なんで今日に限って!

 今日の社食C定はネギトロ丼だった。

 内心小躍りしながらトレイを受けとる。どんぶりに丸い小山で盛られた淡いピンクのマグロさん、こんにちは。

 しかし、なんでうちの社食のネギトロってアイス盛るやつディッシャーでよそわれるんだろう。

「これってご飯大盛りでも小盛りでも、トロの量一緒なんじゃああああああああ」

「突然どうした?」

 たまたま一緒になった同期の中村が横で顔をしかめた。

「あああああ雨が降ってるううううううう」

「うわ、ほんとだ。ひどいな」

 中で働いていると天気などまったく分からないが、社食は無駄なスカイビューだからよく見える。外は紛うことなきどしゃ降りだった。

「あーあ、傘持ってきてないな。この雨じゃあ、車までぐちゃぐちゃになるなー」

 そう言いながら中村はさっさと窓際に席を取る。その向かいに腰を下ろしながらも外から目が離せない。

「だからさっきからどうした? お前も傘持ってないのか」

「……傘どころか。今日、洗濯干してきたのに……」

 この雨、この風向き。絶対アウトだ。びしょ濡れだろう。

 中村が同情するというよりは、呆れたという顔をする。

「バカだな、なんで今日洗濯してきちゃってんだよ」

「ここのとこタイミング悪くてさ、回し損ねてて」

 限界が近かった。彼方かなたに至っては、もうパンツがないとか言っていた。

「週末はまた天気悪いって言うし。今日しかないと思ったんだよなぁ」

 だからわざわざ朝起きたとき終わっているようタイマーセットして。時間のないなか一生懸命干して。特に彼方かなたのパンツ。

 洗濯ぐらい昼間に自分でやるという彼方かなたに、どうせ洗濯機を回すなら手間でもないからとわざわざ請け負って、目の細かい網にまとめて入れて洗濯したところまでは良かった。干すのがめちゃくちゃ面倒くさかった。あの小さいズボンをいっこいっこピンチに挟むのが本当に大変だった。

 なのにそれが今おじゃんになっている。ショックだ。

「天気予報じゃ雨は夜からって言ってたのに!」

 あの山盛りの洗濯をやり直すのは、気が滅入る。



 帰るまでに雨脚こそ弱まったものの、雨は降り続けていた。

「……ただいまぁ」

 玄関を開ければ、そのまま奥の掃き出し窓に映る洗濯が目に入る。どうがんばったって15センチの彼方かなたでは洗濯を取り込めないだろうから当然だ。期待はしてなかった。でも改めてへこむ。

 ため息をつきたくなるのを我慢して洗濯を見に行った。雨で濡れたまま放っておくわけにはいかないし、コインランドリーにでも行くしかないだろうか。

 しかし手に取った洗濯は。

「あれ、濡れてない……?」

「おう、帰ったのか。おかえり」

 どこからか出てきた彼方かなたが笑顔で見上げてくる。

「これ、洗濯、」

「ああ、急にすごい雨が降ってきたからな。洗濯濡れたらお前が困ると思ってよ」

「でも、どうやって?」

「なに、ちょっと魔法でよ、ここの窓の外だけちょっと天気を晴れに変えてやったんだ」

「えええ、そんなことできるのか!?」

「まぁな、勇者だからな」

「勇者すげぇ!」


 ……みたいな奇跡は起きてなかった。洗濯はびちゃびちゃだった。

「………………はぁ」

わりぃな」

 出てきた彼方かなたがひどく申し訳なさそうに言う。

「いや、こればっかりはどうしようもないだろ」

 さしもの彼方かなたも洗濯が雨に濡れるのを見ているよりどうしようもないだろう。今日に限って洗濯してしまった自分が悪い。

 彼方かなたが目を泳がせて、それからおもむろに口を開いた。

「いや、なんだ。それもそうなんだが。それだけじゃなくって」

 皿に手をやる。

「なんかいつも成功率の低い雨乞いの魔法がよ、今日に限ってクリティカルヒットの大成功してよ。いやぁ、なんで今日に限って成功したかなぁ」

「……………………………むしろ、なんで今日に限って雨乞いとかした?」

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