「手のひらの上で踊らされてたかもしれません」
蛇足かもしれないが、この話には後日談があった。
「はは。参ってるようだな? 凛子」
長い話し合いが終わり、心身ともに疲れ果てて、二階に上がって自分の部屋に入ろうとしたわたしに、気配を察して部屋から出てきた兄が、声をかけてきた。
「こってり絞られたな。二階で待機してたおれまで、久しぶりに緊張したよ」
「今日はくたびれました。こういうのはもう、まっぴらです」
「おまえが陰でこそこそしてるから悪いんだよ。反省したか?」
「たっぷりしました」
「そうか。まあだいたい、父さんたちの筋書き通りに運んだな」
「筋書き?」
「とことんおまえを追いつめて反省させるってのは、事前にふたりで話し合ってたみたいだよ。
母さんが攻め役で、父さんがなだめるってのも、決めてたみたいだし。それって、刑事の尋問と同じで、飴と鞭作戦だろうよ。
『モデルになりたい』って、おまえが言い出すのも予想してて、認める場合に備えていろいろリサーチして、モデルって職業のことを調べ上げてたみたいだぜ。
彼氏の件だって、最終的には許す方向にしてたみたいだし。
まあ、賢明な対応だと思うよ。
男の問題で、世のバカ親が感情的になって反対して無理やり引き裂いて、娘の不良化や家出とかに繋がるのを、ふたりとも散々見てきてるからな」
「…」
「おまけに言うとな、森田さんのことだって、事前に彼女と打ち合わせしてたんだぜ」
「えっ? ほんとに?」
「お前がいない昼間に、彼女がうちに来たよ。
お前には希有な才能があるから、ぜひモデルになるのを認めて下さいって、森田さん、すごく熱心に説得してたぜ。まあ、兄のおれから見ても、凛子は美人だしスタイルいいから、モデル向きとは思うけどな。
その、勝ち気で鼻っ柱が強いとこも、ライバルに立ち向かうにはちょうどいいんじゃないか?」
「…」
「三人の話し合いにおれが呼ばれたときには、契約書の有効性について話してたぜ。
正式な書類にちゃんと捺印してるし、サインも、凛子が偽造したって言わなきゃわからないから、このままでいいだろうってことになってたな。事務所にも最初っから話してないらしいし、森田さんの胸のなかだけに納めておくつもりだろ」
「…」
「でも、このまますんなり、凛子のわがままを通すのは絶対いけない。あいつのためにならない。しっかりお灸を据えとかなきゃって、三人とも言ってたぜ」
「お灸、、」
「そりゃそうだろうよ。
凛子はもともと正義感強くて、まっすぐでかっこいい女の子だったからな。
おれだって、最近の凛子見てるとなんかもどかしくて、煮え切らなかったから、気合い入れ直すためにも、今回のことはいい薬になったんじゃないか?」
「…」
「ああ、それからな。
父さん、長年の森田さんのファンだって。
話し合いが終わったあと、サインとかもらってさ、やけに嬉しそうだったな」
「えっ? お父さまが」
「母さんもらしいぜ。森田さんの出るドラマとか映画を見てたらしくて、話し合いの後はお茶でもしながら、みんなで楽しく盛り上がってたぜ。
にしても、森田美湖さんって、画面で見るのと変わらないくらい、超絶美しいな。全然アラフォーって気がしない。
おまけにほがらかで笑顔が素敵で、おれも一発でファンになったよ。
父さんなんか、これからもおまえがずっと森田さんにお世話になるって聞いて、ウキウキしてたぜ」
「…」
「今度おれにも紹介しろよな。凛子の彼氏。
どんなやつか、おれが見定めてやるよ。はは」
気楽な口調で全部暴露すると、兄は笑った。
…なんてことだ。
あんなに必死に考えて、反省して、自分の進路を心に誓ったというのに、、、
わたしはすっかり、両親の手のひらの上で踊らされてたのか!
それだけじゃなく、みっこさんにまで!
両親は教育者で、みっこさんは大女優。
みんな、なんて芸達者なんだ。
まったく、おとなって侮れない。
わたしが乗り越えようと思ってる壁って、予想以上に厚くて高いのかもしれない。
「でもそれ、お兄さまがわたしにバラしていいの? あとで怒られても知らないわよ」
少々気が抜けたわたしは、反動で少し憤りながら、兄に訊いた。
「むしろ、説教が終わったあと、『凛子に言っておけ』って言われたんだよ」
「?」
「おまえの負担を軽くしてやりたかったんじゃないか?
あれだけよってたかってヘコまされたら、さすがの凛子でも立ち直れないかもしれなかったからな。
説教後のメンタルケアまで考えてるなんて、我が両親ながら恐れ入るぜ。
でも凛子、また、あの三人を怒らせるようなことしてみろよ。
今度はもっとひどい目に遭うぜ」
最後にそう脅して、兄はにやりと笑った。
…完敗だ。
やっぱりわたし、あの三人にはまだまだ敵わない。
つづく
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