「もしこの世界の魔王を討伐したら、よ」

 と、つまみのさけるチーズを小さくしながら彼方かなたが言った。

「そんときには、手に入るお宝は全部お前にやらないとなぁ」

 ずいぶんと世話になってっからな、などと言う。

 その顔はすっかり赤く、これは相当酔っているな、と思う。

「…………」

「ん? どうした? 要らないのか?」

「あー、いや。……魔王なんて、いるかいないかも分かんないのに。要るとか要らないとか、ねぇ」

 苦笑してみせると、しかし彼方かなたは不思議そうに首をかしげた。

「それは確かにわっかんねーけど。でも、そこはいるかもなんだ。やったーって喜んどけよ」

 そういうのは一攫千金を通り越して取らぬ狸の皮算用と言う。

 というか、想像するだにいろいろ厄介。

「……んー、まぁ。なんていうか。お前がもし魔王を倒したらさ、それってこの世界が救われる?みたいなことのわけだろ。だったら俺は、お前がこの世界を救ってくれたってだけで、お礼とかは特にいいよ」

 そう言うと、彼方は赤いまま真顔になって、食べかけのチーズを皿に置いた。

「そうか。俺、」

 ゆらゆらと、彼方の頭は幸せそうに揺れている。

「召喚されて来た先がお前のうちで良かったなァ」

「……そうですか」

 彼方は改めてさけるチーズを持つと、それはもう嬉しそうな顔で食いついた。

「まぁ俺も。来た勇者がお前で良かったけど」

 心底そう思ったから言ってみたのだが。きっと酔っ払った彼方は、こんな会話を覚えちゃいないだろうなぁ。


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