「そんなに下からだとパンツが写りませんか?」
それからは打って変わって、撮影してくれる人がいなくなるどころか、どんどん撮影待ちの行列が長くなっていき、イベントの終わりまで、わたしは慌ただしく過ごすことになった。
たいていの人はあまり愛想がなく、4、5枚撮ると『どうも』とひと言だけ発して、消えていく。
かと思えば、『いいよいいよ。惚れてしまいそうだよ~。来る来る! エロイエロイ』と、わけのわからない言葉をつぶやきながら、すごいテンションで何十枚もシャッターを切る男の人もいた。
写真も見せてもらったけど、同じ様なアングルと表情の写真がダラダラと続いているだけで、記念写真みたいでつまらなく、ヨシキさん程の感動はない。
他にも、写真を撮ったあとで、『江之宮憐花』について長々と魅力(『萌え』とか言うらしい)を語る人や、やたらと細かいところまでポーズ指示をしてくる人、妙に馴れ馴れしく、『梗夜ちゃん』と、いきなりタメ口で話しかけてくる人もいた。
「梗夜ちゃん、さっきヨシキに撮られてただろ? 気をつけろよ」
その人は写真を撮り終えると、名刺を差し出しながら言った。『ノマド』という名前らしい。
「あいつは女ったらしだから。泣かされたレイヤーはたくさんいるんだ」
「はぁ…」
「エロい写真ばっか撮ってるし、レイヤーを囲い込むクセがあるし、良識あるカメラマンはみんな困ってんだよな~。
プロカメラマンとか言ってるけど、ただのバイトだろ?
あんなヤツ全然たいしたことないし、写真だってつまんないし、カメラだって5Dマク2じゃん。梗夜ちゃんっておとなしくてバージンっぽいから、ヨシキの餌食にされないようにしろよ」
「はぁ…」
なんなの? こいつ。
『餌食にされないようにしろよ』って、その上から目線はなに?
わたしはあなたの彼女でもなんでもない。
しかも人のこと、『バージンっぽい』とか、軽くセクハラじゃない?
見せてもらった写真も、やたら明るくて顔がのっぺりしているし、目が痛くなりそうなくらい画面全体が不自然に鮮やか過ぎて、全然いいとは思えない。
容姿にしても、背が低くておなかが突き出した髪の毛の薄いおじさんのくせに、変に今風の若者っぽいファッションなところが、逆に
まあ、人間の価値は容姿だけじゃないけど、こうやって人の悪口を言っている時点で、すでに醜い。
ヨシキさんへのライバル心を剥き出しにしているみたいだけど、最初から勝負になっていない。
たくさんの人が写真を撮ってくれたものの、最初のヨシキさんのインパクトが強烈過ぎて、あとの人たちの印象が薄い。
それでも、声をかけて写真を撮ってくれる人は、まだいい。
わたしの後ろにこっそりしゃがみ込んで、低いアングルから、無断で写真を撮っている人もいた。
そんなに下から撮られたら、パンツが写ってしまわない?
もしかして…
『変な写真撮るヤツもいるから』と、ヨシキさんが言っていたのは、こういうことなのかもしれない。
わたしがそちらへ視線を向けると、真っ黒な帽子を被ったその若い男は慌てて、足早にどこかへ消えていってしまった。
「もうすぐイベント終了です。コスプレイヤーさんは急いで着替えて下さい」
会場内にアナウンスが流れ、写真を撮ったり話したりしていたコスプレイヤーたちがみな、ゾロゾロと更衣室へ戻っていく。
「もう着替えますので、すみません」
まだ何人か並んでいるのに、今撮っている男の人は、モタモタと撮影に時間がかかっている。
焦ったわたしは、彼に向かって思い切って言った。うしろで待っている人たちも同調してくる。
「そうだ。早くしろよ」
「後ろつかえてんだよ!」
しかし、ヒョロリと背の高いカマキリみたいなその人は、人の声は丸で無視して、ダラダラと撮影を続け、あとの人に譲る気配がない。
痺れを切らしたように、次の人がその横から撮影をはじめた。
それをきっかけに、他の人たちも次々にわたしを取り巻くようにして、カメラをこちらに向けた。
な、なに?
こんなに一度に囲まれると、どこに目線を向ければいいかわからない。
戸惑っているわたしにお構いなく、みんな勝手にシャッターを切っている。
稲妻のようなたくさんのストロボ光に目が
真ん前に座り込んでローアングルから撮っている人も何人かいたし、さっきの黒い帽子の男もいつの間にか戻ってきていて、地面すれすれにカメラを構えていたけど、それを
「もう終了で~す。カウントかけま~す! 3、2、1、はいっ。解散で~す!」
と、スタッフさんが制止してくれて、ようやくわたしはカメラの嵐から解放された。
だけど、ストロボ光の残像で目がチカチカしていて、思考がまとまらない。
いったいなにが起きたんだ?
混乱した頭のまま、わたしはとにかく更衣室に駆け込んだ。
そしてわたしは、ヨシキさんが忠告してくれたことの意味と、自分の無知さと軽率さを、あとになって思い知ることになったのだ。
つづく
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