「挫折と屈辱を味わってしまいました」

「すごいですよ~、美月姫! はじめてのイベント参加であれだけのカメコさんに囲まれるなんて、さすがです~。これはもう、伝説のはじまりですっ(*^▽^*)」

「い、いや、あれは… ヨシキさんが撮ってくれたから…」

「そ~なんですよ。ヨシキさんって神カメコなんです!!!」

「ヨシキさんをご存知ですか?」

「ご存知もなにも、コスプレ界の神カメコと讃えられるヨシキさんを知らないのは、モグリレイヤーだけですよぉ (o・ω・)ノ))ブンブン」

「神、カメコ。ですか?」

「そうなんです。ヨシキさんはテクニシャンですごくて、しかもコスプレに愛もあるから、ヨシキさんに撮られたレイヤーさんは、もう他のカメコさんじゃ満足できないからだになってしまうんですぅ・(ノД`)・゚・。」


…なんだか、卑猥な言い回し。

それは置いといて、桃李さんはヨシキさんをよく知っていて、尊敬しているみたい。

彼のことを話す桃李さんの瞳は、キラキラと輝いている。

とその時、こちらへ近づいてくる人影が、視界に入った。

前回のイベントで撮影してくれた、『ノマド』さんだ。


「あ~、美月ちゃん、今日も憐花ちゃんなんだね。お、今日は桃李ちゃんといっしょか。じゃあ、合わせで撮影させてくれる?」


この前と同じく、不自然な若作りファッションで、ノマドさんは額から流れ落ちる汗を拭いながら、こちらにやってきて言う。


「わぁい。美月姫と合わせだぁヾ(*´∀`*)ノ」


桃李さんは無邪気に喜ぶ。

ノマドさんのことは別に好きでもないけど、特に拒否するレベルでもないし、まあいいか。


「じゃあ、いくよ」


そう言って、ノマドさんがカメラを構えると、桃李さんはいきなり人が変わったように、わたしの隣で片足を上げて腰をキュッとくねらせ、両腕を可愛く曲げて、一瞬にして『小鳩りりか』の決めポーズを作った。

表情もビシッと決まっていて、キャラになりきっている。


なっ、なんなの?

この変わり身のすごさは!

これが、さっきまであんなに内気で地味だった、桃李さん?!

わたしはポーズもまだ上手く作れずにぎこちないのに、彼女はシャッターを切る度にどんどん動いて、違うポーズを繰り出していく。全然ついていけない。


「桃李さん、ポーズの作り方がすごいです。実に多彩で」

「えへっ。美月姫に褒めていただいて光栄ですぅヾ(*´∀`*)ノ 桃李、801の仮面を持つ女を目指してるんですよ~(๑॔˃̶ॢ◟◞ ˂̶ॢ๑॓)*೨⋆」


結局、次々とポーズを変えていく桃李さんに、まったくついていくことができず、わたしはただ、彼女を讃えることしかできなかった。


惨敗…

久しぶりに味わう、挫折と屈辱感。



「美月ちゃん、今日もすっごいよかったよ。完璧に江之宮憐花だよね」

「あ、ありがとうございます」


撮影の後、汗ですっかりグショグショになったハンカチを額に当てながら、ノマドさんはわたしを褒めた。

それを言うなら、桃李さんの方が『小鳩りりか』を完璧に演じている。未熟なわたしではなく、桃李さんを褒めるべきじゃない?

しかし、ノマドさんは桃李さんには見向きもせずに、わたしばかりに話しかける。なんだか彼女に、申し訳ない気分。


「そういえばぼくのサイト、見てくれた?」

「え? ええ。拝見しました」

「で。どうだった?」

「はぁ… 写真の、色は、綺麗でした」


言葉を選びながら、わたしは答えた。

ノマドさんの写真は、確かに色自体はとても綺麗だった。

だけど、どの写真もマンガのように彩度が高くて、原色が目に痛いくらいで、構図もワンパターンで変化がない。

人物の肌も塗り潰されたようにベッタリとしていて、微妙な繊細さがないというか、まるで合成着色料や甘味料を大量に使ったお菓子みたいで、クドクドとまとわりつき、心を揺り動かされることのない写真ばかり。

個人の好みにもよるのだろうけど、わたしは好ましいとは思えなかった。

しかし、ノマドさんはわたしの言葉の真意を察することもなく、得意げに話しはじめる。


「だろだろ? 機材はCanonの最高級レンズの35mmF1.4Lや50mmF1.2L、85mmF1.2Lばかりなんだ。俺って道具は常に最高級品を求めるんだよね。

バックをぼかすために絞り開放で撮るんだけど、ピント合わせの難しさはハンパじゃないよ。

85mmF1.2Lなんて、睫毛一本分のピント幅しかないから、中級機程度のカメラじゃカチピンで撮れないんだ。やっぱりフラッグシップカメラじゃなきゃな。その点1DXのピント精度はすごいよな。さすが、50万のカメラに20万以上のレンズで撮ると、吐き出す画像の次元が違うだろ?」

「はぁ…」


…話が意味不明。

だけど、カメラやレンズを自慢したいのだということはわかる。

『でも、それはカメラが偉いのであって、撮ったあなたがすごいわけじゃないでしょう?』

江之宮憐花ならそうやって、思ったことをズバズバと言うだろうけど、自分にはできないのがもどかしい。


つづく

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