「充実感と高揚感でからだが熱くなります」

照れを隠すように、ヨシキさんも強い口調で川島さんに言う。


「だいたい社長、今日来るなんて、言ってなかったじゃないすか」

「おまえが推してるモデル候補の子を、ぜひ生で見たくてね。都合つけたんだ」

「しかも、みっこさんまで連れてきて」

「みっこの方がモデルを見る目があるし、時間作ってもらったんだよ。ついでにおまえがどんな撮影するかも、見てみたかったしな」

「マジっすか?!」

「ぼくは口出さないから、自由にやれよ。じっくり見せてもらおうじゃないか。おまえの撮影」

「そしてオレから盗む気っすね。若くて鋭い感性を」

「ははは。そうだよ。おまえの感性、しっかり見せていただくよ。今日のスタジオレンタル料としてな」

「ったく、このおっさんは…」

「ははは。そろそろはじめろよ。お姫様もお待ちかねだぞ」

「え? 社長だけじゃなく、みっこさんが見てる前で撮るんすか?」

「あたりまえでしょ。そのために来たんだから」


森田さんが横から口を挟んだ。。


「ヨシキくん。あたしの前じゃ撮れない、ってことはないでしょ?」

「ま、まあ、そんなことはないけど… にしても、人目多過ぎっすよ」

「いつもの仕事撮影と変わらないじゃない。たくさんのスタッフやクライアントが見てる前で、撮るでしょ」

「でも… やりにくいな~」


そう言いながら、ヨシキさんは渋々カメラを手にとった。


え?

こんなすごそうなふたりが見てる前で、わたしは撮られるわけ?

思わずからだがこわばる。


「緊張するなってのは無理だろうけど、ぼくたちのことは空気だとでも思って、リラックスして撮影を楽しみなよ、凛子ちゃん」


わたしの緊張を察して、川島さんがそう声をかけてくれた。


「さすが『空気読めないスタジオ』社長。自分から空気になったわね。あたしのことも、そのへんの石ころだと思ってていいわよ」


森田さんが横から茶化して、ニッコリ微笑む。

ふたりともやさしい。

おかげで少しは、緊張もやわらぐかも。



「じゃあ凛子ちゃん、そこに立って」


 まだ少しやりにくそうにしながらも、ヨシキさんは真っ白なホリゾントの真ん中にわたしを立たせ、数回テスト撮影をしながら、ストロボの位置を微調整していった。


真っ白な床。

高い天井。

スタンドに立てられた、大きなストロボ。

銀色に鈍く光るアンブレラ。

そして、こちらに向かって真剣な眼差しで、カメラを構えるヨシキさん。

今までの気楽な趣味の撮影とはひと味違う、スタジオでの真剣な撮影。

少し不安な思いで、わたしはヨシキさんの指示を待った。


「じゃあ凛子ちゃん、最初は真っすぐ立って。からだを少し斜めに向けて、右脚に重心かけて左脚は軽く曲げて、そう。手は自然に横に伸ばして、もっと胸を張って顎を引いて、口角を上げて… そう!」


口許が緩んだ瞬間を狙いすまして、ヨシキさんはシャッターを切る。

ストロボ光で一瞬、目の前が真っ白になる。

なにも考えられない。

今まで研究してきた、付け焼き刃のポージングも表情も、ストロボの発光と共に、真っ白に飛んでしまう。

からだが覚えているものだけしか、役に立たなかった。


「いいよいいよ。凛子ちゃん可愛い。すごい! 今度は後ろを向いて、こっちにクルッと振り向いてみて。髪をなびかせて… そう! いいよいいよ!」


それでも、ヨシキさんの口調は次第になめらかになり、いつものように、わたしを自在に動かしていく。

社長さんの見ている前で、最初のうちはやりにくそうにシャッターを切っていたヨシキさんだったが、次第に撮影に没頭していく。

それに連られるように、わたしの頭からも雑念が消えていき、ヨシキさんの言葉にからだが反応していくようになった。


不思議だ。

カメラマンの…

ヨシキさんの感情が、レンズを通して痛いほど伝わってくる。

わたしの感情と、シンクロしてくる。

いっしょにひとつのイメージを作り上げていく感じ。

もう、夢中だった。


そうやって、たくさんのシャッターを切られるうちに、ヨシキさんの期待に応えながらも、別の自分が、頭をもたげてくるのを感じる。


もっと見られたい!

もっと見せたい!


そんな想いで、からだが熱くなってくる。

なんだろう?

この充実感と、高揚感。



「よしっ。オッケー!」


満面の微笑みを浮かべ、ヨシキさんはカメラを掲げて宣言した。


『ふぅっ…』


わたしも大きく息をついた。

なにかをやり遂げたような、達成感。

心の底から満ち足りた気分。


「どうでしたか? 社長」


うしろを振り返り、自信たっぷりな口調で、ヨシキさんが訊いた。

隅のソファに座って、紅茶を飲みながら撮影風景を眺めていた川島さんと森田さんは、互いに微笑みながら顔を見合わせる。


「ああ。よかったぞヨシキ」

「そうですか?」

「ポーズ指示が的確だし、声かけもいい。おかげで凛子ちゃんの表情が、ぐっとよくなった。モデルの表情を引き出すのも、カメラマンの役目だからな。みっこはどう思った?」

「そうね。カメラマンとモデルの息は、すごくよく合ってたわね。ヨシキくんの意気込みが、凛子ちゃんにもよく伝わって、凛子ちゃんも素直に応えてたんじゃない?」

「モデルとしての凛子ちゃんは、どうだい?」


そう訊かれた森田さんは、微笑みながらわたしを見つめていたが、ひとことだけ言った。


「ダメね」


つづく

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