「声をかけてきた少女はアニメ声でした」

 前回と同じ会場なのに、今日のイベントの様子は少し違っていた。

吹き抜けの明るい会場のなかには、ずらりと長机が並べられていて、リュックを背負った男性や、若い女性、コスプレイヤーさん達がテーブルの間を行き交い、本や小物などを売り買いしている。

まるでフリーマーケットの様だ。

長机の前で物を売っているコスプレイヤーさんもいたが、ほとんどのコスプレイヤーさんは、会場の一角の『コスプレゾーン』という場所にたむろして、前回のイベントのときと同じように、写真を撮ったりしている。

これが噂に聞く『コミケ』というやつか。(*作者註 コミケではなく同人誌展示即売会)


「あ… 江之宮憐花さん、ですよね♪」


更衣室から出てきたわたしに真っ先に声をかけてきたのは、背が低くて内気そうな、地味な感じの女の子だった。

わたしと同じ制服を着て、リボンを結んでゆるくカールした濃紺のウィッグをかぶっているところを見ると、『リア恋plus』のアイドル女子高生、『小鳩りりか』らしい。


「あの… し、写真撮らせてもらっていいですか?」


小さな声でうつむきながら、上目遣いにわたしを見る彼女は、小柄なからだに似合わない、真っ黒で大きな一眼レフを抱えている。


「え? ええ。いいですけど」

「よかった~ヾ(*´∀`*)ノ こないだのイベントじゃ、カメコさん多くて撮れなかったから(´д`;)」


OKしたとたん、パッと花が咲いた様な笑顔になった彼女は、わたしにカメラを向けると、『ふにゅ~』とか『ほえ~』とか言いながら、シャッターを切りはじめた。

地味な顔立ちで、それほど美人というわけでもないけれど、わたしの周りをチョロチョロと回りながら写真を撮っている彼女は、小動物みたいで可愛い。


「ほにゃ~。すっごい素敵ですぅ♪ 本物の江之宮憐花さんみたいで、憧れてしまいますぅ(*^▽^*)

あ。わたし、こういう者ですっ!」


うっとりとした眼差しをわたしに向けながら、彼女は深々とお辞儀をして、両手で名刺を差し出す。そこには『桃李』と記してあった。


「とうり… さん?」

「も、も、り、です (*´ω`*)」

「あ。ごめんなさい」

「いえ~。いいんです。江之宮さんは、お名刺とかあるんですか?」

「あ、はい」


『美月梗夜』の名前とメールアドレスだけが書いてある、作りたての名刺を、わたしは差し出す。

嬉しそうに、というより、うやうやしく、桃李さんは両手でそれを受け取った。


「ほえ~っ。感激ですぅo(*^‐^*)o  美月梗夜みつききょうやさんっていうんですね。とってもとぉっっっても綺麗なお名前ですね~。ふつくしい~♪~( ノ*^▽^*)ノ」

「あ、ありがとうございます」

「喋り方もなんだか落ち着いてて、しっかりしてて、美しい日本語で。もう、本物の江之宮憐花が降臨したみたいで、完璧ですぅ。ふにょ~(((o≧▽≦)o」

「でも、江之宮憐花ってツンデレ系だけど、わたしはそんな性格ではなくて」

「あひゃ~っ。美月姫みたいな超絶美人さんがツンデレだったら、わたしもう感激のあまり、萌え死にしちゃいますよ~・°・(ノД`)・°・。ゥエエェェン」

「み、美月姫って…」

「もう~、ふつくし過ぎて高貴過ぎて、桃李にとってはお姫様みたいな存在なんですっ(((o≧▽≦)o」


うう…

なんだか意味不明な言葉。

アニメ声というのだろうか?

セリフや声の出し方、話し方が、いちいちアニメのキャラクターっぽくて、表情やゼスチャーが大袈裟だし。

話していると調子狂うけど、悪い人ではなさそう。


二週間前のイベントにも彼女は来ていて、ずっとわたしと会えるのを心待ちにしてくれていたらしく、いろいろなことを話してくれた。

コスプレイベントにも中学生の頃から参加しているということで、知識も経験も豊富そう。

前回のイベントでは、女性のコスプレイヤーさんからは全然声をかけられなかったから、桃李さんみたいなベテランの女の子から話しかけられて、しかもこんなに慕われて、ちょっと嬉しいかもしれない。

この子と話していると、なんだか癒される。


「中学生の頃からということは、桃李さんはイベントに参加しはじめて…」

「はい。もう6年になります!」

「6年?! じゃあ…」

「そ~なんですよ。桃李も今年でもう二十歳はたち。ついに少女Aじゃなくなりました~、、、orz」

「わたし、まだ高校3年生で…」

「そ~なんですね☆ でも、年なんて関係ないです! 美月姫はわたしにとって、永遠に憧れのお姫様なんです~(。・ω・。)ィェィ♪」

「そんな… 桃李さんから見れば、わたしはまだまだビギナーで、他のコスプレイヤーさんからも、歯牙しがにもかけられていないらしく、だれも話かけてくれなくて」


思わず本音を漏らしてしまう。

『意外』という顔をして、桃李さんはわたしを見上げた。


「そんなことないです~。美月姫はあまりに神々しくて、素敵過ぎて、恐れ多くて声かけられないだけですよ~(((^_^;)」

「まさか…」

「素敵レイヤーさんって、結構プライド高くて競争心強いから、みんな美月姫をライバル視してるんだと思いますよ。

カメコさんにしても、内気な人多いから、美月姫みたいな超絶美人さんだと、ビビっちゃって声かけられないんですよ。でも、他の人が撮りはじめれば並ぶ… みたいな (*´д`*)」


なんだかくすぐったい。

こんなに褒め上げられまくると。


つづく

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