科学的な根拠とかはないけど、気分で酔う

 出来合い惣菜のカツのパックを開ける。ふわりとソースの匂いが漂った。

「えーと。とりあえず掃除お疲れさまでした」

「掃除じゃない、探索!」

「はいはい。えー、探索お疲れさまでした」

 彼方かなたがカツを興味津々ガン見している。あとふんふん匂いをかいでいる。

「なんだ、これ、なんだ?」

「カツです。ソースカツ」

 持って帰る間に衣がふにゃっとしてしまっているけれども。それはそれで旨いので、トースターで温め直しとかはしなかった。

 包丁で小さく切り分けようとしてみるが、意外とこれが難しい。肉のスジに苦戦してると衣が剥がれる。面倒になったので、適当なサイズで彼方かなたに勧めてみる。

「おう、ありがとな」

 やや大きめのそれを彼方が持ち上げる。かぶりつこうとして、やはりちょっと苦しかったらしい。そっとカツを置いた。もう少し頑張って切らないとダメか。そう思って包丁を持ち直すより早く、彼方かなたが背中の甲羅からシャッと剣を引き抜いた。

「って、ちょっと待て。なんだそれ。どうやって出した? どう見たって甲羅よりでかいだろ、それ」

 びっくりして声を上げる。彼方かなたは驚かれたことに驚いたらしく、目をぱちくり動かした。

「え、そりゃ甲羅だからな。剣ぐらいしまってあるだろ」

 いやいやいやいや。便利すぎるだろう。そういえば、さっきも彼方かなたサイズの箒をちゃっかり握っていた。案外いろいろ持ち込んできているのかもしれない。侮れないな、甲羅。

 彼方かなたは剣を正眼に構え、「てや」と気合い二閃、カツを見事に四等分した。さすが勇者、俺が苦戦したカツをこうも奇麗な切り口で。というか、勇者の剣をカツ切るのに使ったりして大丈夫か。

 満足げに剣を一拭きし、しまう彼方かなた。さらにひゅうっと短槍を取り出し、グサッとカツを刺す。そしてそのまま口へ運ぶ。勇者の槍はフォークになった。

 本人がいいならいいんだけど。

「おお、旨いなこれ。肉か? 肉だな。中は肉だ。外はなんだこりゃ、旨いな。この黒いのがまた旨いな、うん」

 食リポには向いてなさそうだが、お気に召したらしい。すぐに次の一切れを突き刺し、もぐもぐと美味しそうに食べている。良かった良かったと思いながら俺も食べようとカツに箸をのばす。うん、旨い。

 ちらりと彼方かなたがなにか言いたげに見てくる。ちら、ちら、とこちらを窺っている。

「……あ。そうだ。忘れてた」

 分かった。というか、思い出した。台所へ立って冷蔵庫で冷やしていたソレを持ってくる。

 どんとテーブルに置いた。

「今日はこれ、サッポロ生だ」

「ほお?」

 第三じゃない。本物のおビール様である。しかもロング缶1パック。昨日と同じCGCの酒でも良かったのだが、なんとなく奮発。彼方かなたが消えてなくてよかった。

 さて問題は。昨日はペットボトルのキャップをコップ代わりに出したわけだが。どう考えてもビールをそれで飲んでも美味しくないだろう。だから考えてある。

 大きいグラスに思いっきり注ぐ。黄金こがね色の液体と真っ白な泡が浮かび立つ。

「おおお! これはあれか、エールか」

「うん。いや、エールつーかラガーだけど。まぁエールみたいなもん」

「ふーん。澄んでてすっげー綺麗だ」

 でもこれでは彼方かなたには飲みにくいだろう。そこで。台所の引き出しに眠っていた細いストローを差してやる。

「ほい、どうぞ」

「おう、ありがとな」

 彼方かなたが立ち飲み状態で、キューッと吸い上げた。

「ぷっはー。旨い。すげー爽やかだな」

 満面の笑みでご満悦のようだ。さらにビールを一気にいき、槍先のカツを頬ばる。

 こちらも満足げな気分になりながら、泡が消える前にと冷えたビールに口をつける。やはり一口目ののどごしは格別だ。ソースカツもビールにばっちり合う。最高だ。

 ところで。さっきからなんか、彼方かなたを見ていると、ちょっと気になるような、ならないような。なんだろう。ビールをストローでちゅーちゅー吸い上げている、彼方かなた

 ……あ、コレ、貧乏学生とかがお酒ないのに酔いたいときにやるヤツだ。なんかよく分かんないけど、回るんだよなー。


 ほどなくして、彼方かなたがぱたんと倒れた。


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