「何時間も探しまわってくれていたんですね」

「ここでいいの? 家はもうちょっと先だろ」


家の手前の神社まで辿り着いた頃、クルマを止めてもらうように、わたしは川島さんに頼んだ。

『バンデン・プラ・プリンセス』はゆっくりと路肩に車体を寄せていく。


「まだお酒も残ってるみたいだし、今夜はいろいろあったから、ひとりで少し夜道を歩いて、酔いを醒まして帰りたいんです」

「でも、危ないよ。防犯ブザーもないし」

「大丈夫です。もううちの近くだし」

「そう… じゃあ護身用に、これ持っていくといいよ」


そう言いながら、川島さんは後部座席に手を伸ばし、写真の機材を取り出す。

それは伸縮式の棒で、頭にはカメラを取りつけるネジがついている。川島さんはそれを伸ばして渡してくれた。

金属の感触がひんやりと伝わってくる。


「これは?」

「写真用の一脚。凛子ちゃんなぎなたが得意だろ。悪いヤツが現れたら、それで成敗してやりな」

「でも、、、」

「今度会ったときにでも返してくれればいいよ」

「ありがとうございます」


一脚を手にして、わたしは助手席のドアを開いた。

川島さんもクルマを降り、わたしを見送ってくれる。


「おやすみ凛子ちゃん。今夜は楽しかったよ」

「おやすみなさい川島さん。さっきはすみませんでした」

「いいよいいよ。ぼくもいい経験させてもらったから」

「すっ、すみません」

「ははは。来週のセンター試験も頑張りなよ」

「はい。ありがとうございます」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


川島さんが見送るなか、わたしはほろ酔い気分で家の方へ歩きはじめた。




「なんか、、、 めまぐるしい一日だったな」


 物音ひとつしない真っ暗な住宅街を、わたしはゆっくりと歩きながら、つぶやいた。

空を見上げて息を吐く。

真っ白な息がもやのように立ち上り、闇に消えていく。


桃李さんからヨシキさんのことを告白されて、ヨシキさんと別れたのは、つい半日前だというのに、随分昔の出来事に感じられる。

ヨシキさんと別れて街を彷徨さまよい、みっこさんの家に突然お邪魔して話し込んだり、ヨシキさんの失恋の相手がみっこさんだと聞いたり、川島さんに送ってもらって、彼を誘惑してみたり、、、

今日一日で、ずいぶんたくさんのことがありすぎた。

おかげで一気に年をとった気がする。

こんな長い一日って、なかなかないかも。


そのとき、わたしを追い越した黒いクルマが目の前で止まり、窓から男の人が顔を出した。


「凛子ちゃん!」


それは、ヨシキさんだった。

わたしを見て驚いたように目を丸く見張った彼は、クルマを降りるとこちらへ駆け寄ってきた。

わたしも驚いた。

まさか、こんな時間にヨシキさんが、わたしの家の近くを通るなんて。


「こんな夜中に、どうしたんですか?」

「どうしたって、、 凛子ちゃんを捜してたに決まってるだろ」

「わたしを?」

「あれから、凛子ちゃんが通りそうなところを探して、家の前も何度も通ってみた。

だけど、部屋の灯りがついてなくて、帰ってる気配もないから、あきらめきれずにグルグルこのあたりを回ってたんだ」


偶然じゃなかったんだ。

なんだか嬉しい。

こんな夜中まで、わたしを心配してくれて、何時間も探しまわってくれてたなんて。

心配するように、ヨシキさんは訊いた。


「いったいこんな真夜中まで、どこにいたんだ?」

「みっこさんと女子会してたんですよ」

「みっこさんと?!」


『みっこさん』というフレーズに反応したのか、一瞬ヨシキさんの表情に、戸惑いの色がかすめた。

ふたりのいきさつを知ってしまった今、ヨシキさんをからかってやりたくもなる。


「ええ。あの、みっこさんとです。ワインなんかも飲んで、楽しかったですよ」

「、、、そう」

「恋バナとかも、たくさんしましたよ」

「恋バナ…」

「みっこさんの、昔の恋の話、です」

「…」

「ほんとにすごいですよね。彼女にかかるとどんな男の人も形無しって気がします」

「、、ふうん」


明らかにヨシキさんは動揺していた。

視線が定まらず、落ち着きなくからだを動かしている。

攻撃の手を緩めることなく、わたしは続けた。


「でも、びっくりしました。みっこさんが昔、川島さんのことを好きだったなんて」

「そ、そうだな、、」

「ヨシキさんも知ってたんですか?

あのふたり、お似合いですよね。『今はただの友達』なんてふたりとも言ってるけど、案外まだ、お互いに好きなのかもしれません。だって、どちらも独身のままだし」

「、、そうかもしれないな」

「帰りは川島さんに送ってもらったんだけど、なんかドキドキしちゃいました。高校生のわたしから見ても素敵な人ですよね、川島さんって。カメラマンとしても、男としても」

「…」

「とても落ち着いてて、わたしが全力でぶつかっていっても、軽くあしらわれちゃって。やっぱりおとなの余裕ですね。そういうの、憧れます」

「…」

「あ。わたし、アルディア化粧品の夏キャンモデルのオーディション、受かったんです」

「え? そうなんだ。すごいな! おめでとう!」

「ロケ場所はまだ未定なんですけど、撮影は川島さんがしてくださるみたいで、今から楽しみです。そのときヨシキさんとも、いっしょに仕事できますよね」

「…そうだな」


つづく

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