーん、悪くはないが。なにか違うな」

「そっかぁ」

 自分でも試してみる。どこか果物を思わせる香りを放つブランデー。舐めると強いアルコールが舌を灼く。旨い。そしてキャラメルコーンをひとつ。

 ……うーん。悪くはないけど、なんか違う。まさに彼方かなたの言ったとおりだった。

「なんだろ。甘いのも合わないじゃないけど、キャラメルコーンは違うなぁ」

 でも他に甘いつまみになりそうなものはないし。逆にしょっぱいつまみでもいいのだろうけど、間の悪いことに あたりめ ぐらいしか買い置きがない。あたりめ。ブランデーとあたりめ。うん、試すまでもなく違う気がする。主に匂いが。

「チーズとかかなぁ。あ、ピーナッツは合うな。そうか、ナッツ系とかありかも」

 キャラメルコーンの中のローストピーナッツがいい感じだった。

「お、そうだな。だがまぁ、こっちのパフパフしたやつも慣れるとそう悪くもないぞ」

 ブランデーを舐めてはキャラメルコーンにかじりつくというのを彼方かなたが繰り返しながら言った。

 ふむ。まぁそう思ってつまめば、キャラメルコーンも悪くない。でもパフパフしたやつとか呼ぶのはやめろ。

「兄貴はなにで飲んでんだろ」

 気になったのでラインを送ってみる。ほどなく既読がついて、ほぼ即答で返ってきたのは。

「……『たけのこの里』……マジか……?」

 え、明治の?

 はかりかねていたら、追加のポップアップ。「冷蔵庫で冷やしたたけのこの里がベストマッチ」だとか来た。

「ほほう。たけのこのさと?ってのは、うちにあるのか?」

 彼方かなたが興味を示したけれど、残念ながらたけのこの里はない。甘い系のお菓子は買う習慣があまりない。

「っても、別に嫌いなわけじゃないから買ってきて試してもいいけど。でもどうかなぁ、兄貴の言うことは当てにならないからなぁ」

 ふざけた性格の人なので、たけのこの里が合うというのもタチの悪い冗談かもしれない。

 そう言うと、彼方かなたもふむと頷いた。

「ああ、面白いやつだったな、お前の兄貴。でもあれだろ、あいつ頭いいだろ、かなり」

 手の中で温まってブランデーの一層強い香りが鼻を打つ。

「……驚いたな。まぁね、あれで意外と秀才なんだけど。けど、あんなだから大抵は初対面じゃ気づかれないのに。よく分かったな」

 県内一二を争う進学校の生徒会長だったという、それこそ悪い冗談のような本当の話。

 彼方かなたはローストピーナッツをひとつ口へ放り込み、にやりと笑った。

「まぁ、な。飲みながらいろいろこっちのことを教えてもらったからな。そうそう、なんでこっちじゃが重要なのかも分かったぜ」

 え。長さてなにそれ。むしろこっちが知りたい。

 いやでも。兄貴のことだ、面白さ重視でテキトーなこと教えてそう。大丈夫か。

 彼方かなたの空けたキャップへブランデーを注ぐ。

「まぁ、鈴木家の人間あの人たちの言うことは冗談半分ぐらいに聞いとけよ、お前も」

 彼方かなたはキャップに波打つ樽熟色を見つめ、それからおもむろに見上げてくる。その顔はなぜか真顔だった。

「そう言えばな。あれから俺な、ちょっと気になったんで天井裏を覗いてみたんだ」

「天井裏?」

 なんでそんなところをと思ったが、そういえば母だか誰だかがうちの天井裏に魔王がいるんじゃないかとかなんとか、ふざけて言っていたなと思い出す。

「いやいやいや。うちの天井裏に魔王なんているわけないだろ」

 絶対いない。

「ああ、まぁ、お前もそう言ってたし、俺もまさかそんな近くにいて気づかないわけないとは思ったが。どうも気になってなァ」

 彼方かなたが天井を見上げる。思わずつられて一緒に見上げる。いつもと変わらない天井がある。

「そしたら暗い中に、なんかじっといたんだよな」

「……なにが?」

「大きさは、そうだな、俺とそう変わらんくて、黒くて、鋭い牙があって、皮膜みたいな翼の生えたやつらが」

「…………」

「…………」

「…………コウモリ?」

 夕方になるといっぱい飛んでるやつ。

「…………うん、コウモリ」

 彼方かなたはとても寂しそうにこくりと頷いた。

 なんだろう、一応ノリツッコミとかした方がよかったのかな。でもそういうの、あんまり得意じゃないんだよな。だいたい今回のは「なにかいた」と言われた時点でおおかた予想ついちゃってたし。ねぇ?

「どーする? 棲み着いてるみたいだったが、退治しとくか?」

 ブランデーを舐めながら彼方かなたが力なく聞いてきた。

 コウモリも糞害とかあるらしいし、本当はそうするのがいいのだろうけど。切羽詰まった実害もないのであまり追い出そうという気にもならない。

「まぁいいよ、ひとまずは。どうせ借り家だし、同居人だと思えば」

 ふうん、と応えた彼方かなたは、やっぱりちょっとつまらなさそうだった。



 その後。


 ――しかし! この時の彼らは知るよしもなかったのだ。

   その情けをかけたコウモリの中に真の敵、魔王が隠れ潜んでいたことを!

   そして力を蓄えたとき、魔王は勇者の前に姿を現すのだった……


 ……みたいなモノローグっぽい語りを彼方かなたが一人でこっそり練習してたけど。

 絶対そんなの使う時なんて来ないんだからな。



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