Level 10

「どんどん悪い子になっていますか?」

 真っ青な青空の広がる、雲ひとつない上天気だった。

張りつめた朝の空気のなか、旅行用バッグを抱えたわたしは、母に見送られて玄関を出た。

私鉄の駅に着いたわたしは、そのまま改札を抜け、電車に乗る。

ヨシキさんとの待ち合わせ場所は、ふたつ隣の駅の改札前にしていた。

うちの近くや駅で待ち合わせなかったのは、万一母が駅まで送るとか言い出したり、近所の人などに見られるのを避けるため。

しかも家から出るときは、いつも部活に着ていくような、地味なTシャツとハーフパンツ姿。


待ち合わせの駅に少し早めに着いたわたしは、トイレに入って、持ってきていたミニのワンピースに着替え、髪を頭の両サイドの高い位置で結んでみた。メイクも少しして、唇には鮮やかなリップを塗る。

こんなことをしている自分が、信じられない。

なんだか、テレビでときどき見かける、渋谷辺りで遊んでいる軽薄な女子高生にでもなったみたいで、ちょっとした嫌悪感がよぎる。


まあいい。

今からヨシキさんと楽しい旅行だもん。

あまり、いろいろ考えるのはやめよう。

気持ちを切り替え、わたしは化粧の続きをした。


頃合いを見計らって、待ち合わせ場所に行く。

ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』は、駅前広場の端の方に、もう止まっていた。

一応用心して周囲を見渡し、わたしはクルマに近づく。


「おはようございます」

「おはよう。いい天気だね。おっ、今日はツインテールか!」

「はい。挑戦してみました」

「凛子ちゃんみたいなスーパーストレートロングにツインテは、もう最強だよ! 髪のリボンも可愛いし♪ それに真っ白なワンピースがすごく似合ってるな。美脚をそんなに出しちゃって、素敵過ぎるじゃないか!」

「ほんとですか? ありがとうございます」


こう手放しに褒められると、嬉しさも増してくる。

おととい原宿で買ったばかりの、ノースリーブの真っ白なワンピース。

ウエストが締まったすっきりとしたラインで、ミニスカートの下にはパニエが入っていてボリュームがあり、とっても綺麗。これを見つけたときは、心が弾んだくらい。

今までは服を買うのに、そんなにときめいたことなどなかったのに、ヨシキさんに見てもらえると思うだけで、ショッピングが楽しくなってくる。

ツインテールの髪型にしても、子供っぽいなと思いつつも、つい、好きな人の好みに合わせてしまう。

これまであまり、お洒落には気を遣ってはいなかったけど、やっぱり女って、男のために装う生き物なんだな~と実感。


 まわりに注意を払いながら、ヨシキさんの開けてくれた助手席のドアから、わたしは素早くクルマに乗り込んだ。

男の人とふたりでいるのを、知り合いに見られでもしたら、大変なことになる。

ちょっとしたスリル。


「宿題はもう終わった?」


早朝の市街地を軽く駆け抜け、首都高速を飛ばしながら、ヨシキさんは訊いてきた。


「もちろんです。ヨシキさんこそ、お仕事は片付いたんですか?」

「ああ。昨夜遅くにやっと終わったよ。おかげで今日は心おきなく遊べる。ごめんな。この十日間、ロクにデートもできなくて」

「いえ。その分、今日明日はたくさんいっしょにいられますから」


二日間バイトを休むために、ヨシキさんはかなり根を詰めて仕事をしたらしい。

その間は電話も繋がらないことが多かったし、連絡はメールでするしかなかった。

先週の木曜日に、ほんの数時間会っただけで、今日は一週間ぶりのデートだった。

もちろんその間、わたしの方も、やることはたくさんあった。

学校の宿題だけでなく、お稽古ごとだってサボるわけにはいかないし、旅行に行かせてもらえるように、普段より家事や手伝いを頑張って、両親の機嫌をとっておかなきゃいけない。


旅行の準備だって、わからないことだらけで、かなり迷った。

水着も結局、ひとりで渋谷や原宿に出かけて、いろいろとお店を見て回ることにした。

バーゲンが終わって、もうすっかり秋物に入れ替わったブティックには、気に入るような水着はあまり置いてなくて、探すのにひと苦労。

リゾートっぽい服もほしかったし、なにより下着も、念入りに選びたかった。記念すべきはじめての旅行なのだから。

そうやって、準備は大変だったけど、バッグに荷物を詰めながら、バカンスのことにあれこれ思いを巡らすのは、とっても楽しい。

この10日間でわたし、ヨシキさんとの二日間のバカンスを、20回くらいは頭の中で巡ったかな。


「オレ、凛子ちゃんをどんどん、悪い子にしてるのかもな」

「どうしてですか?」

「今日も、家の人に嘘ついて出てきたんだろ?」

「え… まあ」


そう…

今回の旅行は、『優花さんと一泊旅行に出かける』と、母に説明している。

『どこへ行くの?』と訊かれ、咄嗟に『伊豆』と答えてしまったのだ。

泊まるホテルも訊かれたけど、『優花さんに任せているから』と、適当に誤魔化し、『電話には出られないと思うから、ホテルに着いたらこちらから連絡する』と、うまく言い訳しておいた。

もちろん、優花さんにもひとこと母に連絡入れてもらい、話を合わせてもらっておいた。

どんどん嘘つきになっていくわたし。

母を騙して、父にはないしょで、男の人とふたりっきりで、泊まりがけで旅行に出かけるなんて。

それなのに母は、『これで伊豆のおみやげを買ってきて』と、わたしが断ったのに、お小遣いをたくさんくれた。

そんなものをもらってしまうと、余計に後ろめたさが募ってしまう。


つづく

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