「以前のように動じることはありません」

 撮影スペースに桃李さんと行くと、わたしは小脇に薙刀を抱え、ポーズをとった。

ゲームではずっと『お市の方』キャラを使っていたし、攻略本を買って、決めポーズも研究している。薙刀の扱いならお手のものだ。ポージングには自信があった。


「そのポージング完璧お市の方ですぅ! 美月姫最高ですうっっ ((◎д◎ ))ゝ」


何度も歓声をあげ、狂喜乱舞といった感じで、桃李さんは写真を撮りまくる。


「すご~い! 『お市の方』じゃない?! 衣装高そ~!!」

「衣装のクオリテイも高〜い! これコスパラ製ですか? すごいです! よく似合ってて美しいです!!」

「きれ~い! すみません。写真撮らせてもらっていいですか?!」

「え~。わたしも撮りたい! お願いしますっ!」

「背も高いし、すっごい美人さんですよね。『お市の方』コスしてるレイヤーさんはいろいろ見たけど、美月さんが最高です!」


他のレイヤーさんもどんどん集まってきて、口々にわたしのコスプレを褒め、写真を撮ってくれた。

一旦人だかりができると、あっという間に膨れ上がっていく。

カメコさんも次々と寄ってきて、ついには囲み撮影へとなだれ込んでいった。

意外な成り行きにびっくりしたけど、もう、以前のように動じることはない。


「そこ! あまりローアングルから撮らないで下さい!」


そう言いながらわたしは、目の前に座り込んでる黒い帽子を被ったカメコのレンズに、薙刀の切っ先を突きつけた。この人はいつもローアングルで写真を撮る要注意人物で、前からいけ好かなかったんだ。

打ち掛けの下にはアンダースコートを穿いてガードしてはいるけど、それさえ撮られたくない。


「下がりなさい。でないと、薙刀の錆にしてくれますよ!」


『お市の方』の決めゼリフを真似ながら、わたしは薙刀を突き出し、彼の目の前で寸止めした。

驚いた黒帽カメコは、カメラを落とし、目をむいて尻もちをついたまま、必死に後ずさりする。

レイヤーさんやカメコさんたちの間からも、笑いが巻き起こった。


ふふん。いい気味。

気をよくしたわたしは、薙刀を上段に構えながら、ヒラリとひるがえり、腰を落として髪を振り乱す。

その拍子に、短いスカートがふわりとめくれ上がる。

瞬間、一斉にシャッター音が鳴り響くが、アンダースコートのおかげでパンチラは気にならない。

気分いい!


「もう終了で~す。カウントかけま~す! 3、2、1、はいっ。解散で~す!」


しばらくするとスタッフさんが制止に入ってくれた。


「もう終わりです。いつまでも撮っている方は、容赦なく串刺しにしてくれますよ!」


それでも撮影をやめないカメコに向かって、わたしは高らかに言い放った。




「うわ~っ。美月さん、その『散華転生』コス。新作? おっそろしく似合ってるわぁ」


桃李さんと別れてしばらく会場をうろついていると、今度は魔法戦士のコスチュームを纏った恋子さんが話しかけてきた。

しばらくの間、わたしたちは今日の衣装や、先週の撮影会のことを話した。


「そう言えば美月さん、森田美湖とのモデルレッスンはどう? 順調にやってる?」


撮影会のことからみっこさんの話題になり、恋子さんはモデルレッスンのことを訊いてきた。

先週も、彼女はみっこさんのことを熱心に訊いていたし、モデルにはだれよりも興味がある様子で、盛んにわたしのことを羨んでいたっけ。


「そ…」


返事をしかけて、わたしは口を噤み、一計を案じることにした。


「もうSNSにも書きましたけど、今度、みっこさんの所属しているモデル事務所に、入れてもらえることになりました」

「モデル事務所? すっご~い、美月さん!」

「特待生として、みっこさんが推薦してくれるそうです」

「へぇ~! 森田美湖直々の推薦なんだ!」

「それに、ある大きな広告にわたしを起用してくれるらしくて、もうすぐポスターやCM撮りなんですよ」

「ほんとに?! なんのCM出るの? あたし絶対チェックする!」

「それはわたしもまだ知らないです。決まったらまた、ブログに書きますね」

「美月さん、ブログはじめたんだ」

「ええ、最近。でも、まだ使い方がよくわからなくて」

「今度フレンド申請するね」

「待ってます」


興奮した様子の恋子さんを横目で見ながら、わたしはほくそ笑んだ。

『もうブログに書いた』なんて、嘘。

だからもし、例の掲示板に今言ったことが書き込まれたりすれば、出所ソースは恋子さんということになる。

彼女が面従腹背しているのなら、ここから尻尾を掴めるかもしれない。

ちょっと卑怯なやり方かもしれないけど、そのくらいしないと相手も尻尾を出さないだろう。


「そう言えば、今日はヨシキさん、見ないね」


わたしの謀りごとなど知らず、恋子さんは周りを見渡しながら言った。

『ヨシキさん』という言葉で、わたしは鬱な現実に引き戻される。


やっぱり来てないのか、、、


あんな人のことなんかどうでもいいと思いながらも、つい、わたしの視線は、ヨシキさんの姿を探していた。

来ていれば腹が立つだろうし、来なければ不安になる。

どんなに忘れようとしても、ヨシキさんのことはやっぱり、気になる存在。。。


つづく

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