Level 2

「薙刀を構えると気持ちが落ち着きます」

     level 2


 あの日からわたしは、浮ついた気分を引きずっている。

あんなにたくさんのカメラを向けられたことが、刺激的で新鮮だったのもあるけど、ヨシキさんのことがずっと心に引っかかって、そわそわして勉強にも身が入らない。


会ったばかりの人を、好きになってしまったというのだろうか?

そんな莫迦な。

別にわたしはメンクイでもないし、よく知りもしない初対面の男の人に恋するほど、尻軽でも軽薄でもないはず。

そういえば…


「頂いた名刺に、サイトアドレスが記してあったな」


パソコンを立ち上げてネットを開き、ヨシキさんのサイトを覗いたわたしは、思わず息を呑んだ。

なんて素敵な写真の数々!


廃墟の工場やビルを背景に、アニメキャラクターのコスチュームを纏った女の子がたたずむ退廃的な画像や、ゴシック調の豪華な部屋で、妖しいポーズをとった女の子の、きらめくように美しい画像。

それとは真反対に、真っ青な海でのふんわりと空気感のある、ナチュラルなポートレートにも惹きつけられるし、黄昏時の森のなかで撮ったドレスの女の子も、神秘的な雰囲気を漂わせていて、とっても素敵。

コスプレ写真だけでなく、ふつうの服の女の子の写真や、CGで合成した画像もあった。

水着やセミヌードの画像もあったけど、いやらしさは感じないどころか、あまりの美しい三次元曲線に、同じ女性なのに、思わずため息が漏れるくらい。


なんて多彩で、美しいの?

こんなに素敵な世界があったんだ。

先日撮ってもらった写真も綺麗だったけど、こうやって手間ひまかけて創り上げられた画像からすれば、ただの挨拶替わりのスナップ程度でしかない。


時間も忘れて、わたしはヨシキさんのホームページの画像に魅入っていた。



「はぁ…」


ひとしきりサイトを巡ったあと、わたしは切なくなって、ため息をついた。

『美しさに当てられた』とでも言うか…


ヨシキさんの写真は、確かに素晴らしかった。

だけど、モデルの女性がまた美人ぞろいで、スタイルもよく、素敵な人ばかり。

しかも、みんなヘアやメイクも上手いし、コスプレ衣装もディテールまでこだわっていて、完成度が高い。

わたしだって容姿にはいくらか自信はあるし、コスプレくらいこなせるとたかくくっていたが、ショップで買ってきただけの服を着て、ヘアメイクも適当な自分なんて、ヨシキさんのモデルをしている人たちの足許にも及ばない。


ヨシキさんはコスプレやイベントのことにも詳しいみたいだし、こんなに才能があって、素敵な写真を撮れて、たくさんの綺麗なモデルさんに囲まれていて、しかもカッコよくて話しやすいとくれば、恋人だって当然いるだろう。

彼にとってわたしなんて、別にたいした存在じゃない…


「もうっ。そんなのどうでもいいじゃない。別につきあいたいってわけじゃないし!」


もやもやした気分を振り払うようにひとりごとを言うと、わたしはパソコンから離れて自分の部屋を出て、居間の鴨居かもいに掛けている薙刀なぎなたを手に取った。

おばあさまが嫁入り道具のひとつとして持参したという、丸に十字の家紋の入った薙刀だ。

漆塗うるしぬりの鞘を取ると、鋭く尖った真剣が冴え冴えと輝いている。

わたしはそれを抱えて庭に出た。

脚を腰幅くらいに開き、半身の姿勢をとって薙刀を水平に構え、気持ちを落ち着けるように大きく息を吸って、目を閉じる。


「えーいっ! えーいっ!」


かけ声をかけながら、中段の構えから、上下斜め、横、斜めと、八方振りを行う。

切っ先が空気を鋭く切り裂き、風塵を巻き起こすかのように、“ビュッビュッ”と音が響き、手元が震える。

『なぎなた』は格別好きというほどでもないけど、悩みごとがある度に、こうしておばあさまの薙刀を構えるのが、幼い頃からのわたしの習慣になっている。

ストレス発散にはちょうどいいし、なにより気持ちを集中できる。

ヨシキさんの存在を心から追い払うかのように、わたしはひたすら薙刀を振った。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る