共通項:甲羅

 とうに二十一時を回ったロッカールーム。疲れとイライラで粗雑にスマホのスカイプを起動する。

 相手先は、家に置いてある古いスマホだ。SIMは入っていないがWi-Fiはつながるので、緊急連絡用として彼方かなたに貸したものである。

「昼間っから異常音出てたの無視し続けた挙げ句、終業五分前にコールしてきたヤツのせいで当分帰れそうにないです」

 音声メッセージを吹き込む。

「悪いけど、あるもの適当に食べててください。それじゃあ」

 ボタンを連打で送信。これで彼方かなたは好きにするだろう。実は、こっちの世界の会話はできても読み書きはできない勇者様だった。

 声が聞こえたのか、向こうのロッカーにいた先輩が「えっ」とこっちに顔を向けた。

「あれ。お前、同棲の彼女でもできた?」

 帰り支度しているらしい先輩をじろっと睨む。なにせこっちはイライラしている。

「違います。飼ってるカメにです」

「あ、そう。ごめん」

 先輩は顔をそらした。

 さて。乱暴にスマホを投げ込み、ロッカーを閉めた。



 それからしばらく経ったある日。帰り支度中にロッカーでまた先輩と行き会った。

「お疲れさまです。先輩、夜勤っすか?」

「おう。お前は上がりかー。羨ましいなぁ、チクショウ」

 幸いうちの部署は夜勤がない。これはかなり恵まれている。なんだか恨めしげな視線を投げてくる先輩を尻目に作業服をカバンへ突っ込んだ。

「そういやぁ」

 身支度を整えた先輩が横へ来て言った。

「どうよ、お前のとこのカメ、元気?」

「は? カメ?」

「え? カメ、飼ってんじゃなかったっけ?」

「? 飼ってませんけど」

「……あ、そう。ごめん」

 先輩は首をかしげつつ工場へ出て行った。それを見送りつつ思う。

 どうしよう? 次からはやっぱカメ飼ってることにすべき?

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