「それがわたしの生きる道だと信じられます」

「どうぞこちらにお座り下さい」


母が座布団を勧めると、みっこさんはそこに正座し、うやうやしく両手をついた。


「はじめまして、森田美湖と申します。この度はあたしの不注意で、凛子さんのお父様お母様にはご迷惑をおかけし、まことに申し訳ありませんでした」


そう言って、みっこさんは深々と父に頭を下げた。


、、、信じられない。

だれに対しても臆することなく、プライドの高いみっこさんが、額が畳につきそうなほど、頭を下げるなんて。


「いえいえ。こちらこそお忙しい中わざわざいらして下さって、恐れ入ります。それで、お話しというのは?」

「真夜中に失礼なのは承知の上で、どうしてもご両親の前で、凛子さんに訊いておきたいことがありました」

「え? わたしに?」

「…承りましょう」


戸惑うわたしに構わず、父は答える。

その言葉を聞いて、みっこさんは居住まいを正し、まっすぐにわたしの瞳を見た。


「凛子ちゃん。今回のあなたの偽造行為は、モデル事務所に多大な迷惑をかけたわ。おそらく登録は抹消され、今後いっさい、レッスンも仕事の紹介もできなくなる」

「…」


凍りそうに冷たい言葉だった。

母の言う通り、わたしはみっこさんを怒らせたんだ。

この人なら、少しはわたしをかばってくれるかもという甘い期待は、見事についえた。

それも仕方ない。

全部わたしの撒いた種なんだから。

みっこさんにあんなに頭を下げさせるようなことを、わたしはしでかしたんだから。


厳しい表情でわたしを見つめながら、みっこさんは続けて言った。


「それでもあなたは、モデルになりたい?」


えっ?!


みっこさんの瞳を、わたしはまじまじと見つめた。

彼女もわたしから目をそらさない。

これは、、、

はじめてみっこさんと会ったときのように…

彼女はわたしを試しているのかもしれない。


「…」

「…」


わたしは返事をしなかった。

みっこさんもただ、黙ってわたしを見つめている。

わたしは必死に考えてた。

自分が本当にモデルになりたいのか、どうかを。


コスプレをはじめて、ヨシキさんと知り合ってからの数ヶ月。

わたしは変身することに興味を持ち、写真を撮られることが快感になっていった。

でもそれだけじゃ、プロのモデルにはなれない。

モデルというのは、ビジネスのひとつ。

趣味の延長みたいな甘い考えでいたら、手痛いしっぺ返しを喰らう。

だけど、まだまだひよっこなわたしに期待して、みっこさんはわたしを鍛えてくれた。

わたしは彼女の期待に応えたい。


ううん。


なにより、わたしはモデルになりたい。

例え、だれも助けてくれなくても、自分ひとりで手探りでも、この道を歩いていきたい!

それがわたしの生きる道だと、信じることができる!


「…なりたいです」


みっこさんの瞳をまっすぐ見つめ、わたしは断言した。

そのあと、父と母の方を向き直り、わたしは深々と頭を下げた。


「お父さまお母さま、お願いします。モデルを続けさせて下さい!」


ふたりとも黙っている。

それでもおかまいなしに、わたしは続けた。


「許諾証を偽造したり、ないしょでモデル事務所に通っていたことは、本当に申し訳ありません。心から謝ります。

でも、これはわたしが勝手にしたことなので、事務所やみっこさんを巻き込まないで下さい。罰ならわたしだけに与えてください。

わたしはもう逃げません。

勉強だってちゃんとして、受験もします。必ず志望校に合格してみせます!

だから、わたしがモデルになることをお許し下さい。一生のお願いです!」


深々とこうべを垂れながら、わたしは祈った。

『許す』とひとこと、父母が言ってくれることを。


「あたしからもお願いします。凛子ちゃんがモデルになるのを、認めてやって下さい」


みっこさんの声が聞こえ、わたしは思わず彼女の方を振り返った。

見ると彼女は、わたしと同じようにきちんと正座をして両手をつき、床すれすれにまで頭を下げている。


「凛子ちゃんのことは、あたしが責任持って面倒見させて頂きます。

あたしは彼女の希有な才能と美貌、そして根性に惚れ込んでいます。あたしのすべてを彼女に伝えて、凛子ちゃんを一人前のモデルに育て上げます」


みっこさんはそう言って、もう一度頭を下げた。


涙が出るほど嬉しい。

もう見捨てられたと思っていたこの人の、この言葉。

わたしを必要としてくれる人がいる幸せ。

彼女を裏切るようなことはできない。

こんなにもわたしに期待してくれてるみっこさんのために、わたしも精一杯頑張らなきゃ。


「お願いします!」


みっこさんと並んで、わたしはもう一度父母に頭を下げた。


つづく

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