彼方さん、飛ぶ。

 夜9時のニュースを見ていた彼方かなたが、画面を指さし言った。

「うちにもこれ、あるのか?」

「これ?」

 注いでいた酒から顔を上げて見る。大映しになっているのは某国のミサイルだった。

「ないよ」

 うちのどこにこれがあるように見えるんだ、お前は。

 だのに、彼方かなたはつまらなさそうに「そうなのかァ」と言った。

「持ってないのか、お前」

「ないよ! 普通持ってないって」

 彼方かなたが鼻をならす。

「でもよ、こいつ、お前とそんな歳変わらんと思うが」

 こいつというのは、一緒に映った某国の元首さんだった。確かにこの人は年齢不詳な顔をしている。

「って、そういう問題じゃないから。国家レベルの破壊兵器がうちにあってたまるか」

 よく知らないが、一発で何千万とするに違いない。下手したら何億とかかも。

「だいたい、あんなもの、お前なにすんだよ」

「ん、なんだ。なんかすげぇ強いんだろ、アレ」

 そう言った彼方かなたの顔は、完全におもちゃを欲しがる子供のそれだ。

「だから、この世界の魔王に 俺の世界の魔法が通じないかも分からんからな、こっちの世界の武器を俺も装備しといたほうがいいと、思ってよ」

 ミサイルあんなものぶち込まれたら、魔王だって泣くと思う。

「よくない。いらない。剣と魔法で十分です」

 ぷうと頬を膨らませ、彼方かなたはニュース画面へ視線を向けた。

 ニュースでは、某国ミサイルの飛距離だの威力だの被害想定だのを懇切丁寧に紹介してくれている。

「……いーなァ、すごいなァ、つよいなァ、ほしーなー」

「…………」

「なんとか手に入れらんねーのか?」

「無理。絶対無理」

「そうだ。お前、魔導器技師エンジニアじゃねーか。作れねーのか?」

 なに期待に満ちた顔してるんだ。

 いかな機械技師エンジニアとはいえ、ミサイルなんて作れるわけ……なくもない。まぁ軍事兵器ミサイルとはいっても、基本的な仕組みは未知の技術を使っているでもなし。

「っても、さすがにあのレベルのミサイルは、資材と設備がなきゃダメだけどな。もっと簡単なやつ、それこそロケットぐらいなら別に作れるけど?」

 もちろん火薬は使えないから、言ってしまえば水圧を使ったペットボトルロケットだが。飛行操作は効かないし、着弾点で爆発もしない。攻撃力はほぼゼロ。たまたま頭の上へ落ちれば、魔王も「た」ぐらい言うかも?

 そのあたりを分かっているのかいないのか、それでも彼方かなたは喜んだ。

「頼む! それ作ってくれ! 後生だ!」

 小さな両手を合わせて拝み込む勢いだ。そこまでいうなら、まぁさほど手間でもないし。ロケットのひとつぐらい、作ってもいい。

 そう言うと、彼方かなたは諸手を挙げて飛び上がった。



 水圧ロケットとはいえ、そこは機械科卒。半端な工作をするつもりはない。といって強度や重量、加工のことなんかを考えると、ペットボトルを使うのが理にかなっているわけで。いかんせん名称はペットボトルロケット。

 でも、学生時代の使い残しのアクリル板やらPET溶接棒やらを見つけることができたので、そこそこのクオリティにはなるだろう。

 カットしたアクリルの羽を溶接してたら彼方かなたが興味深げにのぞき込んできた。

「これ高温だから、あんまり近づくなよ」

 ロケットなんかより遥かに強力な武器ヒートガンを使用中。

「おう。いやぁ、なかなかすげーな」

 ほくほく顔で彼方かなたはまわりをぐるりと回った。

「言っとくけど、これは別に爆発したりしないからね。ただ飛ぶだけだからね」

「分かってるって。まだ魔王の居場所も知らんからな。試作だな」

 魔王の居場所が分かったって発破させる予定はない。

「ふうん、透明なんだな。それにしても、思ってたよりでかいなぁ」

 今度は反対に回りながら言う。

「ってかこれ、俺乗れるんじゃね?」

「え。」

 完成時のロケットのサイズは50センチほど。乗れるか乗れないかだけで言えば、そりゃ乗れるけどね。

「……マジで乗りたい?」

 聞いてみたら、マジな顔でうんうんうなず彼方かなた

「そっか、それも面白いかも」

 それなら搭載する予定だったカメラをやめて彼方かなたを仕込むか。重量は問題ない。けど重心には要注意だ。どうやって彼方かなたを固定するかな。

「で、これはいつ出来るんだ?」

「んー。噴射口のジョイントとリモコンがちょっと面倒なんで、今日は無理だな。まぁでも、来週末にはひとまず飛ばせるんじゃないかな」

 彼方かなたは「そうか」と言うなり腕立て伏せを始める。

「…………?」

「それなら、俺も、飛ぶ準備、しとかねーと、な!」

 よく見たら指立て伏せだった。



 できあがったロケットの打ち上げは、翌週末に河川敷ですることになった。市の東境に流れる大きな一級河川で、ここなら十分な広さがある。

 広い芝生広場の中央に打ち上げ台をセットしながら、ちょっと困ったことに気づく。

 ちょっとした公園やグラウンドのある河川敷。休憩の人とか犬の散歩の人とか、ランニングしてる人とか練習試合らしい子供たちとか、あっちにはバーベキューしてる家族まで。思っていたより人がいる。

 ……端から見たら俺って一人でペットボトルロケット打ち上げてる変な大人?

 まぁいいや。気づかなかったことにしよう。

 ちょっと自慢したくなるような出来上がりのロケットを設置。空気ポンプは隣の部屋の人に借りてきた。

「これが、俺のロケット」

 横で彼方かなたが満足げにロケットを見上げる。でもこれ、作ったの俺だから。お前のじゃなくて、俺のロケットだから。

「よし。乗れるよ」

 乗り込み口を開けてやると、彼方かなたは躊躇なく、というか喜々として乗り込んでいく。うん、さすが勇者。

 発泡スチロール製のシートにつき、ゴムのベルトをしっかり巻く。準備ができたという合図だろうか、彼方かなたがサムズアップ。

 では。遠慮なく。

「ごぉ…よん…さん…にぃ…いち……発射!」

 開栓グリップを握り込む。ブシュッと小気味いい音。ロケットは彼方かなたを乗せて飛びあがった。

「おお」

 飛距離としては高さ30メートル、距離50メートル。ほんの数秒の飛行。まぁ、ペットボトルロケット初号機としてはまずまずかな。と、一人悦に入る。


 ところで。聞いたところでは、落っこちるペットボトルロケットというのは時速にして20キロぐらいになるらしい。

 彼方かなた、着陸はどうするつもりなんだろうね?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る