この勇者は強いが詰めは甘い。

「…………。」

「なんだ、どうかしたのか?」

 マヨネーズを出していた彼方かなたが怪訝そうに聞いて来た。どうも見つめすぎてしまったようだ。

「いや、どうもしないけど。実際のとこ、どのぐらい重いものまで持てんのかなぁってちょっと思って」

 マヨネーズは封を開けたばかりだ。しかもマヨは一般サイズ450g。15センチの体長からしたら相当大きくて重いはずなのに、彼方かなたは例のごとく例のように軽々とマヨをむにむに出している。

「そう言われてもな。別に測ったことなんかないからな。でもこのぐらいなら余裕だ」

 そう言ってさらにマヨを出す。さすがに出し過ぎだと思ったが、彼方かなたはブロッコリーにマヨネーズをもっさりつけて頬ばった。……ブロッコリーよりマヨの方が多かったよね、今。

「よし、試してみるか?」

「は?」

 マヨのことを考えていたので反応が遅れた。その間に彼方かなたは小テーブルからぴょんと飛び降り、とことこと走る。そして適当なところで腹ばいになった。右手を肘でついて出し、こちらを見上げる。

 その姿勢、なんかで見たことあるけど。

「…………?」

「ほら、早く。腕相撲だよ。知らないのか」

 ああ、腕相撲。え、正気か?

「知ってるけど、でも」

 彼方お前の大きさ、10分の1以下なんだけど。勝負になるのか以前に、腕相撲とかできるのか。

 しかし彼方かなたは早く早くとせかしてくる。仕方なく、彼方かなたに合わせて畳の上に腹ばいになったが、……どうも遠近感が狂う。彼方かなたの肘の先なんて5センチもない。3センチぐらいか?

 どう考えても手は組めない。そっと右小指を出す。肘と体の位置を微調整してなんとか合わせた。

 ひたりと彼方の冷たい手が小指をつかむ。

「号令は俺でいいか?」

「うん、いいけど」

 ……この体勢でうまく力をかけられるだろうか。あらぬ方向へ彼方をぶっ飛ばしてしまうかもしれない。気をつけないと。なんてのんきに考えていた。

「そんじゃ。レディ、ゴー」

 彼方かなたのかけ声。そして、なにが起きたか分からなかった。

 気づいたら、仰向けに天井を見つめていた。

「……は、え?」

 慌てて起き上がって振り向くと、さっきと同じところで同じ姿勢で、頬杖ついてニヤニヤしている彼方かなたがいた。

「な、え? 今どうなった?」

「分かんなかったのか? じゃ、も一回やるか」

 そう言って、また右手を出してくる。混乱しつつ元の位置に戻り、再度手……というか指を組む。

「今度はお前が号令でいいぞ」

「え、うん。それじゃあ」

 自分の肘、支点の位置と彼方かなたの位置とを慎重に確認する。意識を集中して特に小指には力を込める。

「レディ、ゴッ」

 同時に思いっきり彼方の腕を押し倒した。が、驚くべきことに彼方かなたはそれを受けきって止め、フッと軽く笑った。

 次の瞬間、小指に捻りの効いた力がぐっとかかる。抗う間もなくねじれは腕から一気に駆け上り。

 やはり気づくと天井を見ていた。

 つまり。170センチが15センチに片手でひっくり返されたのか!?

「…………まじかー」

 信じがたい力だった。が、二度もひっくり返されて、ぐうの音も出ない。

 得意げな彼方かなたは、するすると小テーブルの上へ戻るとキャップ酒を呷った。

「ま、これは腕力っつーよりも一種のワザだけどな」

 それにしても。さすが勇者。15センチでも侮れない。



 とはいえ、相手がいくら勇者様だからって、黙ってやられっぱなしになっては沽券に関わる。

「ところで。ひっくり返されはしたけど。腕相撲のルール的には手の甲が床についてないんだから、俺負けてないよね?」

「なッ!」

 したり顔だった勇者は一転して狼狽える。その手からぽとりとキャップが落ちた。



 ※手の甲がついてなくても試合中に肘が動いたら負け

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