「本当に、わたしにできるのでしょうか?」
「凛子ちゃんは来年卒業だろ? そのあとの進路はどうするつもり?」
その話は今は少し、気が重い。
いきなり現実が、のしかかってくるみたいだ。
「実はわたし、自分のやりたいことが、まだ、決まっていなくて…」
「進路を決めてないの?」
「父も母も教師だし、わたしが教育関係の仕事につくのを望んでいるから、あたりまえみたいにその道を考えていたのですけど…
『それが本当に、自分のやりたいことなのかな』という疑問もあって、しっくりこないんです。
とりあえず大学には行くつもりですけど…」
「とりあえず、か… 凛子ちゃんらしくない言葉だな」
「…ヨシキさんが羨ましいです」
「どうして?」
「ヨシキさんは『カメラマン』というはっきりした目標を持っていて、才能もあって、それに向かって迷いなく進んでいるじゃないですか。わたしなんてたいした才能もないし、自分になにができるかもわからないし」
「…そう?」
少しの沈黙のあと、ヨシキさんは唐突に訊いてきた。
「そう言えば、凛子ちゃんは自分を変えられた? コスプレで」
「…それはまだ、わかりません」
「イベントは楽しい?」
「はい。仲間もできましたし」
「写真撮られるのは?」
「最初は戸惑いましたけど、今は楽しいです。特にヨシキさんから撮って頂けるのは。
いつも、違う自分をいろいろ引き出されるみたいで、ワクワクします」
「そうか…」
話題を変えたように見えたヨシキさんだったが、まっすぐにわたしの目を見つめて、力強い口調で言った。
「モデルにならない?」
「え?」
「凛子ちゃん、モデルを目指してみないか? プロの」
「モデル… ですか? わたしが!?」
いきなりなにを言い出すのだろう?
「はじめて撮影したときから、感じてたんだ。凛子ちゃんには『華』があるって」
「華?」
「凛子ちゃんはモデルの素質があるよ。背も高くてスタイルもいいし、容姿にも恵まれてる。日舞やバレエをやってるだけあって、姿勢もいいし仕草も洗練されてる。運動神経もモデル勘も、抜群にいい。礼儀正しくて人当たりもいいのに、負けん気も強い。
なにより、そこにいるだけでパッと周りが輝くような、オーラがある。それは、努力じゃどうにもならない、天性のものなんだよ。
凛子ちゃんならきっとやれる。プロのモデルとして!」
「そんな… わたしなんか」
「絶対できるって。今度スタジオで撮らせてくれないか」
「え? スタジオですか?」
「オレの勤め先のスタジオ。社長に頼めば空いてるときにでも借りれるし、白ホリで凛子ちゃんをキチンと撮ってみたい」
「はい。それは嬉しいですけど」
「うちはモデル事務所とのつき合いもあるし、いちばんふさわしい事務所に凛子ちゃんを紹介することだってできる。モデル事務所だって、凛子ちゃんを見れば欲しがると思うよ。絶対モデルになれるって」
「そ、そうですか?」
「じゃあ約束な。日取りはまた連絡するよ」
「はっ… はい」
わたしの返事を確認して、ヨシキさんはお別れのキスをくれた。
モデル?
プロ?
わたしが?!
こうして、バカンスの最後は意外な展開となった。
突然のできごとに戸惑ったまま、わたしはヨシキさんに見送られながら家に入っていった。
そして、ヨシキさんのこの言葉は、そのあとのわたしたちを、大きく変えることになったのだ。
『モデルかぁ。ヨシキさんはああ言っていたけど、本気かな?
モデルなんて、本当にわたしにできるのかな?』
居間で荷物の整理をしながら、わたしはさっきのヨシキさんとの会話を、何度も何度も思い返していた。
『モデル』とひと口に言っても、いろいろなジャンルがあるはず。
華やかなファッションショーのステージに立つモデルから、イベント会場で案内をするモデル。テレビコマーシャルのモデルに、雑誌のモデル。
雑誌にしても、いろいろな年齢向けのファッション誌や情報誌があるし、男性向け雑誌でエッチなポーズをとっているグラビアモデルも、モデルには違いない。
いったいわたしには、どんなモデルが向いているのだろう?
そもそも本当に、わたしはモデルになれるの?
雲を掴むような話に、全然現実味が湧いてこない。
つづく
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