「はだかになるのはからだじゃないです」
「信じられないから」
「え? なにがですか?」
「人の気持ち」
「人の気持ち?」
「恋なんてさ~…
「儚い?」
「別れてしまえばただの夢。みんな、消えてなくなる」
「…そんな」
「情熱的な台詞も、たくさんの約束も。ふたりで過ごした思い出さえも、別れてしまえばみんな、なかったことになっちまう」
「…」
せつな過ぎるその言葉。
はじめていっしょに迎えた朝に、こんな無情なこと言われるなんて。
なんだか不安になってくる。
「そんなひどいこと言わないで下さい。わたし、ヨシキさんと別れるなんて、そんなこと全然思っていません」
強い口調で、わたしは否定した。
「ああ… そうだな。ごめんな」
「本当にわたしは、ヨシキさんの恋人になったんですか?」
「ああ。凛子ちゃんはもう、オレのいちばん大切な恋人だよ」
「わたしは信じます。ヨシキさんの、その言葉」
「ああ。嬉しいよ」
「ちゃんと信じて下さい。ヨシキさんも、わたしの大切な恋人です」
「ふふ。凛子ちゃんらしいな。じゃあ信じるよ、オレも」
含み笑いを漏らしたヨシキさんは、紅茶のおかわりをカップに注ぐと、気持ちを切り替えるかのように、明るく微笑んだ。
「さ。深刻な話はもう終わりにして、凛子ちゃん、今日は時間ある?」
「え? わたしは門限までに帰れれば」
「やった! ラッキーなことにオレも今日はオフなんだ。これから遊びに行かない?」
「…ええ」
まだなにか、もやもやした気持ちが晴れないわたしの顔をのぞき込み、ヨシキさんは笑う。
「凛子ちゃんって、なにがあっても冷静っていうか… その落ち着きと礼儀正しさは崩さないよな」
「そうですか? そんなことないと思いますけど」
「確かに… そんなことないか」
「?」
「昨夜は人が変わったみたいに乱れてたもんな。頬を紅潮させて色っぽい声で喘いでさ。まさにギャップ萌えだな。今でも目に浮かぶよ」
その言葉に、髪の毛の先まで真っ赤になる。
「そ… からかわないで下さい! 恥ずかしいじゃないですか!」
「ごめん。でもすごく可愛いかった。思い出すだけでムラムラしてくる」
「もうっ」
「ははは。バカップルみたいな会話はこれくらいにして、食事が終わったら、さっそく出かけるか」
近づけたと思ったら離れてしまい、そしてまた少しずつ歩み寄る…
そんな『恋人』ヨシキさんとの、はじめての朝の会話。
それは、相手の心に少しずつ踏み込んでいって、ひとつになるためのプロセスなのかもしれない。
人と話していて、そんな風に感じたのははじめてだ。
恋をして、はだかになるのは、からだじゃない。
心なんだ。
出かけた時間が遅かったため、その日は都心の小さな遊園地で少しだけ遊んで、首都高速に乗り入れると、東京湾アクアラインの真ん中にある『海ほたる』に寄り、そこで遅い昼食(早めの夕食?)をとった。
四方を海に囲まれた小さな人工島から見る都会の景色は、また格別。
時間も忘れて、わたしたちはいろいろなことを話した。
「凛子ちゃんはもう、夏休みの宿題は終わった?」
食後のアイスを食べながら、ヨシキさんは訊いてきた。
「だいたい終わりましたけど?」
「大学の夏休みは9月いっぱいまであるけど、凛子ちゃんの夏休みが終わる前に、ふたりでどこかバカンスにでも行ければいいなって思って」
「えっ? バカンス。行きたいです♪」
「夏だし、海とかいいよな~。凛子ちゃん泳ぐのは」
「好きです。これでも運動はけっこう得意です」
「そうか。じゃあ、海に決定な。行き先は考えとくから」
「人の少ない、綺麗な海に行きたいですね。沖縄とか行ってみたいけど、無理でしょうね~」
「沖縄かぁ…」
ヨシキさんは考えを巡らせているようだったが、思いついたようにわたしに訊いてきた。
「凛子ちゃんはお泊まりできる?」
「お泊まり?」
「お薦めの綺麗な海があるんだ。ほら…」
そう言いながらスマホを取り出し、ヨシキさんはわたしに画像を見せた。
それは、綺麗に透きとおった海に、どこまでもまっすぐに伸びる橋がかかった、素敵な風景の画像だった。
まるで南の海のようなコバルトブルーが、とっても印象的。
「すごい! 綺麗です! これ、外国ですか?」
「山口県」
「山口? まるで沖縄か、南の島みたいな海です!」
「そうだろ」
そう言いながらヨシキさんはiPhoneの画像をめくっていった。
真っ白な砂浜や海の画像が次々に現れる度に、わたしはその美しさに魅入っていった。
つづく
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