MODEL SIDE

Level 12

「撮影スタジオってこんな様子なんですね」

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 ヨシキさんの行動は速かった。

新学期がはじまって早々、『今度の日曜日ならスタジオ空いてるけど、凛子ちゃんの予定はどう?』とメールが入った。

次の週の連休には、桃李さんたちと『リア恋plus』合わせ撮影会を計画しているので、二週続けての撮影になる。


『リア恋plus』合わせ撮影会のカメラマンは、結局、ヨシキさんにお願いした。

ヨシキさんはやる気充分だし、わたしをはじめとするレイヤーさん全員、カメラマンはヨシキさん以外は考えられないと言っている。

やっぱり、ヨシキさんの実力と信頼度は抜群だ。

そんな彼が、『モデルにならないか』と、誘ってくれている。

モデルになる、ならないはともかく、その期待に、できるならわたしも応えたい。




「着いたよ。ここがオレの勤めてるスタジオだよ」


そう言いながらバッグからキーホルダーを取り出し、ヨシキさんはドアノブに鍵を差し込んだ。

小田急沿いに新宿から30分ほど走った郊外に、『KYStudio』と看板のかけられている、そのスタジオはあった。

倉庫くらいの大きさの陸屋根の建物で、トラックも入れるほど大きな正面の入口は、ガレージのようにシャッターが下りている。

その横の通用口みたいな小さなドアを開け、ヨシキさんは灯りのスイッチを入れる。

おそるおそる、わたしもドアをくぐった。


夏の暑さの残る野外から室内は隔てられ、ひんやりとした空気が流れている。

撮影スタジオってどんな所だろう?

好奇心から、わたしはあたりを見渡した。


入ってすぐは、学校の教室くらいもあるような、真っ白なだだっ広い空間。

正面の奥には、漆喰の真っ白な壁と床。

ここはメインスタジオだと、ヨシキさんが教えてくれた。

そこにはバカンスのときに見たような、三本脚のスタンドが何本も置いてあり、ストロボやアンブレラ、黒いテントみたいな撮影機材(バンクというらしい)が整然と並べてあって、床には黒々とした太いコード類が這っている。

それにしても、天井が高い。

おそらく6メートル以上はあるだろうか。

天井には鉄パイプが縦横に張り巡らされ、所々にライトがぶら下がっている。

床から4メートルくらいの高さには、キャットウォークがスタジオの壁を囲むように走っていて、隅の螺旋階段からそこに上がれるようになっている。無骨だけどなかなかお洒落な作りだ。


メインスタジオの隣は事務所らしく、10畳ほどの広さの部屋には、大きなパソコンとモニターが乗った机が並んでいる。

パーティションで区切られた部屋の隅には、ソファとテーブルが備えられていて、壁際の食器棚にはコーヒーメーカーやマグカップ。テーブルにはおかしやマンガ本、空のペットボトルなんかが雑多に置かれていて、その空間だけ妙に生活感があった。


「すごいです。これが撮影スタジオなんですね。なんだか、緊張してしまいます。本当にこんなところで、撮ってもらえるのですか?」


物珍しそうにあたりを歩き回っていたわたしは、遠慮がちに言った。


「いいっていいって」


手慣れた様子でストロボのセッティングをしながら、ヨシキさんは顎で奥のドアを示す。


「あの奥の部屋がドレッシングルームになってるから、着替えとかメイクに使っていいよ。その間にライトとか準備するから」


言われたとおりに、わたしはその部屋に入ってみた。

20畳ほどの広い部屋には、大きな鏡とハリウッドライティング(というらしい)のついた、綺麗なドレッサー。可動式のハンガーラックには、まだタグのついている服や衣装がずらりと並び、壁の作り棚には靴や帽子。

まるでダンス映画に出てくるような楽屋みたいな感じで、ちょっとワクワクしてくる。

だけど今日撮るのは『宣材写真』とかで、あまり派手なものではなく、素のわたしを撮るんだって、ヨシキさんは話していた。

なので、特に凝ったメイクをするわけでもないし、服はからだのラインがわかりやすい、ウエストの締まった白いミニのワンピースだけで、替えの服は持ってきていない。

手持ち無沙汰なわたしは、ハンガーラックにかかっている、ピンクのミニドレスを手にとり、からだに当てて、腰を左右に振ってみた。

ボリュームのあるスカートが揺れて可愛い。

これまで、おしゃれとはあまり縁がないまま生きてきたけど、やっぱり本能的に、綺麗な衣装には心が動かされる。

ドレスを当てたまま、わたしはドレッサーに映る、明るく照らされて陰ひとつない自分の顔を見ながら、首を左右に振ってみたり、表情を変えてみたりして遊んでいた。


「ふうん。あなたが島津凛子ちゃん?」


えっ?

女の人の声?

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