「わたしたちはエロバカップルですか」

「なんか… やりまくりだな。オレたち」


コトのあと、呆れたように笑いながら、ヨシキさんはわたしを抱きしめ、キスをした。


「いきなりこんな海辺でなんて、ほんとオレたち、エロバカップルだな」

「…でも。よかったです」

「はは。嬉しいよ。オレたちエッチの相性、最高かもな」

「エッチだけですか?」

「エッチを含む、すべて」

「じゃあ、いいです」

「からだ冷えただろ? この先に温泉があるんだ。これからそこに行こうか?」

「温泉? いいですね♪」

「露天風呂にでも入ってさっぱりして、夕食に『かわらそば』食べて、空港に戻るとするか」

「かわらそば?」

「川棚名物、瓦の上で焼いたソバだよ。前来た時に社長に連れていってもらったけど、これが旨いんだ」

「ほんとですか? ぜひ食べてみたいです」

「よし、決定な。じゃあ行こう」


そう言って立ち上がったヨシキさんは、わたしの手をとり、更衣室に戻る。

からだと服をざっと洗って、そのままクルマに乗り込み、海岸沿いの国道を、重い雨雲を映したパールブルーの『NISSAN NOTE』は南へ下っていった。



 小一時間ほど走ると、川棚温泉というひなびた温泉街に到着した。

iPhoneのマップを頼りに、ヨシキさんはホテルを探し当て、家族湯を予約し、ふたりでいっしょに湯船につかる。

ジャグジーや露天風呂のあるその家族湯は、とっても綺麗で豪華。湯煙越しに見える山並みも、薄墨を流したように雨で霞んでいて、風流だ。

この二日間、ほとんどはだかでいっしょに過ごしたせいか、わたしの羞恥心も少しは薄れてきて、こうしてヨシキさんの目の前で服を脱ぐことにも、いっしょにお風呂に入ることにも、自然なことのように感じるようになってきた。

はだかで触れあっていると、いっそうふたりの距離が縮まる気がする。


 雨の露天風呂も、また風情があって気持ちいい。

『やりまくり』というヨシキさんの言葉どおり、お風呂の中でもわたしたちはまた、エッチをしてしまった。

ふだんはクールで頼もしいヨシキさんなのに、このときだけはまるで赤ちゃんみたいに、無邪気にわたしのおっぱいに吸いついてくる姿が、なんだか可愛いくていとおしい。



 温泉でまったり癒されたあと、近くの古びた民家風の料理屋に移動し、少し早い夕食をとる。

熱々の大きな瓦の上に、牛肉のしぐれ煮と錦糸卵の載った『かわらそば』は、野趣があって味も抜群。とっても満足できるものだった。


「訊いていいですか?」


デザートの柚子シャーベットを食べながら、この旅行中、ずっと疑問に思っていたことを、わたしは口にした。


「ヨシキさんはずっと、この場所にこだわりがあったみたいだけど、どうしてですか?」


一瞬、返事に迷ったような顔をしたヨシキさんだが、逆に尋ねてきた。


「凛子ちゃんは、この海、気に入らなかった?」

「いえ。そんなことはないですけど」

「じゃあ、いいじゃん。ここは海も綺麗で、ドライブコースも快適で、近場に温泉もあって、しかも人も少なくて、いいところだから、凛子ちゃんと来たかっただけだよ」

「ほんとうに、それだけの理由なのですか?」

「まあ… 上書きしたかった、ってのもあるけどな」

「上書き?」

「…まあいいじゃん。さ、そろそろ出よう。ちょっとのんびりしすぎたから、予定より遅くなっちまった。早く行かないと、飛行機に乗り遅れちまう」


そう言って、ヨシキさんは伝票を手にして立ち上がる。

少しモヤモヤしたものを感じつつ、ヨシキさんに急かされたわたしは、席を立った。


ヨシキさんが以前ここへ来たのは、撮影の仕事だったみたいだけど、その時になにかあったのだろうか?

『上書き』したい様なできごとが…


ふと、そんな疑問が頭をかすめたものの、それ以上深く考えることもなく、残り少なくなった旅の時間を、わたしはヨシキさんと楽しく過ごした。



 旅の疲れが出たせいか、帰りの飛行機のなかではふたりともうとうとしてしまい、気がつくと東京スカイツリーの灯りが眼下に見えていた。

1000キロも離れてしまうと、まるで別世界。

山口と違ってこちらは雨は降ってなくて、乾いて汚れた空気がグレーのコンクリートジャングルに渦巻いていて、昼間の余熱を孕んでいた。

見慣れた東京の街灯り。

夢のようなのんびりとしたリゾートから、一気に日常に引き戻される。

おとといまで、何度も空想にふけっていたヨシキさんとのバカンスは、少しずつ過去のものとして固定されていき、今はもうみんな、『思い出』になってしまっている。

もちろん楽しかったけど、ちょっぴり淋しい気分。


 飛行機を降りて駐車場へ向かう。

久し振りで懐かしい気さえする、ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』。

クルマのうしろへと流れていく首都高速のライトを見ながら、わたしはポツリと言った。


「もう… 終わっちゃいましたね。バカンス」

「…そうだな」

「あっという間でしたね」

「ああ」

「また、行けるといいですね」

「ああ。また行こうな… 絶対」

「はい」


ヨシキさんもフロントガラスの向こうを見つめたまま、言葉少なに話す。

この瞬間が、いちばん嫌い。

長くいっしょにいればいるほど、別れが辛い。



 門限少し前に、『TOYOTA bB』は、家の近くのいつもの路地に、ゆっくりと止まった。

ヨシキさんはエンジンを切る。

車内はしんと静まり返る。


「そういえば…」


ふと思いついたように、わたしの顔をのぞき込み、ヨシキさんは訊いてきた。


つづく

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