「これが一流のモデルの放つオーラですか」

「ふうん。あなたが島津凛子ちゃん?」


えっ?

女の人の声?


不意をつかれたわたしは、驚いて声の方を振り返った。

ドアのところに立っていたのは、年齢不詳… 30歳くらいに見える、髪の長い小柄な女性だった。


震えるほど、綺麗なひとだ。

パッチリと冴えた大きな瞳に、長くそった睫毛。

品よく整った唇にはロゼカラーのルージュがひかれ、それがゆるく波打ったつややかな髪に映えて、艶っぽい。

バランスのとれた華やかな顔は、信じられないくらい小さく、肌にはしみひとつない。

ノースリーブのキャミソールワンピから出た手足は、まるでビスクドールのように華奢きゃしゃで、白くてすべらかだった。

顔が小さく手足が長いせいで、見た目よりも随分背が高く見える。

彼女はニッコリ微笑み、わたしを見つめている。

この微笑み。

どこかで見たことがある気がする…


「そこのドレスは、明日からの撮影で使うものよ」

「すっ、すみません。つい…」


慌ててわたしは、ドレスをハンガーラックに戻す。


「いいのよ。驚かせてごめんなさい。あたしは森田美湖。よろしくね」


そう言って、彼女は右手を差し出した。


「えっ? 森田美湖さんって… ドラマや映画に出ている、あの…」


そうだ!

この人は、女優の森田美湖さんだ!

女優だけでなく、コマーシャルや雑誌などで、モデルとしても活躍している。

コンビニに置いてあるファッション雑誌の表紙でも、何度も見かけたことがある一流のモデルさん。

そういえば、以前のオフ会で、『会ったことのある芸能人とかいますか?』と訊かれたヨシキさんは、真っ先にこの人の名前を挙げていたっけ。

そんな人がいきなりわたしの目の前に現れて、話しかけてくるなんて。

このスタジオに、なにか用事があって来たのかな?


思いもかけないできごとに、わたしはすっかり混乱してしまったが、とりあえず、差し出された手を握り返すことはできた。とても細くて、折れてしまいそうなその手は、美しい彫刻が命を持ったみたいにすべらかで、手入れが行き届いていた。


「はっ、はじめまして。島津凛子です。森田さんのことはテレビで拝見していて、綺麗だなって思っていて、お会いできて光栄です」

「ありがと。あなたみたいな若い人にそう言ってもらえて、嬉しいわ」


彼女はニッコリ微笑んで応える。

なんて素敵な微笑み。

とっても親しみのある笑顔なのに、凛とした気品を漂わせていて、どこか威圧感さえ感じる。

これが一流のモデルさんの放つオーラなのか。

惹かれる。


「ヨシキくんの言うとおり、綺麗な人ね」

「え?」

「あなたの… 『凛子ちゃん』って呼んでいい?」

「あ、はい」

「凛子ちゃんの話は、ヨシキくんから聞いてるわ。『容姿端麗な島津のお姫さま』ってね」


張りのある声で少しおどけながら、森田さんは軽く肩をすくめる。

そんな仕草が、おとなの女性と思えないくらい、可愛らしい。


「今日はヨシキくんとコンポジ撮影でしょ。あたしにも見学させてね」

「コンポジ撮影?」

「ああ。モデルの宣伝用写真の撮影のこと」

「あ、いえ。まだ、モデルになると決めたわけじゃ、ないですけど…」

「ふうん…」


いぶかしげにわたしを見つめた森田さんは、かすかに首を傾げた。


「ま、いいわ。それより凛子ちゃん、今すっぴんでしょ? 軽くメイクしといた方が、写真映えするわよ」

「それが… わたしまだ、メイク上手くできなくて」

「いいわ。あたしがやってあげる。さ、こっちに来て」


優しく微笑みかけてくれた森田さんは、わたしをドレッサーの前に座らせると、化粧液をコットンに含ませた。


「あら。シミひとつない綺麗な肌ね。

10代の健康な肌は最大の武器だから、あまりベタベタ塗らないで、眉毛をちょっと整えて、軽くシャドウとルージュ引くだけでいいかもね。髪もつやつやのストレートで、こんなにキューティクルができて、羨ましいわ」


化粧水で軽く顔を押さえたあと、ふんわりとファンデーションで肌理きめを整え、森田さんは手際よく、アイシャドゥや口紅を塗っていく。

わたしは目を閉じて、されるままになっていた。

お化粧の甘い香りと、ルージュの艶やかな感触。

なんだか気分が昂揚してくる。

スタジオの方でも、ストロボの発光テストをしているらしく、時折パッと白く輝く光が漏れてきて、“ピピピピ”と、電子音が聞こえてくる。


『これから撮影なんだ』


そんな実感が込み上げてきて、緊張も高まる。



「うん。とってもよくなったわよ」


森田さんの言葉に、わたしは恐る恐る、鏡をのぞきこんだ。


…きれい。


見慣れたはずの自分の顔が、よそゆき顔に変わっていて、まるで雑誌のモデルみたい。

ほのかにチークを入れたせいか、血色がよく、表情がいきいきして見えて、それがきりりと引き締まった紅い口紅と、よく似合う。

眉毛を整えたおかげで、野暮ったさが消えて、洗練されたような気がする。

ほんのちょっとしたメイクで、女の子ってこんなに変われるんだ。


「あの… ありがとうございます」

「いいのよ。そろそろスタジオの方に行きましょ。もう準備できたみたいよ」


ニッコリと素敵な微笑みを浮かべ、森田さんはわたしをうながした。


つづく

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