「もしかしてわたしって結構サディストかも」

「20年前にみっこさんが撮影したモルディブに、わたしも行きたいです。そのときのこともいろいろ聞いたのですけど、珊瑚礁に囲まれた海がとっても透きとおっていて、ビーチも真っ白で、すごく綺麗なんです。

写真や広告のポスターも見せてもらいましたけど、みっこさんの水着姿ってもう、ため息が出るほど素敵なんですよ。おへそが縦に綺麗に割れて、ウエストなんかもキュッと細くくびれてて、無駄なお肉が全然なくて。うなじのラインがまた華奢で、可愛いんですよね」

「、、、で。気が済んだ?」


居心地悪そうにもぞもぞと挙動不審だったヨシキさんが、いきなりわたしを睨みつけ、苛ついたような口調で言った。


「え?」

「全部聞いたんだろ? オレとみっこさんのことも。

凛子ちゃんも意地悪だな。どんだけいたぶれば気がすむんだよ」

「ヨシキさんとみっこさんのこと? ふたりになにかあったんですか?」


とぼけた表情のわたしを見て、ヨシキさんは『しまった』というように目を見開き、口を噤む。

問うに落ちず語るに落ちるとは、このことだ。

ここぞとばかりに、わたしは追求した。


「ちゃんと話してください。いったいみっこさんと、なにがあったんですか?!」

「ん、、、」

「ヨシキさんっ?!」

「、、、」

「どうして言ってくれないんですか?」

「、、、」

「わたしに言えないようなことなんですか?!」

「、、、」

「ヨシキさんっ!」

「、、、、、、降参。みっこさんに聞けよ」


そう言って力なく肩を落とすと、ヨシキさんはわたしから目をそらし、明後日の方向を向いて、黙り込んでしまった。

ちょっと意地悪しすぎたかな。

拗ねてるヨシキさんって、意外と可愛い。


「、、なんてね。全部知ってますよ」


おどけて言うと、わたしはヨシキさんの視界に入るように回り込み、両腕を後ろ手に組むと、ヨシキさんの唇に、軽くくちづけた。


「、、、凛子、ちゃん?!」

「、、、最後のキスです」

「え?」

「ヨシキさんのこと、ほんとに好きでした。

わたし、ヨシキさんとつきあえて、幸せでした。

女としても、モデルとしても、たくさん喜びを教えてもらえました。

今までありがとうございました。

今度会ったときは、ただの友達として、笑いあいましょ。

『恋なんて儚い』とか『女の人を信じられない』とか、寂しいこと言わないで、ヨシキさんも新しい素敵な恋、つかまえてくださいね」


驚くほど素直な言葉だった。

今までなにかとヨシキさんと意地を張りあい、負けないようにと頑張ってきたのに、この瞬間、全部リセットされたみたいに、新鮮な気持ちで、ヨシキさんに向かい合えたのだ。


「ヨシキさんは本当にいい男でした。さようなら」


なんの未練も、執着もなかった。

踵を返し、軽くステップを踏むように、わたしはヨシキさんの元を離れようとした。


「凛子ちゃん!」


その瞬間、わたしの手をヨシキさんは後ろから掴み、強く引き寄せると、全身の力を込めて抱きしめた。


「君だけが好きだ! 行かないでくれ! 手放したくない!」


切羽詰まったような口調で言いながら、ヨシキさんはその手にいっそう力を込めた。

息ができないくらいに嬉しい。

こうして抱きしめられると、やっぱり心が揺れる。

だけどもう、わたしは決めたんだ。


「ダメ!」


思いっきりその手を振りほどいて突き飛ばすと、わたしはヨシキさんの喉元に、川島さんからお借りした一脚を突きつけた。固まってしまったかのように、ヨシキさんは動けなかった。


「未練がましいです」

「りっ、凛子ちゃん、、、」


ゴクリと息を飲む音が、聞こえてくるようだった。

ヨシキさんは完全に気圧されている。

こんなに狼狽うろたえた彼を見るのは、はじめてだ。

蛇に睨まれたカエルみたいになっているヨシキさんに、わたしは冷たく言い放った。


「手に入れられない高嶺の花が、ヨシキさんのお好みなんでしょ?」

「、、、」

「いいじゃないですか。わたしはヨシキさんの理想の姿になりたいです」

「、、、」

「第一わたし。完敗しましたから」

「かっ、完敗?」

「敵いません。桃李さんには。ヨシキさんも彼女、大切にしてやってください」

「、、、」


じっとヨシキさんの瞳を見据えながら、わたしはゆっくりと一脚を下げる。

彼は身動きひとつしなかった。

哀れむような眼差しで、わたしを力なく見返してるだけ。


なんだか、ぞくぞくしてくる。

煮えたぎった快感が沸き上がってくる。

もしかしてわたしって、結構サディスト?

わたしは背中を向けると、ヨシキさんを残して歩きはじめた。

もう、彼は追ってこなかった。


はじめて恋して、はじめてからだまで許した彼と別れるのは、確かに寂しいし、辛い。

だけど、わたしは訣別する。

振り向きたくない。

この別離わかれは、わたしに科せられた試練。

これを乗り越えられれば、きっとわたしもいい女になれる。


やっとわかった。

それこそがヨシキさんのいう、フィフティーフィフティ。

ヨシキさんと別れることで、わたしは彼と対等につきあえるようになるのだ。


つづく

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