「どんなポーズでもとることができます」

「素敵ですね~」


うっとりと、目の前に広がる爽快な眺めに、わたしは見入った。

こんな素敵な場所で、ヨシキさんと一日中いられて、夜はお洒落なホテルに泊まれる。

幸せな妄想が、現実に変わっていく。


“カシャッ”


景色に見とれていると、背中からシャッター音が響いてきた。

振り向くとヨシキさんが、こちらにレンズを向けている。


「真っ青な海と白い橋に、ツインテールをなびかせたワンピースを着た美少女の後ろ姿。絵になるな~」


そう言いながら、またシャッターを押す。


「こんな景色見てると、次から次にイメージが湧いてくるな。いろんな凛子ちゃんを撮りたいよ」

「たくさん撮って下さい」

「ああ。任せときな」


 角島大橋の全景を見渡せるその公園で少し撮影したあと、わたしたちはいよいよクルマで橋を渡っていった。

途中、橋の中央あたりに駐車できるスペースがあったので、そこにクルマを止めて、外に出てみる。

爽やかな風が、海の上を吹き抜ける。まるで、映画のセットのなかにでもいる気分。

橋の欄干にもたれかかったり、アスファルトの上にしゃがみこんだり、クルマが来ないときを見計らって、センターラインの上に立って両手を高く掲げたりと、わたしは思うままにポーズをとる。

ヨシキさんは、大砲みたいに長くて大きな望遠レンズに付け替えて、わたしを遠くから狙ったり、超広角レンズで真っ青な空や海をいっしょに映し込んでみたりと、いろんな写真を撮ってくれる。


“カシャカシャカシャッ”


連続するシャッターの音が心地いい。

可愛く、綺麗に、ときには色っぽく。

それは万華鏡のように、めくるめく世界。

ヨシキさんのカメラワークに、わたしはすっかり心酔していた。

ヨシキさんの前なら、わたしはどんなポーズでもとれる!



「2時にチェックインできるから、ロケハンしながら島を一周して、ホテルの方に移動しよう」


ひとしきり撮ったあとヨシキさんはそう言って、クルマの助手席のドアを開けてくれた。

お礼を言って乗り込みながら、わたしは訊いた。


「ロケハン?」

「撮影場所の下見のことだよ」

「島で撮ったり泳いだりしないんですか?」

「それは明日でもいいだろ」

「え~っ?」

「荷物も多いし、一旦チェックインして部屋に荷物置いて、それからどこで遊ぶか考えよう」

「じらすんですね」

「凛子ちゃんは島で遊びたい?」

「ええ」

「じゃあ、それは明日のお楽しみね」

「んもうっ。ヨシキさん、意地が悪いです」

「ははは」


そう言いながらヨシキさんは、クルマを島へ向けて走らせた。


 一周するのに30分もかからないような小さな島は、行く手を遮るものはなかった。

舗装された二車線の道は、綺麗でクルマが少なく、信号さえもない、絶好のドライブポイント。

岬の先には御影石でできた真っ白な灯台があり、その麓には芝生の広がる公園。海はあくまでも青く、真っ白な砂浜が印象的。

わたしたちは撮影場所にいいロケポイントを探したが、たくさんあり過ぎて、選びきれないくらいだった。



 角島を一周したあと、海沿いのレストランで食事をして、2時少し過ぎにホテルに到着。

フロントでは、わたしが高校生なのがバレないか、ちょっとドキドキしたけど、手慣れた様子でヨシキさんはチェックインを済ませ、なにも不審がられることもなく、わたしたちは部屋に案内された。

ホテルのポーターさんとヨシキさんのあとについて、わたしはキョロキョロとまわりを見まわしながら、静かな廊下を歩く。なにもかもが初めてで、新鮮な景色で、興味が尽きない。


オーシャンビューのホテルの部屋は、晩夏の明るい日射しがいっぱいに差し込み、絨毯じゅうたんに陽だまりを作っていた。

ふたつ並んだベッドに、ドキドキしてしまう。

少しからだを強ばらせて窓辺に佇み、外の景色を眺めていたわたしを、うしろから抱き寄せてキスをしたヨシキさんは、緊張を解きほぐすように明るく言った。


「凛子ちゃんの宿題もないことだし、さっそく海で遊び倒そう」 

「そうですね」

「やっぱり、角島に行きたい?」

「ん~… それもいいですけど、お部屋に入ると気が変わりました。ホテルのビーチも楽しそうですね。海のすぐ隣にはプールもあるし、たくさん遊び倒せそうで」

「そうだな。じゃあ、角島は明日にとっておくってことで」

「はい」

「それじゃ早速着替えるか」

「…」


着替えるって…

さすがにまだ恥ずかしくて、いっしょには着替えられない。


「オレは、隣のバスルームで着替えてくるから、凛子ちゃんはここで着替えなよ」

「あ。はい。ありがとうございます」


わたしの気持ちを察してか、そう言ってヨシキさんはさっとバスルームに消える。

こうやってスマートに気を遣えるのは、やっぱり女の人の扱いに慣れているからかな。

嬉しいけど、複雑な気分。



 海に面したホテルの前に広がる庭は、『庭』というよりは草原といった感じだった。

よく手入れされた緑の芝生が一面に広がり、所々に熱帯樹が茂っていて、南国の雰囲気を醸している。

しかも、他のお客がほとんどいない。

夏休み最終日の平日ということもあるだろうけど、こんなに人のいないリゾートホテルなんて、東京あたりじゃ考えられない。

この綺麗な海や空を、わたしとヨシキさんとでふたりじめ。

もう、最高!


「さ。泳ごう」


ビーチチェアとパラソルの並んだ砂浜に出ると、ヨシキさんはサマーセーターを脱いだ。

贅肉のない、引き締まったからだ。

肩幅もがっしりしていて、逞しい。

もう、何度も見ているはずなのに、こうして夏の太陽の下で見ると、余計に眩しく感じる。


つづく

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