「これこそ本物の『美魔女』でしょうか」
「やあ、こんにちは」
スタジオに戻ると、見知らぬおじさんが軽く手を挙げて、親しげにわたしに微笑みかけてきた。
歳は30台半ばくらいだろうか?
ピンストライプのカジュアルなシャツとパンツに革靴と、ラフな格好だけど、身につけている品はどれも質がよさそう。
髪も清潔に整えていて、すらりとしたその立ち姿はなかなかカッコよく、隣に並んで立っているヨシキさんにはない、おとなの貫禄を感じる。
心なしか、ヨシキさんの態度に落ち着きがなく、いつもの余裕が見られない。
もしかして、この人が…
「ああ、凛子ちゃん。こちらが社長の川島さん。社長、彼女が島津凛子ちゃん」
動揺を隠しきれない声で、ヨシキさんはその人を紹介してくれた。
やはりそうか。
このおじさんが、ヨシキさんが尊敬し、ライバル視しているスタジオの社長さんなんだ。
「KYStudioの川島祐二です。はじめまして、よろしく。突然お邪魔して、ごめんなさい」
親しみの溢れる笑顔で、川島社長はわたしに挨拶してくれる。
「いえ… はじめまして。島津凛子です。今日はよろしくお願いいたします」
さすがに、そう何度も驚かされない。
社長さんや森田美湖さんが今日、スタジオに来るという話は聞いてなかったけど、ヨシキさんのうろたえぶりから、突然の訪問なのだろうと、察しはつく。そんなサプライズも、ありえない話ではない。
そう腹をくくって、森田さんのときよりは落ち着いて、わたしは挨拶を返せた。
「KYStudioって、『空気読めないスタジオ』みたいで、今となっては語感が悪いわよね」
からかうように、森田さんは川島社長に言った。彼もおどけたような顔で、応える。
「仕方ないだろ。ぼくのイニシャルのKYから取ってるんだから」
「そろそろ社名変更したら?」
「もう10年も使ってきた社名だし、いっときの流行語のせいで変えるのも、なんだかな」
「10年かぁ。川島君が星川先生のところから独立して、もうそんなになるのね」
「みっこのことはもう、20年以上撮ってるんだよな~。それにしてもみっこは全然変わらないな、あの頃と」
「頑張ってるもん。劣化しないように」
「やっぱりトップモデルで居続けるには、それなりに努力がいるんだな」
「川島君は貫禄ついたわよ。おなかのあたりが特に」
「ううっ。人が気にしていることを…」
そうか。
川島さんと森田さんって、昔からの仕事仲間なんだ。
わたしはこっそり、ヨシキさんに耳打ちした。
「こんなに気さくに話せるなんて、ふたりとも仲いいんですね」
「大学時代からの同い年の友達らしいよ。もう20年以上のつきあいになるって」
「え… じゃあ、森田さんももう、40歳過ぎ…?」
「そう。今年42」
「うそっ!!」
信じられない!
川島社長も若く見えるけど、森田さんは42歳でこの容姿だなんて!!
これこそ、本物の美魔女だわ!!!
「いててててて…」
悲鳴に似た叫び声が聞こえてくる。見ると、森田さんに頬をつねられ、歪んだヨシキさんの顔があった。
「もうっ、おしゃべりな口ね。女の子の歳を話題にするもんじゃないわよっ」
「ふっ、ふひはへん、、、」
つねられたまま喋っているので、変な声になっている。
こんな情けないヨシキさんを見るのって、はじめてかもしれない。
わたしは失笑した。川島さんも笑いながら、森田さんをなだめる。
「『女の子』って歳でもないだろ。みっこも」
「んもうっ、川島君まで。今は実年齢より、見た目よ」
「まあ、最近はアンチエイジングってことで、アラサーやアラフォーのモデルもたくさんいるし、みっこみたいに40過ぎても雑誌のカバーモデルやれるのも珍しくなくなったよな。
昔よりモデル寿命は延びたと実感するけど、これも『高齢化』ってことかな」
「その、『高齢化』って言葉。
「凛子ちゃん? ああ、ヨシキの話どおりだな。島津の容姿端麗な…」
「『お姫さま』。ですか?」
川島さんの言葉を遮り、わたしはヨシキさんの方に居直った。
「ヨシキさん、みなさんにわたしのこと、そう言い回っているのですか?」
「そ、そういうわけじゃないけど… 参ったなぁ~」
「ははは。ヨシキは毎日、凛子ちゃんの話ばかりだよ。『すっごく綺麗でスタイルよくって雰囲気あって、間違いなくブレイクする』って。写真も見せてもらったけど、とてもよかったよ」
「あ、ありがとうございます」
少し緊張して、わたしは答える。
ヨシキさん、職場ではわたしのことを、そんな風に言っていたのか。
なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。
つづく
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