「これが伝説のはじまりなんでしょうか」
「納得いきませんっ」
「どこが?」
「なにもかもです!」
「ふうん」
「あっ、すみません。撮影がとかってわけじゃなくて、自分のなぎなたのことです。
わたし、緊張で全然集中できなくって、演技もうわの空で… こんな演武、みっともないだけです!」
それぞれに感想を述べていたみんなは口を閉じ、、一斉にわたしを見つめる。
たくさんの視線を痛いほど感じながら、わたしは思い切って深々と頭を下げ、監督に頼んだ。
「すみません。やり直させて下さい!」
「え? やり直しって…」
「…生意気ね」
呆気にとられた様子でわたしを見返してる監督を一瞥したみっこさんは、こちらを睨み、冷たく言い放った。
「監督もクライアントさんも、もう、OK出したのよ。駆け出しモデルのくせに、自分からダメ出しするつもり?
スタジオの予定だって、このあと詰まってるのに、あなたのわがままで撮り直せって言うの?」
「すっ、すみません。でもわたし、こんな納得いかない形で終わるのはイヤです。もっといい演技を見てもらいたいです。だからどうしても、もう一度やらせてほしいんです。お願いします!」
もう、あとには引けない。
抑えつける様に見つめるみっこさんの視線に
かすかに口元に笑みを浮かべ、みっこさんは答える。
「じゃあ、見せて」
「え?」
「凛子ちゃんが納得いくまでやって、その、『もっといい演技』ってのを見せてもらいましょ。ね、監督?」
「あ? そうだな…」
「ありがとうございます。でもその前に、素振りの時間を少し下さい。からだを暖めないと調子が出ないから」
「好きにすればいいわ」
わたしは丸に十文字の入った馴染みの真剣を手に取り、思いっきり薙刀を振れる場所を探した。
「ホリゾント使いなさいよ。邪魔なものもないし、そこがいちばん広いでしょ」
そう言って、みっこさんは真っ白な空間を目で示した。撮影に使う場所だけど、確かにそこなら薙刀を振り回すには十分なスペースがある。
まだライトが煌々と輝いているホリゾントの真ん中に立って、わたしは薙刀を構えた。
「えいっ」
「えいっっ」
「えいいっっ!!」
ふがいない演技しかできなかったわたしに、みっこさんはきっと失望しただろう。
だけど、彼女がくれたチャンスを、こんな無様な形で終わらせたくない。
もっといい演技がしたい!
わたしの力をすべて出し切りたい!
そう念じながら、わたしは一心不乱に、気合いを込めて打ち込んでいった。
“ビュッ ビュッ”
空気を切り裂く切っ先の音が、少しづつ鋭くなっていく。
額から汗がほとばしる。
からだの奥底から力が沸き上がってきて、かけ声にも気力が乗ってくる。
大勢の視線もカメラも、もう気にならない。
いつの間にかわたしはすっかり、演技に没頭していた。
「はいっ、オッケー! すごくよくなったよ、凛子ちゃん!!」
30分ほども素振りをしていただろうか。
突然の監督の大きな声で我に返り、わたしは思わず訊いた。
「え? 撮影は…」
「へぇ~。カメラ回してたのも気づかなかったんだ?
凛子ちゃんの集中力と気魄があんまりすごいから、そのまま撮ったよ」
「スチルも撮らせてもらったわよ。わたしも薙刀の演技ってはじめて見たけど、圧倒的で迫力あるわね~。感動したわ」
星川先生も微笑みながら言う。
「あ、ありがとうございます…」
「すごいの撮れたから、今度は大丈夫。お疲れさま」
「お疲れさま」
「お疲れ~」
ホリゾントを囲んでいたスタッフやクライアントさんも、口々にねぎらいの声をかけてくれる。
“パチパチパチパチ…”
どこからか拍手の音が聞こえてきて、連鎖するように繋がっていく。満場の喝采のなか、わたしは薙刀を抱えて深々とお辞儀をし、ホリゾントから降りた。
「伝説のはじまり。かもね」
ホリゾントから戻ったわたしを、さっきとは打って変わった笑みで迎えてくれたみっこさんは、茶化すように言った。
「伝説?」
「今日の撮影。凛子ちゃんがトップモデルになったとき、『はじめてのCM出演で、監督にダメ出しした』って語り継がれるわね」
「え?」
「監督がOK出したものを、撮り直させるなんて。駆け出しのひよっこモデルはそんな生意気なこと、できないものなのよ。ふつうは」
「で、でもわたし。あのままじゃ納得いかなくて」
「ふふ。さっきの凛子ちゃんの目、オーラがあったわ。はじめて会ったとき、あたしに喰らいついてきたときみたいに」
「すみません…」
「謝ることないのよ。そんな凛子ちゃんが大好きだから。それに、最初の演技のままで妥協するような子だったら、あたし、あなたを見限ってたわ。集中力に欠けてふわふわしてて、素人のわたしから見ても、最低の演技だったもの」
「すっ、すみません」
「でも今のはすごかったわよ。気合がこもってて、
そう言って、みっこさんはニッコリ微笑んだ。
つづく
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