「信じて着いていくしかありません」
「ごめんな」
「ヨシキさんがあやまることないです。そんなの気にしないで下さい」
「…ああ。その分、楽しく過ごそうな」
「はい」
「そうだ。これあげるよ」
そう言ってヨシキさんは、後部座席のビニール袋に入った箱を手にとり、わたしに差し出した。
「家におみやげ買って帰るんだろ?」
「ええ」
「伊豆と言えばわさびだろ。これ、通販で買った天城産のわさび漬けだよ。山口じゃ伊豆のおみやげなんて売ってないだろうから、伊豆のお店からネットで取り寄せといたんだ。包装紙もちゃんとお店のもので、店頭で買うのと変わらないよ」
「え? ありがとうございます。わたし、そこまで気づきませんでした」
「どうせアリバイ工作するなら、完璧に抜かりなくやらなくちゃな。『毒を喰らわば皿まで』ってやつさ」
「ヨシキさん、抜かりなさ過ぎです」
「ははは」
ヨシキさんの手回しのよさに感心したり、逆に不安になったりしながら、わたしは天城産のわさび漬けをバッグに仕舞う。
もちろんこの10日間、ヨシキさんと泊まり旅行に行くと決めてからも、いろいろ葛藤はあった。
優花さんの言葉を借りなくても、わたしはまだ17歳。未成年で高校生で受験生だ。
それなのに、出会って半月も経たない人と初体験をして、しかも泊まり旅行までするなんて、成績優秀で品行方正と思われていたわたしからすれば、考えられないような大胆な行動。
罪悪感と、背徳感。
『変わりたい』とは確かに思っていたけど、本当にこれでいいのだろうか?
『今さら迷うな凛子! もう
そうだ。
それでもわたしは、ヨシキさんのことが好きだ。
彼といっしょにいられるのなら、どんなことだってしたい。
彼といっしょに、どこまでもいきたい。
どんな障害も、わたしたちを引き裂くことはできない。
どんなにグルグル回っても、わたしの
わたしはヨシキさんを信じて、着いていくしかない。
羽田から飛行機で1時間50分。
瀬戸内海の人工島に作られた北九州空港に降り立ったのは、10時半頃だった。
ここでレンタカーを借りて、高速道路を通って山口に入る。
ヨシキさんはすでにクルマの手配をしていて、パールブルーの『NISSAN NOTE』に、ふたりのバッグを積み替えた。
「荷物多いんですね~」
ヨシキさんの荷物の量にびっくりするわたし。
一泊しかしないのに、ゴルフバッグみたいな大きなバッグやアルミケースなどを、ヨシキさんはクルマの後部座席に詰め込んでいた。
「凛子ちゃんと海に行くと思うと、リキ入っちゃって。スタンドとかライトとかいろいろ撮影機材持ってきちまった。いつもの仕事ロケよりは荷物量少ないけどね」
そう言って真っ白な歯を見せながら、ヨシキさんはクルマをスタートさせた。
抜ける様な青空の下、空港の連絡橋を渡って高速道路に乗り入れ、関門橋を通って山口県に入ったあと、『NISSAN NOTE』は対向車の少ない山道を、縫うようにして走っていった。
最後の狭い山道を抜けると、わたしの目の前にいきなり、真っ青な海が広がった。
それは、ヨシキさんが見せてくれた画像そのままで、澄み渡った空の色を映すかのように、コバルト色にきらめいていた。
「わぁ! 綺麗。すごい!」
思わず歓声を上げる。
もやもやと溜まっていた罪悪感や背徳感を、いっぺんに吹き飛ばしてしまうほどの、鮮やかな景色。
ヨシキさんも機嫌よさそうにハンドルを握り、海の色を映したペールブルーの『NISSAN NOTE』は、ゆるやかなカーブの続く海辺の国道を、すべるように走っていった。
先に進むほどに海は青さを増していき、本土と角島を結ぶ角島大橋のかかる
その海峡の上を、真っすぐな白い橋が、すーっとどこまでも伸びていく。
橋と海のコントラストが、とっても印象的。
近くの見晴らしのいい高台の公園にクルマを止めて、わたしたちは外に出た。
夏の終わりの風は、どこか秋の気配を漂わせていて、心地いい。ツインテールの長い髪が、さらさらと風にさらわれていく。
「ヨシキさんは、ここに来たことがあるんですよね?」
「以前、CM撮影で来たことあるよ」
「CMにも使われているんですか!」
「ここはクルマのCMとかで何度か使われたりしてるよ。交通量が少なくて海も綺麗だから、撮影にはもってこいだよな。あそこに見えるのが、今日泊まるホテルだよ」
そう言ってヨシキさんは橋の左手に見える、黄土色の瓦屋根の続く南欧風の低い建物を指さした。
広い敷地には、ホテルと海の他に広々とした草原やプールとテニスコート、巻貝の形をした教会くらいしかなく、熱帯樹が扇形の葉を茂らせていて、どこか知らない国の情景みたい。
つづく
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