「わたしの力はこんなものではありません」

 撮影当日。

みっこさんに連れられて、朝早く撮影場所に向かう。

今回の撮影は、ヨシキさんの勤めているKYスタジオではなかった。

郊外のさらに大きなスタジオで、ホリゾントが広くて天井も高く、監督さんやカメラマンさんの指揮の元、大勢のアシスタントさんが撮影機材を組み上げたり、ライトやカメラをセットしたりと、忙しく動き回っていた。

打ち合わせの際にお会いした公安関係の担当者さんの顔も見えるし、みっこさんの話では、デザイン会社や代理店の営業さん方も見に来てるとのことだった。

日頃のヨシキさんとの趣味撮影とは較べものにならないくらい、たくさんのクライアントやスタッフのいる張りつめた雰囲気に、一気に緊張が増してくる。


「おはようございます、森田さん。今日はよろしくお願いしま~す!」

「おはようございます。こちらこそよろしく!」

「やあみっこ、おはよう! 今日はいよいよ君の秘蔵っ子のデビューだな」

「ずいぶん綺麗な子じゃない。楽しみにしてるわよ」

「みっこがマネージャだなんて、その方が緊張してしまうよな」


すれ違いざまにたくさんの方から声かけられながら、みっこさんはいつもの素敵な微笑みを振りまき、挨拶をしていく。

『この世界では挨拶は重要よ』とみっこさんに言われたとおり、わたしもできるだけ明るく礼儀正しく、挨拶を返していった。


慌ただしく撮影準備をしているスタジオを横切り、静かなメイキングルームに通されたわたしは、ヘアメイクさんに入念にお化粧と髪のセットをされ、衣装の着付けをしてもらった。


「準備いい~? そろそろいくわよ~」


着替えが終わった頃を見計らって、スタジオの方から声がかかる。


『いよいよだ!』


その声を聞いて、心臓が早鐘のように高鳴ってくる。


わたし、、、

緊張してる。

こんなに震えてる。


はじめて経験する広告撮影現場の異様な雰囲気に呑まれ、手のひらにはじっとりと汗が滲んでくるし、膝までガクガクと震えてきた。


「さぁ~行くわよ~。凛子ちゃん、薙刀構えてみてね~」


星川さんという、口ひげを生やした初老のカメラマンさん(川島社長の師匠らしい)が、オネエ言葉で指示を出すと、みんなの視線が一斉にわたしに集まった。

広いホリゾントの真ん中に立っていたわたしの頭は、それだけでもう真っ白。

四方からまぶしく照らしてくるライトのせいだけじゃない。


完全にアガってる。

人前で薙刀を振るのなんて、試合で慣れてるはずなのに、、、

しっかりしろ、凛子!



「は~い。OK! 凛子ちゃん、お疲れさま〜」


あっという間に時間だけが過ぎ、監督が撮影の終了を告げた。

星川カメラマンのスチール撮影が終わると、立て続けに動画も撮ったものの、結局わたしは最後まで集中できず、演武もうわの空だった。

ふわふわと浮ついた気分のまま、気がつけば撮影が終わってしまったって感じ。


「凛子ちゃん。今の動画見る?」


スタジオの隅に置かれたパソコンの周りにはプロデューサーさんやカメラマンさん、公安のお偉いさんらが集まってて、みんなでモニターを覗き込んでいた。

放心状態でホリゾントに突っ立ってるわたしに、みっこさんが手を振って招いてくれる。


「なかなかいいですね」

「さすがみっこちゃんのお薦めの子ね。華があるわ」

「まあ、はじめての撮影だし、こんなもんでしょうね」

「いいんじゃないですか?」


当たり障りなくみんなが褒めてくれるなかで、みっこさんだけは腕組みをしたまま、じっとモニターを見つめていた。

その隣に立って、わたしもモニターに見入る。

何度も再生される画面のなかの自分を見ながら、恥ずかしさと口惜しさで顔が真っ赤になってきて、わたしは拳を固く握りしめた。


こんなの、全然ダメだ。

ロクな演技じゃない。

見るからに集中力がなくて、速さにも正確さにも気魄にも欠けてる。


素人が見てもわからないだろうけど、試合じゃ一回戦負けするようなレベル。

全国大会に出場して、6位まで勝ち上がったわたしの力は、こんなもんじゃない!


なのに『こんなもんでしょうね』って。

みくびらないで!

そりゃ、緊張で実力が発揮できなかったわたしが、いちばん悪いんだけど。


しっかりしろ! 凛子!

だらしないぞ!

なんとかしなきゃ!


「どう? 凛子ちゃん的には」


わたしの方を振り向き、みっこさんが訊いてきた。

わたしは思わず声を荒げた。


つづく

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