勧君更尽一杯酒,西出陽関無故人

「どうした? 大丈夫か?」

「え?」

 突然彼方かなたにそう言われ、ちょっと戸惑う。

「え、なにが?」

「ん、いや。さっきっからお前、何度か胸押さえてるから。どっか痛むのか?」

 心配されるほど押さえてただろうか。無意識だった。

「別に、そういうんじゃ……」

「どっか悪いんなら、ヒールかけてやろうか?」

「いや、いいよ、ちょっと変なとこにニキビ、てか、え? ヒール?」

 すごいファンタジックなやつ来た。驚いて、もう一度確認。

「え、ヒールとかできんの?」

「ん、そりゃまぁ勇者だからな。簡単なヒールぐらい当然できるが」

 当然と言いつつ、心なしか得意げに頬を緩ませる。

「へぇ! すごいな、それ。知らなかった」

 ちょいちょい不思議な技とか魔法っぽいものを使っているのは見てたけど。ヒールが使えるってのはびっくりだ。ゲームや小説みたい。

「いやぁ、すごい」

「そ、そうか?」

 感心しすぎたのか、彼方かなたが照れてれしだす。

「そんなに珍しいか? こっち来てから俺、結構使ってたけどな、ヒール」

「え? そうなの? 全然、見たことないけど」

 鼻をこすりながら、彼方かなたがはははと笑う。

「ああ、まぁなぁ。そういや、だいたいお前が仕事行ってるときだったか、うん」

「ふうん。え、でも。そんなヒール使うって。そっちこそどっか悪いのか? 怪我? 病気?」

 よく考えれば、ヒールを使わなければならない状況なんて剣呑だ。

「いや、いや、大丈夫だ。そんな深刻な問題じゃない。ただなァ……」

「ただ? なんだよ?」

 万一のことがあっても、彼方かなたではこの世界の医者も薬も頼れない。そう簡単に小さな問題と片付けていいとは思えない。

 彼方かなたがややためらいながら打ち明ける。

「……まぁ、なんだ。こう言っちゃなんだが、やっぱり異世界での生活は慣れないことも多いからだろうな、知らんうちにストレスが溜まるみたいでよ……」

「そっか」

 迂闊だった。そりゃそうだろう。この世界は、彼方かなたにとって異世界だ。小さい彼方かなたには不便なことも多いだろうし。しかも自分の世界へはいつ帰れるともしれない。相当な負荷に違いない。いくら勇者で強くて毎日ぷーたらエンジョイしてるように見えていても。

 彼方かなたは、苦り切った顔で続けた。

「いつもじゃないが。たまに朝な、頭がガンガン痛かったり、胸がムカムカして吐いたり、熱っぽくて乾いたり、動けねぇことがあってなぁ」

「それ、ただの二日酔いだろ」


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