持ち物。水着、麦わら、甥っ子、サングラス。

 まだ梅雨入りもしていないというのに。じきに暑い暑い夏がやってくる。そんな予感のひしひしする蒸し暑い日だった。

「暑い……はぁ、夏だなぁ」

「おう。こっちの夏も暑そうだなぁ」

 そう言う彼方かなたは、別に暑いのは嫌いではないらしい。涼しい顔をしている。どちらかというと楽しみなようだ。

「うん、暑いよ。……やっぱりあれか、逆に寒いのは苦手だったりするのか?」

 かっぱのことは知らないが、爬虫類だったら冬眠とかするんじゃなかろうか。

「んー、まぁそうだな。どっちかっつーと寒いのは苦手だ。やっぱ気温が-20℃とかになるとキツいからな、上着着るな」

「ふーん、やっぱそうなんだ」

 相づちをうちながら、なんかちょっと違う気もした。でもなんだろう。分からない。……異世界人かっぱとの生活が長くなりすぎて、感覚が擦れてきたのかもしれない。まぁいいけど。

「そうだ、暑くなったらプール行かない?」

 なんとはなしに思いつき、言ってみる。

「ほう、ぷーる?」

「そう。えーと、泳いで遊ぶための広い溜め池みたいなやつ」

「ああ。そりゃいいな」

 喜んだ彼方かなたが両手を挙げる。かっぱだから泳ぐのは好きなのだろう。

「じゃあ、いつでも行けるように保養所リゾートのプール券もらってきとくよ」

 まぁ、プールシーズンはまだちょっと先だから、それまで彼方かなたとの生活が続いているかは分からないけど。用意しておいて困るものでもないし。もし夏が来たら行けばいい。

「そうかそうか、お前も泳ぐの好きなんだな!」

 なぜか彼方かなたが勝手に得心してうんうん頷いている。

「え? 別に。好きじゃないけど?」

 ここ数年、プールには行けどもまともに泳いだ記憶はない。だからうっかり本音で答えたら、彼方かなたがきょとんとした顔になった。

「好きじゃない? お前から誘ったのに? なんでだ?」

「あ、あー。ええと、なんていうか」

 うーん、どうしよう。どうでもいいことなのに。ややこしいな。

「んーと。いや、たぶんお前泳ぐの好きだろうから、プール行ったら喜ぶんじゃないかなぁと思ったんで……」

 面倒だったので、適当に思いついた理由を口にする。

 なぜか真顔になった彼方かなたは次の瞬間、両目から涙を滂沱と吹きだした。

「ちょ、え? え?」

 噴水みたいだ。

「くううううう」

「な、なに? どした?」

 彼方かなたはひとしきり男泣きし、ぐずぐずと鼻をすすりながら言った。

「そんなお前。ぷーる嫌いなのに、俺の……俺のために、行こうって言ってくれたのか!」

「え、あ、うん、いや……」

「それが俺は嬉しくて! わりい、あんま感激したんで、ちょっとな」

「そんな、別に…………」

 目元をごしごしとこすり、彼方かなたは赤い目で見上げてきた。

「でも、嬉しいが。お前が嫌いなら、無理すんなよ?」

「……あー、大丈夫。そんな目茶苦茶嫌いとかじゃないし……プールなら去年とかも行ったし……」

「そうか? ならいいが。しかしお前、嫌いなのによく行くのか?」

「えーと、だから。別に泳ぎに行ったんじゃなくて、つまり甥っ子を連れてったっていうか」

 なるほど、と彼方かなたが頷く。

「あのちっこいのか」

「うん。今年も甥っ子そうちゃん一緒になるけど、いい?」

「おう、もちろんだ」

 すっかり笑顔になった彼方かなたが楽しみだな、と声を上げる。

 適当に相づちを返しつつ、観察した彼方かなたはどうやら誤魔化せたんではなかろうか。

 プールに行く目的なんて、そんなの生の水着女子が見たいだけに決まっているが、なんとなく彼方モテ男には知られたくない。なんとなく。

 甥っ子? 男一人じゃ浮いちゃうから、もちろん偽装ですよねー。

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