アルバイトに精を出す彼方さん

 いいかげん部屋に掃除機をかけたい。

 ここのところばたばたしていて、ちょっと掃除がご無沙汰だ。幸いに天気もいいし、換気にほどよい風も吹いていて掃除日和だ。

 惰眠をむさぼっていた小さい勇者をたたき起こし、朝食を片付けるようせっつく。ぼうっとした彼方かなたがもそもそと食べ終わったところで、身柄を台所のテーブル上へ強制的に移した。

「今から掃除機かけるから。高いとこにいて」

 そう言うと、彼方かなたは眠そうにしながらこくりと頷く。以前に興味本位で掃除機ノズルをのぞき込んだ彼方かなたをゴミパックの旅へご招待してしまったことがあり、それ以来お互いに掃除は警戒している。

 彼方かなたを安全な場所へ避けてから小一時間。窓を開け放し、散乱していた物を片付け、掛け布団を干してシーツは洗濯機へ放りこみ、ばたばた気持ちばかりのハタキをかけ、とどめとばかりに掃除機で舐め尽くす。とはいえ、そう広い部屋でもなし。適当な掃除などすぐ終わるのだが。

 動きまわってすっかり汗をかいた。まだ4月だというのに最近めっきり気温が高い。

 一休みとばかりに台所の椅子に座って水を飲む。テーブルの上では彼方かなたが、なぜだか小難しい顔で腕を組んでうんうん唸っていた。

「……? どうかした?」

「ん。いや。なんつーかなぁ」

 彼方かなたの首がこきこき鳴る。

「いっつも食べさせてもらって、世話になりっぱなしだからなァ。少しは俺も稼いで返したいんだが。なんかないか? 俺にできる仕事」

 15センチのかっぱ、もとい異世界人からの就労相談。これはなかなか難しい。

「……うーん、ユーチューバー? ごめん、今のなし」

 とっさに口走った単語へ彼方かなたが食いついてきそうになった。でも、うっかりうまくいっても面倒なことになる気がするからダメだ。

「うーん。新聞配達なんて(朝起きれないから)絶対無理だし、コンビニも無理だろうし。そもそも雇ってくれる店がある気がしないな」

 そう言うと、彼方かなたは眉尻を盛大に下げた。

「一応、これでも勇者だからな。腕っぷしには自信があるんだが。賞金首とか、いないのか?」

 いないですね。

 彼方かなた自慢の腕っぷしが活きるお仕事。ありそうで、ない。というか、下手なところでこいつの腕っぷしを披露したら、ただの犯罪か害獣。

「まぁ、あれじゃない。それこそ勇者なんだから、本来の仕事の魔王討伐に注力してれば?」

 世話になっているだなんて妙な気遣いはいらない。そんな意味を込めて言ってみたけれど、彼方かなたは納得しなかった。不満げに口をとがらせる。

「でもよ。俺は俺が稼いだ金で、お前に生ハムを食べさせてやりてぇ」

 そんな風に言われ、悪い気はしない。というか、まぁ、嬉しい。でもそれ、生ハムって自分食べたいだけじゃなかろうか。

 前食べたとき、相当気に入ったようだけど、あれっきり買ってきてないからなぁ。

「だから、なっ。俺でも稼げる方法をなんか一緒に考えてくれ」

 そんなに必死にお願いされても、そうそう思いつくわけがない。仕方なく、うーんと二人一緒に唸る。窓から入ってくる風が生ぬるい。もうすぐに暑い季節になるな。今日はついでにクーラーのフィルター掃除もやっちゃうか。扇風機も一度洗っておきたいし。

「あ、そうだ」

 放り出したままの掃除機見てたら思いついた。

「うちに来たころにタンスの裏の埃を掃除してたこと、あっただろ。あの時みたいに掃除機の入らないとこの掃除してくれたら、すっごい助かるんだけど」

 依頼を受けてもらえるだろうか、と丁寧に頼んだら、彼方かなたは勇んで大きく頷いた。

「そんなもん、お安いご用だ!」

 言うが早いか飛び出し、つむじ風のようになって隙間へ消えていった。

 うん、これでよし。さてと、フィルター掃除やるか。



 彼方旋風は予想以上にいい働きをしてくれた。

 タンス裏はもちろんのこと、ベッドの隙間から桟から、とにかく隙間や溝を総ざらいだった。地味に嬉しかったのは冷蔵庫の裏だ。置いて以来一度も掃除なんてしてなかったから、それはもうひどい有り様だったらしい。

「どうだ!」

 彼方かなたは戦利品の埃の山を横にして、自慢げに胸をそらした。

「うん、これはすごい。これは報酬をはずまないと」

 ちょうど財布に五百円玉があったので、それを渡す。

 彼方かなたはそれを受けとると両手で掲げ、ほくほく顔で見上げた。

「おお、こりゃ、デカいコインだな。これで生ハムは買えるのか?」

「うん。この間食べたぐらいなら、余裕で」

「そうかそうか……って、そーじゃないだろ!」

 彼方かなたが力強くツッこんできた。

「お前から稼いでどーするッ。それじゃ意味ないだろうが。俺が欲しいのは外貨だ!」

 ふむ。やっぱりお小遣いじゃ誤魔化せなかったか。

「まぁまぁ。お前の稼ぎかたはおいおい考えるとして。今日はそれで生ハム買ってくるよ」

 彼方は微妙な表情で逡巡していたが、ほどなくしてそっと五百円を差し出してきた。生ハムの誘惑には抗えなかったらしい。



 その後。ふとした思いつきから、彼方かなたに米粒へ簡単な絵と勇者のサインを描かせてフリマアプリへ出品してみたら、案外なことにすんなり売れたのだった。

 おかげで彼方かなたの大好きな生ハムは我が家の食卓へ頻繁に登場することとなりましたとさ。めでたし、めでたし。


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