「わたしの方からもしてあげたいです」

「あの… 変なこと、訊いてもいいですか?」

「なに?」

「どうしたら男の人のこと、喜ばせてあげられるんでしょうか?」

「え?」

「なんかわたし、ヨシキさんに気持ちよくしてもらうばかりで。わたしの方からもなにかしてあげたいんです」

「そうねぇ。やっぱり、お口でしてあげるとかかな」

「お口で… どうやればいいでしょうか?」

「ん~。竿を舐めたり、指でこすりながら裏側をチロチロしたり… って、それはヨシキさんから直接仕込んでもらう方がいいわよ」

「わかりました。これも予習しておきます」

「予習かぁ。凛子ちゃんって、勉強熱心よね」

「えっ。もしかしてわたしって、変態なんでしょうか?」

「そんなことないわよ。恋した女はみんな淫乱になるものよ」

「なんか、やだ」

「ふふ。これからはデート、イコール、エッチってことになるのかもね」

「え~? それじゃあ優花さんと同じじゃないですか」

「な、なに言ってんのよ。あたしは…」

「いいんですよ、遠慮しなくても。いつでもうちに来て、兄の部屋で思いっきり声出してエッチして下さい。わたしはもう、ショック受けたりしませんから」

「んむむむ。凛子ちゃん、経験したとたん、強くなったみたい」

「そうなんですよ。わたしもなんだか、一晩で世界が変わったみたいで。恋って偉大ですね」

「そっか~」

「それで、あの… 実はまた、お願いがあるんですけど…」

「え? またアリバイ協力?」

「え。ええ…」

「まいったな、もう~。凛子ちゃんやり過ぎ」

「すみません」

「まあいいわ。で? 今度はどうするの?」

「来週一泊二日で、山口の海に行くんです」

「山口ぃ~?! そんな遠くまで行くの?」

「綺麗な海がいいって、わたしがリクエストしたから」

「そんなの、伊豆とか房総とかでいいじゃない」

「ええ。でも、ヨシキさんになにか、こだわりがあるみたいで」

「どんなこだわり?」

「わたしにもよくわからないのですけど…」


優花さんには迷惑をかけるのだから、ちゃんと説明しておかないといけない。

海ほたるで今日のうちに決めたことを、わたしは正直に優花さんに話した。

『ふぅ』と、電話越しに、優花さんのため息が漏れてくる。


「なんか意外よね~。ヨシキさんってチャラくて軽くて、いろんな女の子と遊び倒してて。やることやっても責任持たないってイメージなんだけど」

「それは、最初にわたしも感じていましたけど… でも全然そんなことなかったです」

「本気なのかもね。凛子ちゃんに」

「そう思いますか?」

「思う。凛子ちゃんって、幸せ者かもね。あのヨシキさんに、そこまでしてもらえるなんて」

「わたしもそう思います。幸せ過ぎて、逆になにか、落とし穴がないかって、不安になるんです」

「まあ、ヨシキさんを狙ってるは多いだろうしね。そう言えば、百合花と魔夢ってレイヤーには、気をつけた方がいいわよ」

「え? 百合花さんと魔夢さん? どうしてですか?」

「昨日ファミレスで別れたあと、途中まで桃李さんと帰ったんだけど、彼女が言ってたの」

「なにを?」

「百合花さんと魔夢さんから、先々週のことを問い詰められたって」

「先々週?」

「みんなでアフターしたあと、凛子ちゃんや桃李さんは、ヨシキさんとドライブしたんでしょ?」

「あ。ええ」

「そのことを、ふたりが知ってたらしいのよ」

「…そんなこと、あの人たちには関係ないです」

「凛子ちゃんはそう思ってても、あのふたりにとっちゃ、大きな関心ごとみたいよ。

百合花さんと魔夢さんって有名レイヤーで、結構人脈も発言力もあるらしいじゃない。凛子ちゃんが虐められるんじゃないかって、桃李さんが心配してて」

「大丈夫です。わたし、虐められるような玉じゃないですから」

「まあ、凛子ちゃんはそうだろうけど…」

「桃李さんにも、わたしが手を出させませんから」


きっぱり言い切ると、優花さんは少し口を噤み、躊躇ためらうように切り出した。


「…それに、あまりこんなこと言いたくないんだけど… 凛子ちゃんはまだ高校生で未成年でしょ。男の人と外泊旅行なんて、あまり薦められないな~」

「…」

「大学受験だってあるんでしょ? 恋愛にばかりかまけてるヒマ、ないんじゃないの?」

「…優花さん。保護者みたいなこと、言うんですね」

「気に障ったらごめんね。でもあたしは、凛子ちゃんのためを思って言ってるのよ」

「心配して下さる気持ちは嬉しいです。だけど今はわたし、やりたいことをやりたいんです」

「ん~、、、 まあ、仕方ないか。恋する乙女にはなに言っても無駄だし、あたしも高校時代そうだったから、その気持ちはよくわかるしね。でも、無茶はしないでね」

「ありがとうございます。気をつけます」


携帯を切ったあと、わたしはベッドに横になって、天井を仰いだ。


「ふぅ、、、」


思わず、大きなため息が出る。

優花さんの心配もあたりまえだ。

言われるまでもなく、わたしはまだ17歳。

未成年のわたしが、親に無断で男の人とふたりっきりで、リゾートホテルに泊まりに行くなんて、冷静になって考えると、あまりにも無茶過ぎる。

思えば昨日今日で、いろいろなことがあり過ぎた。


百合花さんと魔夢さんかぁ…

そう言えば、昨日のイベントで挨拶したとき、ふたりともわたしのことを無視していた。

あのときはヨシキさんもいっしょだったから、ドライブのことで彼女たちからなにか言われていたのかもしれない。


『オレの周りっていろいろウザい』


と、ヨシキさんも言っていたし。

昨日、会場でヨシキさんが話しかけてこなかったのも、これ以上わたしがゴタゴタに巻き込まれないよう、気を遣ってくれてのことだったし。


なんだか、面倒臭い。

わたしは純粋にヨシキさんのことが好きなのに、それを邪魔する人たちがいる。

せっかく来週の旅行で気分が盛り上がっていたのに、水を差されたみたい。

まあ、落ち込んでいても仕方ない。

とりあえず宿題を終わらせて、旅行の準備をしなきゃ。

水着も買いに行きたいけど、また優花さんにつきあってもらうのも、なんだか気が引ける。

母にもなにか口実作って、外泊の話をしないといけないし。


「あ~。やらなきゃいけないこと、たくさんある!」


とりあえず手短なところから片づけよう。

『えいっ』っと気合いを入れてベッドから起き上がり、わたしは机に向かうと、やりかけの宿題を広げた。


つづく

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